第13話「異国へと渡る茶の香り」
氷を伴った初冬の乾いた風が石畳を走り去る中、あんこ商会の特注石窯は休むことなく赤い火の粉を散らし続けていた。
すでに街の人間にとって、この黒ずんだ粒やこしあんが詰まった香ばしい平焼き菓子は、日常になくてはならない滋養の塊として定着している。
見習いの子供たちが袋へどら焼きを詰め込むリズミカルな音が、帳場仕事に追われるルミナの背景で心地よい音楽のように鳴っていた。
だが、その日ばかりはいつもの平和な喧騒とは違う空気が商会の入り口に漂っていた。
巨大な商会の扉を開いて入ってきたのは、見慣れぬ深い蒼色のゆったりとした服に身を包んだ、異国情緒あふれる三人の商人たちだった。
彼らは首から複雑な文様を編み込んだ金の首飾りを垂らし、一目で遠方の大陸から渡ってきた隊商だとわかる身なりをしている。
長旅の疲弊で乾燥しきった彼らの唇の端にある皮が剥け、ひび割れているのがカウンター越しでも見て取れた。
先頭に立った顎鬚の長い男が、疲れたような鋭い視線をルミナへ向けて片言の言葉を発した。
「我々ハ東の長き砂漠ヲ超えテ来タ商隊ダ。街の者カラ、ココノ店が不思議ナ効能ヲ持ツ菓子ヲ売ッテイルと聞イテ寄ッタ……本当ニソレデ疲労ハ飛ぶノカ?」
「ええ。効能を私が保証するわけではありませんが、紅魔豆のしっかりとした栄養とシトラ蜜の甘さは、疲れ果てたお体を確実に癒すはずです。よろしければ、こちらをどうぞ」
ルミナは最も焼き上がり時間が若く、温かな反発力を含んだ分厚いどら焼きを一つ紙に包み、彼らの前へ滑らせた。
男は疑念を捨てきれない様子でその茶色い皮をじっと見つめ、大きく口を開けてかぶりつく。
数回の咀嚼による顎の動き。
そこにはかつてのロナルドらが見せたような純粋な味覚への驚愕とは違う。
身体が渇水状態から強制的に脱却するような安堵の吐息が男の目元に広がっていくのが見えた。
「――っ……コレハ。乾燥シタ砂の舌ニ、甘い水が染ミ込ムヨウダ」
男はあっという間に一つを平らげると、すぐさま腰の皮袋から見慣れない種類の銀貨を無造作にいくつも机に落とした。
「十個。イヤ、ソレ以上モルダケ、箱一杯ニクレ。隊商の仲間モ全員がギリギリノ体ダ。これを喰ワセナケレバ次ノ国境へハ抜ケラレナイ」
異国人特有の切実な訴えだった。
しかし、そのまとめ買いの数に見習いたちが色めき立つより早く、奥の厨房から分厚い布の手袋をはめたタクミの低い制止の声が飛んだ。
「お売りすることはできません」
帳場にいた全員の動きが停止する。
ルミナさえも目を丸くして彼を振り返った。
あれだけ相手を選ばず、誰もが平等に食べられることを信条としていたタクミにしては珍しい拒絶だった。
男の太い眉が、怒りと屈辱で一気に険しく吊り上がった。
「ナンダト。我々が東ノ国の者ダカラ、排撃シテ売ラナイとイウノカ」
「そうではありません」
タクミは静の歩みで帳場へ出てくると、男を威圧するふうでもなく真正面からそのひび割れた唇を指差した。
「あなたの仰る通り、砂漠の乾燥によってお味方の皆さんはひどい水分不足と胃の疲労を起こしている。その状況で、このただ甘いだけの重たいあんこを何個も丸飲みにしてしまえば、必ず強烈な胃もたれを起こし、かえって動けなくなります」
ただエネルギー源として腹へ流し込むだけなら他にも食料はある。
だが、彼らが今求めている癒やしとして和菓子を提供するのであれば、適正な形があるはずだった。
タクミは男が落とした銀貨をそっと相手側へ押し戻した。
「お金は要りません。もしお急ぎでなければ、裏手の庭へ少しだけでいいので座ってお待ちください。この菓子のもつ本領を発揮させるための飲み物を用意しますので」
男はタクミの中に敵意がないどころか、職人としての底知れぬ誠実な配慮を感じ取ったのか、少しだけ強張っていた唇を緩和させた。
数回の沈黙の後、小さく顎を引いて頷くと、連れた仲間たちと共に大人しく指定された休憩所へ向かっていく。
「タクミ、彼らの体に合う飲み物って何なんですか?」
ルミナが不安げな声で袖を引くと、彼は静かに微笑んだ。
「和菓子はそれ単体で完成するものではありません。強い甘みと対等に渡り合い、互いの長所を引き立て合う苦味との調和があって初めて、本来の魂が震えるような至福の瞬間を作れるんです」
彼は以前、市場を視察した際に見つけておいた、ある種の薬草に近い煎り葉の在庫棚へ手を伸ばした。
異世界の街では薄いスープ代わりとして微かに香る程度にしか使われないその乾燥葉。
タクミはこの商会を構えた日から密かに自身の目利きの温度と時間でじっくりと深い濃緑に香るまで焙煎し直していた。
それこそが、あんこの甘みを優しく迎え撃つ日本の緑茶に近しい構造を持つ最後の一手だった。




