おれ、二つ目の鍵の手がかりを掴んで、南へ向かう支度をする
◇ ◇ ◇
逃亡生活百五十八日目。
おれたちは再び王都に集まり、それぞれの調査結果を持ち寄っていた。
「まず、私の方から報告する」
リーゼロッテさんが、数枚の書類を広げた。
「王国の記録を洗った結果、歴代の勇者について、興味深いことが分かった」
「どんなことですか」
「勇者の出現には、約百年の周期がある。……これは、以前から言われていたことだ」
銀さんが、古びた冊子を取り出した。
「神殿の文献庫を、片端から漁った。……大司教の書庫も含めてな」
「よく許可が下りましたね」
「今の神殿に、私を止められる者はいない。……大司教が亡くなり、実質、私が最高位だ」
さらりと言われたが、とんでもない話だった。
「で、何か見つかりましたか」
「これだ」
銀さんは、冊子のあるページを開いた。
「『聖遺物に関する、一切の記録』。……歴代の大司教が、密かに書き継いできた覚書だ」
◇ ◇ ◇
「そこに、何が」
「〈大陸の鍵〉は、かつて、三つ存在したと記されている」
「三つ!?」
「そうだ。……そのうち一つが、二百年前、神殿が魔王軍から奪ったもの」
銀さんは、真剣な表情で続けた。
「残る二つの所在は、不明。……だが、覚書には、こう書かれている。『一つは南の樹海に、一つは海の底に眠るという伝承あり』」
「南の樹海……」
おれは、ザガルから聞いた話を思い出していた。
「ザガルさんの記録にも、複数あるって書いてありました」
「裏付けが取れた、ということだな」
◇ ◇ ◇
「南の樹海というと、具体的にはどこだ」
リーゼロッテさんの問いに、銀さんが地図を広げた。
「大陸南端の、ヴァルド大樹海だ。……未踏の地とされている」
「未踏、ですか」
「人の手が入っていない。……魔物の生息域でもあり、地形も複雑だ。踏み込んだ者の多くが、戻らなかったと記録されている」
おれは、思わず、顔をしかめた。
「なんか、嫌な予感しかしないんですけど」
「私も同感だ」
「だが、行かねばなるまい」
銀さんが、静かに言った。
◇ ◇ ◇
「なぜですか」
「〈鍵〉が、無防備に放置されている状態が、最も危険だからだ」
銀さんは、鋭く指摘した。
「大聖堂の一件を思い出せ。……一人の書記官の暴走が、門を開きかけた。もし、誰かが南の〈鍵〉を見つけ、その力に呑まれたら」
「……同じことが、起きますね」
「そうだ。……我々が先に確保し、共同管理下に置く。それが、最も安全な道だ」
リーゼロッテさんも、頷いた。
「理には適っている。……問題は、どう遠征するか、だな」
◇ ◇ ◇
数日後。
おれたちは、王とザガル双方の承認を得て、正式な調査遠征隊を編成することになった。
「王国からは、隊長リーゼロッテ・クロイツ以下、精鋭十名」
エドヴァルドが、編成書を読み上げた。
「神殿からは、聖女リリアーヌ様と、随行の神官が数名」
「そして、魔王領からは」
ザガルからの書状を、おれが読み上げた。
「〈静謐のヴェルナー〉以下、五名を派遣する、とのことです」
「ヴェルナー殿か」
リーゼロッテさんが、少し意外そうな顔をした。
「戦闘力よりも、知識と分析力を買われたのだろう。……妥当な人選だ」
◇ ◇ ◇
出発の前日。おれは、久々に、王都の街を歩いていた。
和平から、およそ二ヶ月。街の空気は、確実に変わっていた。
「――だから、魔王領産の香辛料だって! 本物だよ!」
市場の一角で、商人が声を張り上げている。
「魔族のもんなんて、大丈夫かい」
「大丈夫も何も、うちの店じゃ大人気だよ! 一度食べてみな!」
おれは、思わず、足を止めて、その光景を見つめた。
二百年、殺し合ってきた者たちの品が、今、普通に市場で売られている。
(……変わったな、本当に)
◇ ◇ ◇
「サノ!」
声をかけてきたのは、ミレだった。
「ミレ、王都に来てたのか」
「支店の様子見にね。……それより、聞いたわよ。また、危ないところに行くんですって?」
「まあ、そんな感じ」
「まったく、あんたは」
ミレは、呆れたように、ため息をついた。
「でも、止めても行くんでしょ」
「行くな」
「知ってた」
ミレは、そう言って、包みを差し出した。
「はい、餞別。……日持ちする菓子よ」
「いつも、ありがとう」
「無事に帰ってきなさいよ。……約束だからね」
◇ ◇ ◇
逃亡生活百六十三日目。
おれたちは、ヴァルド大樹海へ向けて、王都を発った。
人間、魔族、そして神殿。三者混成の、前例のない遠征隊。
「なんか、感慨深いですね」
隊列を眺めながら、おれは呟いた。
「三ヶ月前なら、考えられない光景だ」
リーゼロッテさんが、馬上で答えた。
「人間と魔族が、同じ目的のために、隊列を組む。……これも、和平の成果だな」
「その第一歩を作ったのは、お前だがな」
銀さんが、そう言って、少し笑った。
「おれ一人の力じゃないですよ」
「知っている。……だが、始まりは、お前だ」
◇ ◇ ◇
――なお、このときのおれは知らなかった。
ヴァルド大樹海の、さらに奥。
古代の遺跡の最奥で。
二つ目の〈鍵〉の前に、既に、一人の人影が、佇んでいたことを。
その人物は、脈打つ石を見つめながら、静かに、呟いた。
「……見つけた」
声には、深い執念が滲んでいた。
「これさえあれば、猊下の無念も、晴らせる」
遠征隊の到着より、ほんの少しだけ早く。
新たな災厄の種は、既に、蒔かれようとしていた。




