おれ、仲間に報告して、備えるための旅を始める
◇ ◇ ◇
逃亡生活百四十二日目。
おれは、緊急の伝令を送り、銀さんとリーゼロッテさんに、王都で集まってもらった。
「――というわけなんです」
白い空間での出来事を、おれは、包み隠さず話した。管理局のこと。上位管理者のこと。そして、「備えておけ」という、最後の言葉。
話を聞き終えた二人は、しばらく、沈黙していた。
「……つまり、この世界は」
リーゼロッテさんが、絞り出すように言った。
「何者かに、管理されている、ということか」
「そういうことに、なりますね」
「にわかには、信じがたい話だ」
◇ ◇ ◇
「私は、信じよう」
銀さんが、静かに言った。
「銀さん?」
「聖女として、長年、神殿にいた身だ。……この世界に、人智を超えた何かが存在することは、感覚的に、理解できる」
銀さんは、真剣な表情で続けた。
「それに、〈大陸の鍵〉の存在自体が、その証左だろう。……あれほどの力を持つ品が、自然に生まれるとは、思えん」
「確かに」
「問題は」リーゼロッテさんが、話を戻した。「その管理局とやらが、我々に、何を求めているか、だ」
◇ ◇ ◇
「求めてる、というか」
おれは、少し考えてから、答えた。
「たぶん、何も求めてないんだと思います」
「何も?」
「ただ、観察してるだけ、というか。……規定があるから介入しない、って言ってましたし」
「だが、『備えておけ』とも言ったのだろう」
「はい。……そこだけ、規定を破ってでも、伝えたかったんじゃないかと」
おれは、あの時の、管理官の声を思い出していた。
「あの人、なんだかんだ、おれのこと、気にかけてくれてる気がするんですよね」
◇ ◇ ◇
「では、我々は、何に備えるべきなのだ」
リーゼロッテさんの問いに、おれたちは、揃って、考え込んだ。
「ザガル殿の話と、繋げて考えれば」銀さんが、口を開いた。「〈門〉が開くことに、備えよ、ということだろう」
「門から、何が来るか分からない、と」
「そうだ。……そして、それは、管理局にとっても、望ましくない事態、ということになる」
「管理局が困ることって、何なんでしょうね」
「分からん。……だが、少なくとも、彼らが規定を曲げてでも警告する程度には、深刻な事態だ」
◇ ◇ ◇
「とりあえず、できることから、やりましょう」
おれの提案に、二人が頷いた。
「まず、ザガルさんに、この話を伝えます」
「私は、神殿の古い文献を、洗い直そう」銀さんが言った。「〈門〉に関する記述が、残っているかもしれん」
「私は、王国の記録を当たる」リーゼロッテさんが続けた。「歴代の勇者について、詳細な記録があるはずだ」
「歴代の勇者、ですか」
「ああ。……お前と同じ、門を通ってきた者たちだ。……何か、手がかりがあるかもしれん」
◇ ◇ ◇
その日から、おれたちは、それぞれの調査を、開始した。
おれは、魔王領へ向かい、ザガルに、白い空間での出来事を報告した。
「……管理局、か」
ザガルは、深く考え込んだ。
「我らの口伝にも、それらしき記述はない。……だが、辻褄は合う」
「合いますか」
「歴代の勇者が、なぜ、一定の周期で現れるのか。……我らも、長年、疑問に思っていた」
ザガルは、静かに続けた。
「送り込まれていたのなら、納得がいく」
◇ ◇ ◇
「ザガルさん、こっちの調査、進展ありました?」
「多少はな」
ザガルは、一枚の古い羊皮紙を、机に広げた。
「先祖の遺した記録の中に、〈門〉についての、より詳しい記述を見つけた」
「本当ですか!」
「読み上げよう。……『門は、大いなる魔素の奔流によって開かれる。開かれし時、内なるものと外なるものが、交わる』」
「内なるものと、外なるもの」
「解釈は難しい。……だが、少なくとも、一方通行ではないことは、確かなようだ」
◇ ◇ ◇
「あと、これも気になる」
ザガルは、羊皮紙の別の箇所を指差した。
「『門を開きしは、常に、人の欲なり』」
「人の欲」
「つまり、門は、自然に開くものではない。……誰かが、意図的に、あるいは欲に駆られて、開こうとした時に、開く」
おれは、思わず、息を呑んだ。
「じゃあ、この前、大聖堂で門が開きかけたのは」
「あの書記官が、〈大陸の鍵〉の力に呑まれかけた時だな。……力を求める欲が、引き金になった可能性は高い」
◇ ◇ ◇
「だとすると」
おれは、慎重に、考えを整理した。
「〈大陸の鍵〉が、共同管理下で安定してる限り、門は開かない、ってことですか」
「理屈の上では、そうなる。……だが」
ザガルの表情が、険しくなった。
「〈大陸の鍵〉は、この世界に、一つだけとは限らん」
「え」
「口伝には、こうもある。……『鍵は、複数ありき』と」
◇ ◇ ◇
逃亡生活百五十日目。
おれたちの前に、新たな謎が、姿を現していた。
複数の〈鍵〉。開かれる〈門〉。そして、それを見守る、管理局。
「先は、長そうですね」
「そのようだな」
ザガルは、静かに頷いた。
「だが、焦る必要はない。……今は、まだ、平和が続いている」
「そうですね」
おれは、窓の外を見た。
魔王領の畑では、今日も、魔族の人々が、作物の世話をしている。二百年ぶりに蘇った、豊かな大地。
守るべきものが、そこにあった。
――なお、このときのおれは知らなかった。
大陸の遥か南、まだ誰も足を踏み入れていない、深い森の奥で。
苔むした古代の遺跡が、静かに、眠り続けていたことを。
その最奥に安置された祭壇の上で。
〈大陸の鍵〉と、瓜二つの石が、微かに、脈打つように、輝いていた。
二つ目の鍵は、確かに、存在していた。




