おれ、大樹海に踏み込んで、混成隊の絆を試される
◇ ◇ ◇
逃亡生活百七十二日目。
九日間の行軍の末、遠征隊は、ヴァルド大樹海の縁に到達した。
「……でかいですね」
おれは、目の前に広がる光景に、圧倒されていた。
見上げるほどの巨木が、地平線の彼方まで、隙間なく連なっている。木々の間は薄暗く、昼間だというのに、まるで夕暮れのようだった。
「記録によれば、この樹海は、大陸南端の三分の一を覆っている」
ヴェルナーが、静かに説明した。
「面積で言えば、王国全土に匹敵するでしょう」
「その中から、遺跡を探すんですか」
「はい。……気が遠くなりますね」
◇ ◇ ◇
だが、手がかりが、ないわけではなかった。
「神殿の覚書には、『樹海の心臓』という表現がある」
銀さんが、地図を広げた。
「おそらく、樹海の中心部を指すのだろう」
「単純に、真ん中を目指せばいいと」
「そう簡単ではないがな。……地形が、把握されていない」
リーゼロッテさんが、険しい表情で続けた。
「方角を見失えば、二度と出られん。……慎重に進む必要がある」
◇ ◇ ◇
樹海への突入初日。
早々に、問題が起きた。
「――おい、魔族。そっちの道は違うだろう」
王国の騎士の一人が、魔族の隊員に、声を荒げた。
「いや、こちらの道の方が、地面が安定している。あちらはぬかるんでいる」
「地図では、こちらが正しい」
「その地図、当てになるのか」
険悪な空気が、流れた。
おれは、慌てて、間に入った。
「まあまあ、二人とも」
◇ ◇ ◇
「勇者殿は、黙っていていただきたい」
騎士が、硬い声で言った。
「我々は、王国の命で、この遠征に参加している。……魔族と行動を共にすることに、思うところがないわけではない」
「それは、こちらも同じだ」
魔族の隊員も、鋭く返した。
「二百年、我らを攻め続けた者たちと、共に歩くことになるとは、思わなかった」
隊列の空気が、一気に、張り詰めた。
◇ ◇ ◇
おれは、少し考えてから、口を開いた。
「あの、聞いていいですか」
「なんでしょう」
「お二人とも、家族とか、いますか」
唐突な問いに、二人は、怪訝そうな顔をした。
「……妻と、子がいる」
騎士が、答えた。
「私は、弟が二人」
魔族の隊員も、答えた。
「その人たち、今、どうしてますか」
「……普通に、暮らしている」
「私の弟たちは、畑を耕している。……二百年ぶりに、まともな収穫があったからな」
◇ ◇ ◇
「その暮らし、守りたいですよね」
おれの問いに、二人とも、黙って頷いた。
「おれたちがここに来たのは、それを守るためです」
おれは、隊列全体に聞こえるよう、声を張った。
「二つ目の〈鍵〉が、誰かに悪用されたら。……また、二百年前と同じことが起きるかもしれない」
隊員たちが、静かに、おれを見つめた。
「おれは、それが嫌です。……皆さんも、同じだと思います」
◇ ◇ ◇
「今すぐ、仲良くしろとは言いません」
おれは、正直に、続けた。
「二百年、殺し合ってきたんですから。……すぐに割り切れって方が、無理だと思います」
騎士と、魔族の隊員が、顔を見合わせた。
「でも、この遠征の間だけは。……同じ目的のために、協力してもらえませんか」
沈黙が、流れた。
やがて、騎士が、深く息を吐いた。
「……承知した」
魔族の隊員も、頷いた。
「勇者殿の言、もっともだ。……道の件、両方を調べてから決めよう」
◇ ◇ ◇
その日の夜、野営地で。
「よく収めたな」
リーゼロッテさんが、焚き火を挟んで、感心したように言った。
「あのままだと、まずいと思ったので」
「正直、私が仲裁に入っていたら、命令で押さえつけていただろう。……それでは、根本は解決しない」
「命令で押さえつけると、余計こじれますからね」
「経験があるような口ぶりだな」
「まあ、それなりに」
おれは、苦笑した。
前世の高校で、クラスの揉め事を、何度か見てきた。無理に抑えつけられた不満は、必ず、別の場所で噴き出す。
◇ ◇ ◇
翌日から、隊の空気は、少しずつ、変わり始めた。
「そこ、足元に気をつけろ。根が張っている」
「感謝する」
魔族の隊員が、王国の騎士に、注意を促す。
「この実、食えるのか」
「ああ。我らの領でも、似たものが採れる。……毒はない」
小さなやり取りが、少しずつ、増えていった。
「変わってきましたね」
「共通の困難に立ち向かうと、人は結束する。……古今東西、変わらんな」
銀さんが、静かに頷いた。
◇ ◇ ◇
樹海突入から五日目。
隊は、ついに、異変に遭遇した。
「――止まれ!」
先頭を歩いていたヴェルナーが、鋭く、手を上げた。
「どうしました」
「見てください、あれを」
ヴェルナーが指差した先。巨木の間に、明らかに、人工物の痕跡があった。
苔むした石畳。崩れかけた柱。そして、その先に続く、明らかな「道」。
「遺跡……!」
「ですが、妙です」
ヴェルナーの声が、緊張を帯びた。
「この石畳、最近、誰かが通った跡があります」
◇ ◇ ◇
おれたちは、慎重に、道を進んだ。
やがて、樹海の中に開けた空間が現れ、その中央に、巨大な石造りの建造物が、姿を現した。
「これが、遺跡……」
その規模に、おれは、圧倒された。
苔と蔦に覆われた、古代の神殿らしき建物。何百年、いや、何千年も、ここに眠っていたのだろう。
「入り口が、開いています」
リーゼロッテさんが、鋭く指摘した。
「誰かが、先に入ったということか」
「間違いないでしょう」
◇ ◇ ◇
隊は、警戒しながら、遺跡の内部へと足を踏み入れた。
通路は薄暗く、壁には、見たこともない文字が刻まれている。
「この文字、読めますか」
「いえ。……我らの記録にも、ない文字です」
ヴェルナーが、首を振った。
通路を進むこと、しばらく。
やがて、最奥の広間に、辿り着いた。
そして――そこで、おれたちは、その人物と、対面することになった。
◇ ◇ ◇
祭壇の前に立っていたのは、白い神官服を纏った、若い男だった。
その手には、脈打つように輝く、小さな石。
二つ目の〈大陸の鍵〉。
「……来ましたか」
男は、静かに、振り返った。
「あなたは」
銀さんが、鋭く問いかけた。
「お久しぶりです、聖女様。……いえ、あなたは、私をご存じないでしょうね」
男は、薄く笑った。
「私は、大司教アルベルト・ハーゲン猊下の、最後の弟子です」
逃亡生活百七十七日目。
新たな因縁との対峙が、始まろうとしていた。




