六十話 おれ、隠された懸念を聞かされて、新たな謎に踏み込む
◇ ◇ ◇
逃亡生活百十日目の朝。
宴の翌朝、おれは、城の廊下で、ザガルと鉢合わせた。
「おはようございます、ザガルさん」
「早いな、勇者よ」
「なんか、目が覚めちゃって」
ザガルは、少し、言葉に迷うような素振りを見せた。おれは、その様子に、違和感を覚えた。
「ザガルさん、なんかありました?」
「……なぜ、そう思う」
「なんとなく。……昨日の宴の時から、ちょっと、様子が変だったので」
ザガルは、しばらく黙った後、深く息を吐いた。
「……勘の良い男だ」
◇ ◇ ◇
「話しておくべきかもしれんな。……時間はあるか」
「もちろんです。……銀さんとリーゼロッテさんも、呼んできますか」
「そうしてくれ」
半刻後、おれたち三人は、城の一室で、ザガルと向かい合っていた。
「実は、〈大陸の鍵〉について、まだ、伝えていないことがある」
ザガルの言葉に、おれたちは、揃って表情を引き締めた。
「伝えていないこと、とは」
リーゼロッテさんが、慎重に問いかけた。
「あれは、魔素の流れを調整する装置だと、私は説明した。……それは、事実だ」
ザガルは、静かに続けた。
「だが、それは、あの品の機能の、半分に過ぎん」
◇ ◇ ◇
「半分?」
「〈大陸の鍵〉には、もう一つの機能がある。……我らの一族に、代々伝わる口伝によれば」
ザガルは、一度、言葉を切った。
「あれは、〈門〉を、開く鍵でもある」
「門」
「この世界と、別の世界を繋ぐ、門だ」
その言葉に、おれは、心臓が跳ねるのを感じた。
(別の、世界……?)
それは、まさに、おれ自身が、通ってきた道ではないか。
◇ ◇ ◇
「ザガルさん、その門って」
おれは、慎重に問いかけた。
「詳しいことは、分からん。……口伝も、断片的なものだ」
ザガルは、首を振った。
「ただ、一つだけ、はっきりしていることがある。……歴代の勇者は、その門を通って、この世界に来た」
おれは、思わず、息を呑んだ。
「……え」
「気づいていたか。……お前の言葉遣い、時折混じる、この世界のものではない概念。……お前が、この世界の生まれではないことは、察していた」
◇ ◇ ◇
部屋に、沈黙が落ちた。
銀さんとリーゼロッテさんが、驚いた顔で、おれを見た。
「サノ、それは」
「……あー、はい」
おれは、観念して、頷いた。
「実は、そうです。……おれ、この世界の人間じゃないです」
「では、どこから」
「たぶん、全然違う世界です。……向こうで、トラックに轢かれて死んで、気づいたら、こっちにいました」
おれは、正直に、全てを話した。真っ白な空間のこと。女神と名乗る声のこと。特典なしの転生のこと。
◇ ◇ ◇
話を聞き終えた銀さんが、深く、息を吐いた。
「……なるほどな。それで、時折、妙なことを口走っていたわけか」
「隠しててすみません」
「謝る必要はない。……信じてもらえるとも限らん話だ」
「私も、驚いてはいるが」リーゼロッテさんが、続けた。「腑に落ちた部分もある。……お前の考え方は、時折、この世界の常識から、大きく外れていた」
「それ、褒めてます?」
「褒めている。……その外れ方が、二百年の因縁を、断ち切ったのだからな」
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「ザガルさん、それで。……その門が、どうしたんですか」
おれが問い直すと、ザガルは、真剣な表情で答えた。
「〈大陸の鍵〉が、共同管理下に置かれた今、あの品は、安定している。……だが、先日の暴走の際、我らは、妙なものを感知した」
「妙なもの」
「門が、僅かに、開きかけた痕跡だ」
その言葉に、おれたちは、揃って息を呑んだ。
「開きかけた、って。……何が来るんですか、そこから」
「分からん。……歴代、門から現れたのは、勇者のみだ。……だが」
ザガルは、険しい表情で続けた。
「口伝には、こうある。『門は、双方向に開く』と」
◇ ◇ ◇
「双方向、というのは」
銀さんの問いに、ザガルは、静かに答えた。
「こちらから、向こうへ行くこともできる、という意味かもしれん。……あるいは」
「あるいは?」
「勇者以外の何かが、向こうから来る可能性も、あるということだ」
部屋の空気が、一気に、重くなった。
「それ、まずくないですか」
「まずい。……だが、確証はない。口伝は、あくまで断片だ」
ザガルは、そう言って、おれを見た。
「だからこそ、お前に、聞きたかった。……門の向こうから来た者として、何か、心当たりはないか」
◇ ◇ ◇
おれは、必死に、記憶を辿った。
真っ白な空間。女神の声。
『わたくしは世界の管理を任されている者』
『当管理局では公平な転生を心がけております』
管理局。あの時は、夢のない言い方だと思って流したが。
「……管理局、って言ってました」
「管理局?」
「はい。……女神さん、自分のことを、世界の管理を任されている者だって。それで、『当管理局では』って言い方をしてました」
ザガルの表情が、変わった。
「組織、ということか」
「たぶん。……一人じゃなくて、複数人で、世界を管理してる感じの言い方でした」
◇ ◇ ◇
「なるほど。……〈門〉の向こうには、我らの想像を超える、何かがあるらしい」
ザガルは、深く、考え込んだ。
「勇者よ。……この件、しばらく、我らの間だけの秘密にしてもらえるか」
「なぜですか」
「確証のない話を広めれば、いたずらに不安を煽る。……せっかく成った和平が、揺らぎかねん」
「それは、確かに」
「調査は、我らの側で、密かに進める。……何か分かり次第、必ず伝える」
ザガルは、そう約束してくれた。
◇ ◇ ◇
逃亡生活百十日目、おれたちは、新たな謎の存在を、知ることになった。
二百年の因縁は、終わった。だが、この世界には、まだ、明かされていない何かが、確かに存在している。
「サノ、どうする」
銀さんの問いに、おれは、しばらく考えてから、答えた。
「とりあえず、今は、様子見ですかね。……確証もないのに、動き回っても、混乱するだけですし」
「珍しく、慎重だな」
「三ヶ月、いろいろありましたから。……少しは、学びました」
おれは、苦笑した。
「それに、今度は、一人じゃないんで」
◇ ◇ ◇
――なお、このときのおれは知らなかった。
遥か彼方、この世界とも魔王領とも異なる、真っ白な空間で。
かつて、おれを転生させた、あの女性の声が、静かに、報告を上げていたことを。
『――対象個体、転生後三ヶ月経過。世界介入度、想定を大幅に超過』
『……勇者素養の付与は、あくまで標準処理でした。しかし、この結果は』
声は、静かに、続けた。
『上位管理者への報告が、必要かと存じます』
物語は、まだ、終わっていなかった。




