おれ、王都に潜入して、思わぬ再会を果たす
◇ ◇ ◇
逃亡生活七十二日目。五日間の慎重な道中を経て、おれたちはついに、王国の首都、ヴァルデンの城壁を、遠くに望む場所まで辿り着いた。
「あれが、王都……」
遠目にも、その規模は圧倒的だった。サザンテやオーレンスとは、比べものにならない。城壁の内側から、無数の尖塔が突き出し、その中でも一際高い二つの建造物が、目を引いた。
「右が王城。左が大聖堂だ」
リーゼロッテさんが、指をさして説明してくれた。
「本当に、向かい合ってるんですね」
「二百年以上、あの形のままだ。……王権と神権が、互いを牽制し合いながら、この国を支えてきた」
◇ ◇ ◇
「さて、問題は、どうやって入るかだが」
銀さんが、腕を組んだ。
「正面から入るのは、危険ですよね」
「間違いなく、門で待ち構えられている」
リーゼロッテさんが、頷いた。
「私の顔は、王国騎士団に知られている。……リリアーヌ様も、聖女として、神殿の関係者には顔が割れているだろう」
「おれは、どうでしょう」
「お前が一番危ない。……人相書きが出回っている可能性が高い」
三人揃って、顔が割れている。詰みかけの状況だった。
「……こうなったら、久々にアレ、やりますか」
おれの提案に、二人が、怪訝そうな顔をした。
「アレ、とは」
「変装です。……サザンテで、髪染めて生き延びた経験があるんで」
◇ ◇ ◇
近隣の町で買い込んだ道具を使い、おれたちは、変装に取りかかった。
「銀さん、髪染めるの、抵抗ないですか」
「必要とあらば、構わん。……ただし、元に戻るのだろうな」
「たぶん。おれのも、根元から地毛が伸びてきてるんで、そのうち抜けると思います」
「たぶん、か」
不安そうな銀さんをよそに、おれは、慣れた手つきで、染料を調合した。逃亡生活で培った、無駄に実用的な技術である。
結果、銀さんの銀髪は、目立たない茶色になった。フードを被れば、まず気づかれないだろう。
「……妙な気分だな」
「似合ってますよ」
「褒められている気がせん」
◇ ◇ ◇
リーゼロッテさんは、鎧を脱ぎ、地味な旅装に着替えた。赤毛は、頭巾で隠す。
「これで、多少はマシか」
「その通り、雰囲気が全然違いますね」
「鎧を脱ぐと、どうにも落ち着かん」
そして、おれは――既に茶髪に染めた髪を、さらに濃い色に染め直し、加えて、伸ばしかけていた前髪を、目にかかるように整えた。
「サノ、それ、視界は大丈夫か」
「まあ、なんとか。……顔の印象、だいぶ変わりますよね」
「変わるな。……どこにでもいる、冴えない若者だ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
◇ ◇ ◇
変装を終えたおれたちは、行商人の一団に紛れる形で、王都の門をくぐった。
「積荷の確認! 通行証を出せ!」
門番の声に、おれたちは緊張したが、行商の親方が、まとめて手続きを済ませてくれた。近隣の町で、荷運びの手伝いを買って出た見返りである。
「若いの、助かったよ。あんたの力、大したもんだ」
「いえいえ、こちらこそ助かりました」
門をくぐった瞬間、おれは、詰めていた息を吐き出した。
「……入れましたね」
「ここからが、本番だ」
◇ ◇ ◇
王都の大通りは、想像を超える賑わいだった。行き交う人々、立ち並ぶ店、荷馬車の往来。この人混みなら、確かに紛れやすい。
「まず、宿を取ろう。……目立たない場所に」
リーゼロッテさんの提案で、おれたちは、下町の一角にある、小さな宿を選んだ。
「それにしても、これからどうします」
部屋に落ち着いたところで、おれは問いかけた。
「エドヴァルド殿に、接触したい」銀さんが答えた。「あの方なら、王への取次を頼めるかもしれん」
「でも、エドヴァルドさんが、まだ味方かどうか、分からないですよね」
「そこが問題だ。……大司教の圧力が、どこまで及んでいるか」
◇ ◇ ◇
その時、宿の階下から、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「――だから! この宿に、荷を運び込みたいって言ってるでしょ!」
聞き覚えのある、元気な声。おれは、思わず、身を乗り出した。
「今の声……」
「サノ、どうした」
「いや、まさか、そんな」
おれは、慌てて階段を降りた。
宿の入り口で、宿の主人と押し問答をしていたのは――三つ編みの、茶色い髪の少女だった。
「ミレ!?」
◇ ◇ ◇
振り返った少女の顔が、驚きに固まった。
「え……? あんた、誰?」
そうだった。おれは今、髪を染めて、前髪で顔を隠している。
「あー、その、おれだよ。……サザンテで、荷車を助けた」
その一言で、ミレの目が、大きく見開かれた。
「サノ!? あんた、サノなの!?」
「久しぶり」
「久しぶりじゃないわよ! なんでそんな格好してるの!? っていうか、どうしてここに!?」
ミレは、興奮した様子で、まくし立てた。相変わらず、元気な子だった。
◇ ◇ ◇
部屋に場所を移し、おれたちは、事情を説明した。もっとも、話せる範囲は限られていたが。
「……つまり、あんた、また逃げてるってこと?」
「逃げてる、っていうか、乗り込んでる、というか」
「余計に危ないじゃない!」
ミレは、頭を抱えた。
「あんた、サザンテを出てから、どうなったのかと思ってたら。……まさか、そんな大事になってるなんて」
「ミレこそ、なんで王都に」
「商売の拡大よ! サザンテの店が軌道に乗ったから、王都に支店を出そうと思って」
ミレは、少し得意げに、胸を張った。
「言ったでしょ。三年後には、港町一番の大商人になるって」
「もう、その道を進んでるんだな」
「当然でしょ!」
◇ ◇ ◇
ひとしきり近況を語り合った後、ミレは、真剣な顔になった。
「サノ、あたしに手伝えることある?」
「え」
「困ってるんでしょ。……あの時、あんたに助けてもらったこと、あたし、忘れてないから」
その言葉に、おれは、胸が熱くなるのを感じた。
「でも、危険だぞ。相手は、神殿の大司教だ」
「あたし、商人よ。情報を集めるのは、得意分野なの」
ミレは、にっと笑った。
「王都の商人仲間、結構顔が広いんだから。……宮廷顧問官が今どこにいるかとか、そのくらいなら、調べられるわ」
銀さんとリーゼロッテさんが、顔を見合わせた。
「……頼もしい味方だな、サノ」
「おれの、元雇い主です」
逃亡生活七十二日目、王都に潜入したおれたちは、思わぬ形で、心強い協力者を得ることになった。
――なお、このときのおれは知らなかった。
王都、大聖堂の一室。
大司教アルベルト・ハーゲンの元に、報告が届いていたことを。
「本日、王都に入った旅人の中に、それらしき三名の姿はございませんでした」
「……妙だな。既に到着していてもおかしくない頃合いだが」
大司教は、窓から、王都の街並みを見下ろした。
「変装でもしているか。……小賢しい真似を」
その声には、苛立ちが混じっていた。
「構わん。……いずれ、あの二人は、必ず私の前に現れる。真実を暴くつもりならばな」
王都での攻防が、静かに、始まろうとしていた。




