おれ、王都へ向かう決断をして、逃亡者の技術を総動員する
◇ ◇ ◇
逃亡生活六十七日目の朝。おれたちは、砦の会議室で、今後の方針を、最終決定していた。
「王都へ向かう。……三人で」
リーゼロッテさんの言葉に、増援部隊の隊長が、渋い顔をした。
「隊長殿、それは危険すぎます。……大司教が動いているのなら、王都は、敵地も同然ですぞ」
「承知の上だ。……だが、ここで待っていても、拘束命令が届くだけだ」
「ならば、我々が護衛を」
「駄目だ」
リーゼロッテさんは、きっぱりと断った。
「大人数で動けば、目立つ。……それに、王国騎士団が、公然と我々に味方したとなれば、隊長、あなたの立場も危うくなる」
「しかし」
「北方の防衛は、あなたに任せたい。……停戦が続いているとはいえ、砦を空にはできない」
◇ ◇ ◇
隊長は、しばらく黙り込んだ後、深く、頭を下げた。
「……承知いたしました。ですが、一つだけ」
隊長は、懐から、一枚の書状を取り出した。
「これを、お持ちください。……北方派遣部隊長としての、正式な証言書です。ノルダール砦で起きたこと、私が見聞きした全てを、記してあります」
「隊長……」
「勇者殿が、魔王軍に取り込まれたなどという話が、事実無根であること。……それを証言できる者が、多い方が良いでしょう」
リーゼロッテさんは、その書状を、深く感謝しながら受け取った。
「恩に着る」
「ご武運を」
◇ ◇ ◇
出立の準備を進めながら、おれは、複雑な気持ちを抱えていた。
「銀さん、なんか、変な感じですね」
「何がだ」
「二ヶ月前は、王国から逃げてたのに。……今度は、自分から王都に向かうなんて」
銀さんは、荷物をまとめる手を止めて、少し笑った。
「確かに、皮肉なものだな」
「あの頃のおれに言っても、絶対信じないと思います」
「だが、逃げていた頃の経験は、今、役に立つはずだ」
「というと」
「王都まで、我々は、追われる立場だ。……いや、正確には、まだ拘束命令は出ていないが、大司教の手の者が、道中を張っている可能性は高い」
銀さんは、真剣な表情で続けた。
「つまり、これも、一種の逃亡だ。……ただし、目的地が、敵の本拠地というだけでな」
「そういえば、神殿って、王都の中にあるんですよね」
「ああ。大聖堂は、王城と大通りを挟んで、向かい合うように建っている」
銀さんは、少し苦い顔をした。
「王国と神殿。二つの権威が、同じ都に並び立つ。……表向きは、互いを尊重する関係だが、内実は、常に主導権を巡って、綱引きが続いている」
「じゃあ、王都に行くってことは」
「王国と神殿、両方の懐に、飛び込むということだ。……大司教にとっては、まさに、自分の庭だな」
◇ ◇ ◇
出立の朝、砦の門前には、多くの兵たちが、見送りに集まっていた。
「勇者様、ご武運を!」
「聖女様も、どうかご無事で!」
声援を受けながら、おれは、少し照れくさい気持ちで、手を振った。
「なんか、二ヶ月前とは、えらい違いですね」
「二ヶ月前は、追われていたからな」
リーゼロッテさんが、苦笑しながら言った。
「その追ってた本人が、今、隣にいるんですけどね」
「言うな。私も、時々、不思議に思っている」
◇ ◇ ◇
砦を出て、南へと向かう街道。おれたちは、慎重に、道を選びながら進んだ。
「主要街道は避ける。……間道を使おう」
「土地勘、あるんですか」
「王国騎士として、この辺りの地図は、頭に入っている」
リーゼロッテさんの案内で、おれたちは、人目につきにくいルートを、着実に進んでいった。
途中、何度か、街道を行き交う白装束の一団を、遠くに見かけた。
「……あれ、神殿の巡察隊ですよね」
「間違いない。……数が多すぎる。明らかに、我々を探している」
銀さんの言葉に、おれたちは、より慎重に、身を潜めながら移動することになった。
◇ ◇ ◇
その夜、街道から離れた林の中で、おれたちは野営することになった。
「火は、焚かない方がいいですよね」
「そうだな。……煙が目立つ」
冷たい夕食を取りながら、おれたちは、身を寄せ合った。
「なんか、懐かしいですね、この感じ」
「懐かしい?」
「銀さんと、東部の廃教会に向かってた時のこと、思い出しました」
おれの言葉に、銀さんが、小さく笑った。
「あの時は、私が火起こしに失敗して、お前に助けられたな」
「三日かかりましたよね、火がつくまで」
「その話は、もういいだろう」
リーゼロッテさんが、興味深そうに、こちらを見た。
「聖女様が、火起こしに三日?」
「言うな、リーゼロッテ」
「……それは、聞き捨てならないな。詳しく聞かせてもらおう」
「サノ、余計なことを言うな!」
焚き火もない、寒い夜だったが、三人の間には、確かな温かさがあった。
◇ ◇ ◇
逃亡生活六十七日目の夜、おれたちは、王都への道を、静かに進んでいた。
追われる側から、自ら向かう側へ。立場は変わったが、培ってきた技術は、確かに、今も生きている。
――なお、このときのおれは知らなかった。
王都、神殿の最奥。
大司教アルベルト・ハーゲンの元に、報告が届いていたことを。
「勇者一行、ノルダール砦を出立。……王都へ向かっている模様です」
「向かってくる、だと?」
大司教は、意外そうに、眉を上げた。
「逃げるでもなく、隠れるでもなく、自ら来るというのか」
「いかがいたしましょう」
大司教は、しばらく沈黙した後、静かに、口の端を歪めた。
「……好都合だ。王都であれば、こちらの土俵だ」
その声には、確かな自信が滲んでいた。
「迎え撃つ準備をせよ。……二百年の秩序、崩させはせん」
真実を巡る最後の戦いの舞台が、今、静かに、整えられようとしていた。




