おれ、増援を迎えて、報告書という新たな難敵と戦う
◇ ◇ ◇
逃亡生活六十二日目。ついに、王都からの増援部隊が、ノルダール砦に到着した。
「隊長リーゼロッテ・クロイツ殿! 王国騎士団、北方派遣部隊、ただいま到着いたしました!」
部隊を率いていたのは、以前ヴェルダンで顔を合わせた、あの隊長だった。総勢、およそ二百名。砦の守備隊と合わせれば、それなりの戦力になる。
「よく来てくれた。……だが、状況が、大きく変わった」
リーゼロッテさんの言葉に、隊長は、怪訝そうな顔をした。
「変わった、とは」
「……説明すると、長くなる。とりあえず、会議室へ」
◇ ◇ ◇
会議室に、砦の主要な面々が集まった。おれ、銀さん、リーゼロッテさん、守備隊長、そして増援部隊の隊長。
そして、リーゼロッテさんによる、事の顛末の説明が始まった。
「――以上が、この二日間で起きたことだ」
説明を聞き終えた隊長は、長い沈黙の後、絞り出すような声で言った。
「……魔王と、対話した、と」
「そうだ」
「そして、一ヶ月の、停戦協定を、結んだ、と」
「その通りだ」
隊長は、深く、頭を抱えた。
「隊長殿。私は、魔王軍の脅威に対処するため、二百名を率いて、ここまで来たのですが」
「その労は、感謝している。……だが、事態は、我々の想定を超えていた」
「これ、王都に、どう報告すればいいのですか」
「そこが、問題だ」
◇ ◇ ◇
全員が、一斉に、沈黙した。
「あの」おれは、恐る恐る、手を挙げた。「正直に、書くしかないんじゃないですか」
「正直に、というと」
「『魔王と話し合いました。相手にも事情がありました。一ヶ月停戦します』って」
「それを読んだ王都の反応、想像できるか」
リーゼロッテさんの問いに、おれは、少し考えた。
「……『勇者が魔王に取り込まれた』って、思われますかね」
「間違いなく、そう思われる」
「ですよね」
おれは、天を仰いだ。事実を正直に伝えるだけで、こんなに難しいとは思わなかった。
◇ ◇ ◇
「まず、必要なのは、証拠だ」
銀さんが、静かに、口を開いた。
「砦の書庫で見つけた、二百年前の記録。……あれを、正式な証拠として、王都に提出する」
「破り取られた部分は、どうします」
「欠落そのものが、証拠になる。……誰かが、意図的に、記録を削除した。その事実は、記録の残された部分と、比較すれば、明白だ」
「なるほど」
「加えて」銀さんは、続けた。「神殿側の記録も、確認する必要がある。……私が、聖女として、正式に、開示を要求する」
「銀さん、それ、大丈夫なんですか。神殿側が、隠したがってる話ですよね」
「だからこそ、だ。……堂々と要求すれば、拒否そのものが、疑惑の裏付けになる」
◇ ◇ ◇
その日の夕方、おれたちは、王都への報告書の作成に、取りかかった。
「……で、これ、誰が書くんですか」
「サノ、お前が言い出したことだ」
「え、おれですか!?」
「勇者としての、正式な報告書だ。……お前の名で、出すべきだろう」
リーゼロッテさんに押し切られ、おれは、羽根ペンを握らされることになった。
「あの、おれ、こういうの、書いたことないんですけど」
「私が、体裁は整える。……内容は、お前の言葉で書け」
銀さんの言葉に、おれは、覚悟を決めて、羽根ペンを、動かし始めた。
◇ ◇ ◇
三時間後。
「……できました」
おれが差し出した報告書を、リーゼロッテさんと銀さんが、覗き込んだ。
「ふむ。……なかなか、良く書けている」
「本当ですか」
「ああ。……特に、この一文が、いい」
リーゼロッテさんが指差したのは、報告書の締めくくりの部分だった。
『――以上の理由により、私は、魔王ザガル・ヴィントとの対話を選択しました。この判断が正しいかどうか、私には分かりません。ですが、話し合いの可能性を試さぬまま、多くの犠牲を出すことだけは、避けたいと考えます。私は勇者と呼ばれていますが、誰かを殺すことより、誰も死なせないことの方が、価値のある勝ち方だと信じています』
「……ちょっと、青臭いですかね」
「青臭くて、結構だ」
銀さんが、微笑んだ。
「お前らしい報告書だ。……胸を張って、送るといい」
◇ ◇ ◇
報告書は、翌朝、早馬で、王都へと送られた。
返答が来るまでには、数日かかるだろう。その間、砦は、停戦協定に基づき、静かな日々を過ごすことになる。
「にしても、変な感じですね。魔物の軍勢が、目の前にいるのに、戦わないって」
砦の物見台から、荒野を眺めながら、おれは呟いた。
「良いことだろう」
銀さんが、隣に立った。
「戦わずに済む日が、一日でも多い方が、いい」
「そうですね」
荒野に展開する魔物たちは、確かに、砦への攻撃を仕掛けてこなかった。ザガルの言葉は、少なくとも、守られている。
◇ ◇ ◇
逃亡生活六十二日目、おれたちは、戦いではなく、対話による解決に向けて、静かに、一歩を踏み出していた。
――なお、このときのおれは知らなかった。
王都、神殿の最奥。
二百年前の真実を守り続けてきた人物が、密かに、ある命令を、下していたことを。
「北方に、人を送れ」
「は。……何をさせましょうか」
「勇者と聖女、そして、あの騎士。……三名の動きを、監視せよ。そして、必要とあらば」
その声は、氷のように、冷たかった。
「……然るべき、対処を」
対話の道を選んだ三人に、思わぬ方向から、新たな影が、忍び寄ろうとしていた。




