おれ、氷姫と刃を交えて、村を守り抜く
◇ ◇ ◇
セレナの操る氷の槍が、鋭くおれへと突き込まれた。
「――っ!」
おれは紙一重でそれを躱した。地面が抉れるように凍りつく。
「ほう、避けたか。……勇者、その動き、悪くない」
「褒められても、嬉しくないですね」
おれは拳を構え、セレナへと距離を詰めた。だが、セレナは槍を巧みに操り、間合いを常に一定に保っている。
「サノ、一人で突っ込むな! 連携を意識しろ!」
リーゼロッテさんの声に、おれは頷いた。バルガスとの戦いで得た経験が、ここで活きる。
◇ ◇ ◇
「銀さん、左から!」
「分かっている!」
銀さんが細剣を構え、セレナの側面へと回り込む。おれは正面から注意を引きつけた。
「小癪な……!」
セレナが舌打ちしながら、氷の壁を周囲に展開した。おれたちの連携を分断しようとする狙いが見て取れた。
「くっ、視界が……!」
リーゼロッテさんの焦る声が聞こえる。おれは咄嗟に、氷の壁に拳を叩き込んだ。
「――ふっ!」
加減などしていられなかった。全力の一撃で、氷の壁が粉々に砕け散る。
「なっ……! 私の氷の壁を……!」
セレナの驚愕の声が響いた。
◇ ◇ ◇
「今だ、銀さん!」
「分かっている!」
視界が開けた、その隙を銀さんが見逃さなかった。細剣が、セレナの槍の柄を鋭く打ち払う。
「くっ……!」
セレナが体勢を崩した。そこへ、リーゼロッテさんが鋭く斬り込む。
「はぁあああっ!」
リーゼロッテさんの一撃が、セレナの鎧の肩口を掠めた。氷の破片が飛び散る。
「――ぬ、ぐぅっ!」
セレナが後方へと飛び退いた。三人がかりの連携が、確実に彼女を追い詰めていた。
◇ ◇ ◇
「……面白い。バルガスが退けられたのも頷ける」
セレナは荒い息をつきながらも、まだ戦意を失っていなかった。
「だが、まだ私の本当の力は見せていない」
セレナの周囲、空気が一気に冷え込んだ。
「これで終わりにしよう。……〈絶対零度〉」
セレナが槍を大きく振りかぶった。周囲一帯が瞬時に凍てつく冷気に包まれていく。
「サノ、危ない!」
銀さんの叫び声が響いた。おれは咄嗟にその場から飛び退こうとした。だが、足元が既に凍りつき始めていた。
「くっ……! 動けない……!」
◇ ◇ ◇
「――させるか!」
リーゼロッテさんが、おれの前に飛び出した。氷の一撃が彼女の剣に直撃する。
「リーゼロッテさん!」
「大丈夫だ……! この程度……!」
リーゼロッテさんは歯を食いしばりながら、氷の一撃を受け止めていた。だが、その体は少しずつ冷気に蝕まれていく。
「リーゼロッテ、耐えろ! すぐに行く!」
銀さんが鋭く叫んだ。おれはその声に、はっと我に返った。凍りついた足元を力ずくで砕き、セレナへと突進する。
「……なに?」
セレナが初めて、僅かに動きを止めた。三方から同時に迫るおれたちの気迫に、押されたのかもしれなかった。
おれは、その僅かな隙を見逃さなかった。
「――うおおおおおっ!」
おれの拳が、セレナの槍を真っ二つにへし折った。
◇ ◇ ◇
「な……! 私の槍が……!」
セレナが大きく後退した。だが、その顔には、これまでとは違う動揺の色が浮かんでいた。
「セレナ、あなた、さっき、なぜ止まったんですか」
おれの問いに、セレナはしばらく沈黙した。
「……お前たちの、絆というものを見た。仲間を庇う、その姿。我ら魔物には、ない、ものだ」
「魔物には、仲間、いないんですか」
「いる。だが、我らの繋がりは力による支配と従属だ。お前たちのような、対等な信頼ではない」
セレナの声には微かな羨望のようなものが滲んでいた。
◇ ◇ ◇
「今日のところは退く。……だが、忘れるな、勇者」
セレナは砕けた槍を拾い上げながら続けた。
「我らが主の真の力を見た時、お前たちのその絆とやらが、どれほど通用するか。見物だ」
セレナはそう言い残し、黒い霧に包まれ姿を消した。村を覆っていた氷も次第に溶け始めていく。
「……終わった、のか」
おれはその場にへたり込んだ。全身が重く、疲労が一気に押し寄せてくる。
「サノ、よくやった」
銀さんが駆け寄ってきて、おれの肩を支えてくれた。
「リーゼロッテさんは」
「私は大丈夫だ。少し冷えただけだ」
リーゼロッテさんはそう言いながらも、明らかに疲弊した様子だった。それでも、その顔には確かな達成感が浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
村人たちは無事だった。凍りついた家屋や田畑は、これから修復が必要だろう。だが、命が失われることはなかった。
「勇者様、聖女様、騎士様……! 本当にありがとうございました!」
村長が涙ながらに頭を下げた。おれたちは、その言葉に静かに頷いた。
逃亡生活五十四日目、二人目の四天王との戦いを乗り越えて、おれたちの絆は、また一つ強くなった気がした。
――なお、このときのおれは知らなかった。
荒野の岩山、玉座に静かに腰掛ける、あの影の元へ。
バルガスと、セレナが揃って報告に訪れていたことを。
「……両名とも、退けられたか」
影の声は、これまでにない興味の色を帯びていた。
「面白い。本当に面白い。……ならば」
影がゆっくりと立ち上がった。
「次は、私が直々に出向くとしよう」
大陸の命運を賭けた、本当の対決の刻が静かに近づいていた。




