おれ、村落襲撃の報せに走り、氷の気配と対峙する
◇ ◇ ◇
逃亡生活五十四日目。王都からの増援到着まで、残り、八日。おれたちは、砦の防備強化と、周辺の警戒に、日々を、費やしていた。
「サノ、今日は、周辺の村々への、警戒巡回だ」
リーゼロッテさんの言葉に、おれと銀さんは、頷いた。
荒野に展開する、魔物の軍勢は、バルガスとの一件以来、目立った動きを、見せていなかった。だが、その静けさが、逆に、不気味だった。
「嵐の前の、静けさって、やつですかね」
「かもしれん。……油断は、できん」
銀さんの言葉に、おれは、頷いた。
◇ ◇ ◇
巡回の道中、おれたちは、砦から、半日ほどの距離にある、小さな農村、ラーベンの村に、立ち寄った。
「勇者様、聖女様! ようこそ、いらっしゃいました!」
村長らしき、老人が、丁重に、迎えてくれた。この一件以来、おれの「勇者様」呼びも、すっかり、定着してしまっていた。
「村の様子は、どうですか」
「幸い、今のところ、魔物の襲撃は、ありません。……ですが、皆、不安な日々を、過ごしております」
「何かあれば、すぐに、砦へ、伝令を、送ってください。……できる限りの、対応をします」
リーゼロッテさんの、力強い言葉に、村長は、深く、頭を、下げた。
平和な村の風景を見て、おれは、改めて、自分たちが、何を守ろうとしているのか、実感を、新たにしていた。
◇ ◇ ◇
その日の夜、砦に戻ったおれたちを、緊急の報せが、待っていた。
「た、大変です! ラーベンの村が、魔物の襲撃を、受けています!」
伝令兵の、切迫した声に、おれたちは、揃って、顔色を、変えた。
「なんだと……! つい、昼間、訪れたばかりだぞ!」
リーゼロッテさんが、驚愕の声を、上げた。
「規模は」
「不明です! ですが、村人からの、悲鳴のような、通信が、途絶えたと……!」
「行くぞ!」
おれたちは、即座に、馬に、飛び乗った。夜の街道を、全速力で、駆け抜ける。
◇ ◇ ◇
ラーベンの村に、たどり着いた時、おれたちの目に、飛び込んできたのは、凍りついた、村の光景だった。
家屋も、田畑も、井戸も、村全体が、まるで、時が、止まったかのように、白い、氷に、覆われていた。
「これは……」
銀さんが、絶句する。おれは、慌てて、周囲を、見回した。
「村人たちは……!」
「ここだ……! 集会所に、避難している……!」
村長の声が、氷に覆われた、集会所の中から、響いてきた。おれは、安堵の息を、吐いた。少なくとも、村人たちは、無事のようだった。
◇ ◇ ◇
「――ほう。来たか、勇者よ」
冷たい声が、村の中央、氷の柱の上から、響いた。
姿を現したのは、白銀の、鎧を纏った、女性の姿をした、魔物だった。長い、氷のような、青白い髪。手には、氷で、形作られた、槍を、携えている。
「四天王が一人、〈氷姫のセレナ〉。……お前の力、この目で、確かめに、来た」
「あなたが、村を」
「ああ。……別に、村人を、殺すつもりは、なかった。……ただ、お前を、おびき出す、餌にしただけのこと」
セレナと名乗った魔物の、あまりに、冷淡な言葉に、おれの中で、静かな、怒りが、湧き上がった。
「人を、餌にするなんて」
「感情論は、不要だ。……力こそが、全て。それが、我らの、理だ」
◇ ◇ ◇
「サノ、村人たちの、避難を、優先しろ。……セレナは、私と、リーゼロッテで、引きつける」
銀さんの言葉に、おれは、頷いた。
「分かりました。……でも、無理は、しないでください」
「お前こそ、な」
おれは、村長たちの元へと、駆け寄り、避難の誘導を、始めた。
「集会所の外へ、慎重に! 氷が、割れないよう、気をつけて!」
村人たちを、安全な場所へと、誘導しながら、おれは、背後で繰り広げられる、銀さんとリーゼロッテさんの、戦いの音を、耳にしていた。
「くっ……この、冷気……!」
「油断するな、リーゼロッテ! この女、間合いの、外からも、攻撃してくる!」
セレナの操る、氷の槍が、次々と、二人に、襲いかかっていた。
◇ ◇ ◇
村人たちの避難を、終えたおれは、すぐさま、戦闘へと、加わった。
「二人とも、待たせました!」
「サノ、無事、避難は」
「完了です! 加勢します!」
おれは、拳を構え、セレナへと、向き直った。
「ほう……勇者、直々の、お出ましか」
セレナが、静かに、槍を、構え直した。
「では――お前の力、存分に、見せてもらおう」
冷気が、村全体を、さらに、覆い尽くしていく。氷の四天王との、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
――なお、このときのおれは知らなかった。
この戦いの、遠く離れた、荒野の岩山で。
バルガスが、静かに、戦況を、見守っていたことを。
「……セレナの奴、随分と、好戦的だな。……まあ、いい。あの勇者の、本当の力、私も、もう一度、見てみたい」
バルガスの視線の先、氷に覆われた、ラーベンの村。そこで繰り広げられる、新たな戦いは、大陸の、命運を、さらに、大きく、揺るがそうとしていた。




