おれ、王都の決断を待つ間に、新たな影の気配を知る
◇ ◇ ◇
逃亡生活五十二日目。王都では、エドヴァルドからの報告を受け、緊急の評議が、開かれていた。
――もっとも、その場に、おれたちがいたわけではない。後になって、エドヴァルドから、その顛末を、聞くことになる。
◇ ◇ ◇
「陛下。……北方、ノルダール砦にて、四天王の一人との、交戦が、確認されました」
王城の、謁見の間。エドヴァルドの報告に、居並ぶ重臣たちの間に、動揺が、走った。
「四天王、だと……!? まさか、本当に、魔王軍の、再興か」
「勇者殿、聖女様、そして、隊長リーゼロッテ・クロイツ殿。……三名の連携により、辛くも、撃退には、成功したとのことです」
「撃退……できたのか」
玉座から、静かな、しかし、重みのある声が、響いた。
「はい、陛下。……ですが、四天王は、あくまで、一体。魔王軍の、全容は、いまだ、不明です」
王は、しばらく、沈黙した後、静かに、口を、開いた。
「……勇者一行への、正式な支援を、決定する。北方への、増援部隊の派遣、並びに――」
王の言葉に、重臣たちが、揃って、耳を、傾けた。
「勇者サノ殿への、正式な、〈勇者〉としての、叙任を、検討する」
◇ ◇ ◇
一方、その頃。ノルダール砦では、おれたちは、日々の防備強化と、情報収集に、追われていた。
「サノ、その資材、そっちに、運んでくれ」
「はい、了解です」
砦の防壁補強のため、おれの力は、思わぬところで、大活躍していた。加減しながらの、資材運びは、もう、お手のものだ。
「勇者様の、力があると、工期が、大幅に、短縮できて、助かります」
砦の工兵に、そう言われて、おれは、少し、複雑な、気持ちになった。以前なら、こういう「勇者様」呼びに、抵抗を感じていたはずだ。だが、今は――不思議と、素直に、受け止められる自分が、いた。
「サノ、休憩にしろ」
銀さんが、水の入った、革袋を持って、やってきた。
「銀さん、体調、もう大丈夫なんですか」
「問題ない。……それより、リーゼロッテが、荒野の、偵察から、戻ってきたようだぞ」
◇ ◇ ◇
砦の門で、おれたちは、偵察から戻った、リーゼロッテさんを、出迎えた。
「リーゼロッテさん、何か、分かりましたか」
「……気になる、報告がある」
リーゼロッテさんの、険しい表情に、おれと銀さんは、顔を、見合わせた。
「荒野の、さらに奥、別の方角から、新たな、魔物の集団が、接近している、との情報だ。……先日、遭遇した、バルガスとは、別の、気配だという」
「まさか、また、四天王、ですか」
「可能性は、高い。……哨戒隊の証言によれば、その集団を率いる者、氷のような、冷たい気配を、纏っていたそうだ」
銀さんが、腕を組んで、考え込んだ。
「氷、か。……バルガスが、〈鉄壁〉なら、そちらは、また、違う、性質の力を、持っているのだろうな」
「厄介な、ことになりそうですね」
おれの言葉に、リーゼロッテさんが、頷いた。
◇ ◇ ◇
その夜、砦に、王都からの、正式な伝令が、届いた。
「王都より、緊急の、書状です!」
伝令兵から、書状を受け取った、守備隊長が、内容を、確認し、驚いた表情を、見せた。
「これは……」
「どうしました」
「王都より、正式な、増援部隊の派遣が、決定した、とのことです。……到着まで、およそ、十日」
「十日、ですか」
「加えて」
守備隊長が、続けた。
「サノ殿への、正式な、〈勇者〉としての、叙任について、王都で、検討が、進められている、と」
その一報に、おれは、複雑な、思いを、抱いた。
◇ ◇ ◇
「叙任、か」
その夜、宿舎の一室で、おれは、銀さんと、リーゼロッテさんに、正直な気持ちを、打ち明けた。
「正直、まだ、実感、湧かないです。……おれ、逃げてきた身なのに、いきなり、正式に、勇者として、叙任されるとか」
「それも、お前が、選ぶことだ」
銀さんが、静かに、言った。
「前に、条件を、出しただろう。……お前の意思を、尊重すること。それは、今回も、変わらない、はずだ」
「そう、ですよね」
「まあ」リーゼロッテさんが、少し、口元を、緩めた。「叙任されようが、されまいが、お前は、お前だ。……肩書きが、変わったところで、私たちの、関係が、変わるわけでもない」
「リーゼロッテさん……」
「それに、正式な、勇者となれば、より多くの、支援と、権限が、得られる。……人々を、守るためには、悪くない、話だとは、思うがな」
◇ ◇ ◇
逃亡生活五十二日目の夜、おれの前には、また一つ、大きな、選択が、待っていた。
逃げてきた末に、たどり着いた、この場所。そして、これから、待ち受ける、新たな四天王との、戦い。
「二人とも、ありがとうございます。……もう少し、考えさせてください」
「もちろんだ。……焦る必要は、ない」
銀さんの言葉に、おれは、頷いた。
――なお、このときのおれは知らなかった。
荒野の、さらに北。氷に閉ざされた、山岳地帯の奥で。
一つの、冷たい気配が、静かに、南の方角を、見つめていたことを。
「……バルガスが、退けられた、か。……人間にしては、なかなかの、力を、持っているようだな」
声は、氷のように、冷ややかだった。
「ならば、私が、直々に、その力、見極めて、やろう」
新たな、四天王が、動き出そうとしていた。大陸の、命運を賭けた、戦いは、まだ、その、序盤に、過ぎなかった。




