おれ、砦での療養中に、次なる一手を話し合う
◇ ◇ ◇
逃亡生活五十日目。四天王バルガスとの戦いから一夜明け、おれたちは、ノルダール砦の一室で、療養に努めていた。
「銀さん、体調、どうですか」
「……もう、平気だ。あの程度、一晩、休めば、回復する」
銀さんは、そう言いながらも、まだ少し、顔色が優れなかった。おれは、心配しながらも、それ以上、突っ込むのは、やめておいた。この人、無理をする時ほど、平気だと言い張る傾向がある。
「サノ、お前こそ、無茶をしたな。……あの拳、私が見ても、ヒヤヒヤした」
見舞いに来ていた、リーゼロッテさんが、呆れたように、言った。
「銀さんが、危なかったんで。……あの時は、加減とか、考えてる余裕、なかったです」
「無事で、何よりだ」
リーゼロッテさんの、素っ気ない、だが確かな安堵の滲む言葉に、おれは、少し、照れくさくなった。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ、体調が、ある程度落ち着いたところで、おれたちは、守備隊長を交えて、今後の方針について、話し合いを、始めた。
「四天王の一人を、退けられたのは、大きな戦果です。……ですが」
守備隊長が、険しい表情で、続けた。
「あの魔物、あなた方の話によれば、まだ、本気ではなかった、と」
「はい。……相手は、あくまで、様子見だったように、感じました」
銀さんの言葉に、部屋の空気が、重くなった。
「四天王が、他にも、数名、いるという話も、聞いております。……それに、魔王本体の、力については、まだ、未知数です」
「正直、おれたち三人だけじゃ、心許ないですよね、この状況」
おれの言葉に、リーゼロッテさんが、頷いた。
「王都への、正式な報告と、増援の要請が、必要だろう。……今回の遭遇戦、貴重な情報だ。これを元に、しかるべき、体制を、整えるべきだ」
◇ ◇ ◇
「増援、というと、どのくらいの規模を」
おれが聞くと、リーゼロッテさんは、少し、考え込んだ。
「本来なら、王国騎士団の、主力を、動かすべき事態だ。……だが、それには、時間がかかる。まずは、この砦の防備強化と、周辺の避難民の保護を、優先すべきだろう」
「エドヴァルドさんへの、報告は」
「既に、伝令を、出している。……返答には、数日、かかるだろうが」
銀さんが、腕を組んで、続けた。
「その間、我々に、できることは」
「防備の強化と、情報収集だ。……それと」
リーゼロッテさんが、少し、言葉を、切った。
「サノ、お前の力、今回の戦いで、正式に、確認できた。……今後、より、実戦的な、力の使い方を、身につける必要が、あるだろう」
「実戦的な、使い方、ですか」
「加減の技術は、素晴らしい。……だが、今回のように、いざという時、迷わず、全力を出す判断力も、同時に、必要だ」
リーゼロッテさんの言葉に、おれは、頷いた。
◇ ◇ ◇
その日の夕方、おれは、砦の中庭で、一人、体を動かしながら、これまでの戦いを、振り返っていた。
「サノ」
声をかけてきたのは、銀さんだった。療養で休んでいたはずだが、もう、動き回っている。この人の回復力、本当に、規格外だ。
「銀さん、まだ、休んでた方が」
「もう、平気だ、と言ったろう」
銀さんは、そう言って、おれの隣に、腰を下ろした。
「サノ、昨日は、助かった。……礼を、言う」
「いいですよ、そんな。当然のことです」
「当然、か。……お前は、いつも、そう言うな」
銀さんは、少し、微笑んで、続けた。
「ラスタの街で、勇者だと言われて、逃げ出した男が、今は、仲間のために、命懸けで、戦う。……人は、変わるものだな」
「変わったつもりは、ないんですけどね。おれ、今も、めちゃくちゃ、怖いですし。逃げたい気持ち、正直、まだ、あります」
「それでいい」
銀さんが、静かに、言った。
「怖くても、逃げたくても、それでも、大切なもののために、踏みとどまる。……それが、本当の、強さだと、私は、思う」
◇ ◇ ◇
その夜、おれたちは、砦の食堂で、久しぶりに、三人揃って、食事を、共にした。
「にしても」おれは、スープをすすりながら、言った。「ミレとの旅を思い出しますね。あの頃は、まさか、自分が、四天王と戦う日が来るとは、思ってもみなかったです」
「ミレ、といえば」銀さんが、思い出したように、言った。「サザンテで、店は、うまくいっているのだろうか」
「そういえば、消息、聞いてないですね。落ち着いたら、顔、出しに行きたいです」
「マーサも、な」
「あの人たち、今頃、何してるんでしょうね」
三人で、これまでの旅を、振り返りながら、和やかな時間を、過ごした。緊迫した状況の中でも、こういう、穏やかな時間が、確かに、心を、支えてくれている。おれは、そう、実感していた。
◇ ◇ ◇
逃亡生活五十日目の夜、おれたちは、これからの戦いに向けて、静かに、決意を、新たにしていた。
――なお、このときのおれは知らなかった。
王都、エドヴァルドの元に、砦からの報告が、届いた、その夜。
「四天王の一人と、交戦……そして、撃退、か」
エドヴァルドは、報告書を、読みながら、静かに、呟いた。
「……これは、想定より、事態が、深刻だ。……陛下に、至急、お伝えせねば」
エドヴァルドは、すぐさま、王城の、謁見の間へと、向かった。
大陸の命運を賭けた、大きな決断が、王都でも、静かに、進められようとしていた。




