おれ、力の加減を練習して、道連れが増える
◇ ◇ ◇
逃亡生活四日目。おれは宿場町を発ち、南へ向かう街道を歩いていた。
宿の親父いわく、南の港町「サザンテ」までは徒歩で五日。乗合馬車なら二日だが、料金は銀貨一枚。おれの全財産は銅貨二十五枚。銀貨一枚は銅貨百枚。つまり徒歩一択である。世知辛い。
だが、ただ歩くだけでは芸がない。おれはこの道中を有効活用することにした。
名付けて、「力の加減、特訓編」だ。
特訓その一、小石投げ。道端の小石を拾い、前方の木の幹に向かって「軽く」投げる。
結果。小石は木の幹にめり込んだ。
「めり込むなよ」
特訓その二、握力調整。昼飯用に買った硬い黒パンを「そっと」持つ。
結果。黒パンが握り砕けた。この世界の黒パン、鈍器に使えるレベルで硬いのに、粉々である。おれは砕けたパンをぼろぼろこぼしながら食べた。涙は出ていない。パンくずが目に入っただけだ。
特訓その三、歩幅の調整。急ぐ意識で歩くと、いつの間にか小走りの旅人を追い抜いている。おれの「早歩き」は世間の「全力疾走」らしい。目立つので封印。
……お分かりいただけただろうか。勇者の素養、日常生活に不便すぎる。
力が出るのは「気を抜いたとき」と「咄嗟のとき」。逆に、意識してゆっくり丁寧に動けば、普通の動きができることも分かってきた。つまり常時、意識し続けなければならない。疲れる。精神的に疲れる。最強の力とは、二十四時間の緊張と共にあるものだった。ラノベは大事なことを教えてくれなかった。
そんな特訓をしながら歩くこと半日。おれは前方の道端で、途方に暮れている人影を見つけた。
◇ ◇ ◇
荷車だった。木製の二輪の荷車が、車輪を溝にはめて、道端で傾いている。荷台には木箱や袋がぎっしり。そしてその横で、荷車を押したり引いたりしているのは、おれと同い年くらいの女の子だった。
茶色の髪を三つ編みにして、動きやすそうな旅装。荷車と格闘しては、ぜえぜえ息を切らしている。
見なかったことにして通り過ぎる――という選択肢が、おれの頭をよぎった。逃亡者は目立つべからず。関わり合いは最小限に。それが掟だ。
「~~~っ、もう! なんで! 動かないのよぉ!」
女の子が荷車を蹴った。そして足を押さえてうずくまった。
「…………」
掟その四を追加しよう。「困ってる人は見捨てない」。逃亡者にも良心はある。それに、だ。冷静に考えれば、これは絶好の機会でもあった。
加減の実地試験だ。
荷車の重さは、たぶん百キロ超。これを「ちょっと力自慢の若者」レベルの演技で、溝から出す。麦袋で学んだ「しんどそうな顔」も添えて。できるか? やってみる価値はある。
「あのー、手伝いましょうか」
「ふえ!?」
女の子が飛び上がった。警戒心むき出しの目でおれを見る。まあ、人気のない街道で急に声をかけられたらそうなる。
「あ、怪しい者じゃないです。旅の便利屋のアルっていいます。車輪、はまっちゃったんですよね」
「べ、便利屋……? ほんとに? 追い剥ぎじゃなく?」
「追い剥ぎは『手伝いましょうか』って言わないと思う」
「言うかもしれないでしょ! 油断させといて、ばーって!」
元気な子だった。ひとしきり警戒された後、荷車がびくともしない現実と天秤にかけたらしく、女の子はしぶしぶ頷いた。
「……じゃあ、お願い。あたしが前で引くから、後ろから押して」
「了解です」
おれは荷車の後ろに回り、両手を当てた。いいか、おれ。全力の一割。いや五分。丁寧に、ゆっくり、じわーっと。
「せーの!」
じわーっと、押した。
荷車は、めきょ、という嫌な音を立てながら溝を乗り越え――勢い余って三メートルほど暴走し、女の子を置き去りにして停止した。
「「…………」」
加減、五十点。溝からは出た。だが荷車が一人でに走った。おれは慌てて「しんどそうな顔」を作った。遅い。絶対に遅い。
「……あんた」
女の子がおれを見る。まずい。ごまかせ。
「い、いやー、火事場の馬鹿力ってやつですかね! 最後、坂になってたみたいで、それで勢いが」
「坂、ないけど」
「気持ちの坂が」
「何それ」
女の子はじーっとおれを見て、それから、にかっと笑った。
「まあいいや! 助かった、ありがと! あたしはミレ。行商人……見習い! サザンテの港町まで商品を運ぶとこなの」
「サザンテ」
「そ。あんたは? 便利屋ってことは、あてのない旅?」
「まあ、そんなとこ。実はおれも南に向かってて」
「えっ」
ミレの目が、きらーん、と光った。嫌な予感がした。商人の目だ。獲物を見つけた商人の目だ。
「ねえアル。あんた、力持ちよね」
「いや、さっきのは火事場の」
「この荷車、途中の坂道で毎回死にそうになるのよね。護衛と荷車押し、雇いたいなーって思ってたのよね。でもお金ないのよね」
「話の着地点が見えないんだけど」
「日当、銅貨五枚! それと道中のごはん付き! どう!?」
安い。相場を知らないおれでも分かる。足元見られてる。……が。
おれは考えた。一人旅の黒髪の若者は、目立つ。だが「行商人と護衛の二人連れ」なら? 風景に溶け込む。それに飯付きだ。おれの財布は銅貨二十五枚。パンは砕けた。
「……分かった。サザンテまでの契約で」
「交渉成立! よろしくね、アル!」
ミレはおれの手をがしっと掴んで、ぶんぶん振った。おれは咄嗟に握力を殺した。危ない。人と握手するのも命がけだ、この体。
◇ ◇ ◇
こうして始まった二人旅は、思いのほか快適だった。
ミレはよく喋る。喋りすぎるくらい喋る。おかげでおれは相槌を打つだけで会話が成立し、身の上を詮索される隙がなかった。ありがたい。
いわく、ミレは商家の三女で、姉二人が優秀すぎて店に居場所がなく、「あたしは自分の店を持つの!」と飛び出してきたらしい。荷車の商品は、なけなしの資金で仕入れた雑貨と布。サザンテで高く売って、商売の元手を作るのが目標だという。
「アルはさ、サザンテに何しに行くの?」
「んー……静かに暮らせる場所を探してる、って感じかな」
「若いのに隠居みたいなこと言うのね」
「色々あったんだよ、色々」
「ふーん? ま、いいけど。訳ありは旅人の基本だもんね!」
ミレはそれ以上聞かなかった。こういうところは、ちゃんと商人なのかもしれない。
道中、おれの特訓は続いた。荷車押しは絶好の練習台だった。坂道で「ミレが引いてる感」を保つ絶妙な力加減。休憩中の焚き火用の薪折り(握り砕くのではなく、折る)。夕飯の芋の皮むき(貫通させない)。
三日目には、パンを砕かずに持てるようになった。人間、成長するものである。成長の方向はともかく。
「アルってさー、なんか変よね」
焚き火を挟んで、ミレが芋をかじりながら言った。
「な、何が」
「力あるのに、なんか、力を出すのを怖がってるっていうか。荷車押すとき、いっつもすっごい慎重だし」
鋭い。この子、鋭いぞ。
「……昔、力加減間違えて、ちょっと大変なことになったから」
「ふーん。壺でも割った?」
「そんな感じ」
狼が飛んだとは言えない。壺ということにしておいた。
「ま、慎重なのはいいことよ! 護衛が乱暴者だったら困るもん」
ミレはからからと笑った。おれは芋をかじりながら、ちょっとだけ思った。誰かと飯を食う夕暮れは、逃亡中でも、悪くない。
◇ ◇ ◇
五日目の午後。街道の先に、青いものが見えた。
海だ。
水平線まで広がる海と、それを抱くように広がる、白壁の大きな町。港には帆船のマストが林みたいに並んでいる。
「見えた! サザンテよ! アル、あそこがあたしの商売のはじまりの町!」
荷車の前でミレが両手を挙げてはしゃぐ。おれも思わず頬がゆるんだ。
でかい町。人が多い。よそ者だらけ。おれの理想郷が、ついに目の前だ。
ここでミレとの契約も終了。おれは名も無き町の住人アルとして、静かなスローライフを――。
「そうだ、アル! サザンテに着いたらさ、店の場所が決まるまで、もうちょっとだけ護衛続けない? 日当、銅貨六枚に上げるから!」
「……考えとく」
まあ、住む場所が決まるまでの飯代くらいは、稼いでもいいかもしれない。
――なお、このときのおれは知らなかった。
サザンテの港町の詰め所に、一足先に早馬の通達が届いていたことを。
『黒髪黒目、細身の若い男。「アル」と名乗る可能性あり。発見次第、王国騎士団第三隊リーゼロッテ・クロイツまで報告せよ』
理想郷の門は、すでに見張られていた。




