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異世界転生したら勇者だと言われたので逃亡します  作者: すみっこSE


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4/13

おれ、力の加減を練習して、道連れが増える

 ◇ ◇ ◇

逃亡生活四日目。おれは宿場町を発ち、南へ向かう街道を歩いていた。

宿の親父いわく、南の港町「サザンテ」までは徒歩で五日。乗合馬車なら二日だが、料金は銀貨一枚。おれの全財産は銅貨二十五枚。銀貨一枚は銅貨百枚。つまり徒歩一択である。世知辛い。

だが、ただ歩くだけでは芸がない。おれはこの道中を有効活用することにした。

名付けて、「力の加減、特訓編」だ。

特訓その一、小石投げ。道端の小石を拾い、前方の木の幹に向かって「軽く」投げる。

結果。小石は木の幹にめり込んだ。

「めり込むなよ」

特訓その二、握力調整。昼飯用に買った硬い黒パンを「そっと」持つ。

結果。黒パンが握り砕けた。この世界の黒パン、鈍器に使えるレベルで硬いのに、粉々である。おれは砕けたパンをぼろぼろこぼしながら食べた。涙は出ていない。パンくずが目に入っただけだ。

特訓その三、歩幅の調整。急ぐ意識で歩くと、いつの間にか小走りの旅人を追い抜いている。おれの「早歩き」は世間の「全力疾走」らしい。目立つので封印。

……お分かりいただけただろうか。勇者の素養、日常生活に不便すぎる。

力が出るのは「気を抜いたとき」と「咄嗟のとき」。逆に、意識してゆっくり丁寧に動けば、普通の動きができることも分かってきた。つまり常時、意識し続けなければならない。疲れる。精神的に疲れる。最強の力とは、二十四時間の緊張と共にあるものだった。ラノベは大事なことを教えてくれなかった。

そんな特訓をしながら歩くこと半日。おれは前方の道端で、途方に暮れている人影を見つけた。

 ◇ ◇ ◇

荷車だった。木製の二輪の荷車が、車輪を溝にはめて、道端で傾いている。荷台には木箱や袋がぎっしり。そしてその横で、荷車を押したり引いたりしているのは、おれと同い年くらいの女の子だった。

茶色の髪を三つ編みにして、動きやすそうな旅装。荷車と格闘しては、ぜえぜえ息を切らしている。

見なかったことにして通り過ぎる――という選択肢が、おれの頭をよぎった。逃亡者は目立つべからず。関わり合いは最小限に。それが掟だ。

「~~~っ、もう! なんで! 動かないのよぉ!」

女の子が荷車を蹴った。そして足を押さえてうずくまった。

「…………」

掟その四を追加しよう。「困ってる人は見捨てない」。逃亡者にも良心はある。それに、だ。冷静に考えれば、これは絶好の機会でもあった。

加減の実地試験だ。

荷車の重さは、たぶん百キロ超。これを「ちょっと力自慢の若者」レベルの演技で、溝から出す。麦袋で学んだ「しんどそうな顔」も添えて。できるか? やってみる価値はある。

「あのー、手伝いましょうか」

「ふえ!?」

女の子が飛び上がった。警戒心むき出しの目でおれを見る。まあ、人気のない街道で急に声をかけられたらそうなる。

「あ、怪しい者じゃないです。旅の便利屋のアルっていいます。車輪、はまっちゃったんですよね」

「べ、便利屋……? ほんとに? 追い剥ぎじゃなく?」

「追い剥ぎは『手伝いましょうか』って言わないと思う」

「言うかもしれないでしょ! 油断させといて、ばーって!」

元気な子だった。ひとしきり警戒された後、荷車がびくともしない現実と天秤にかけたらしく、女の子はしぶしぶ頷いた。

「……じゃあ、お願い。あたしが前で引くから、後ろから押して」

「了解です」

おれは荷車の後ろに回り、両手を当てた。いいか、おれ。全力の一割。いや五分。丁寧に、ゆっくり、じわーっと。

「せーの!」

じわーっと、押した。

荷車は、めきょ、という嫌な音を立てながら溝を乗り越え――勢い余って三メートルほど暴走し、女の子を置き去りにして停止した。

「「…………」」

加減、五十点。溝からは出た。だが荷車が一人でに走った。おれは慌てて「しんどそうな顔」を作った。遅い。絶対に遅い。

「……あんた」

女の子がおれを見る。まずい。ごまかせ。

「い、いやー、火事場の馬鹿力ってやつですかね! 最後、坂になってたみたいで、それで勢いが」

「坂、ないけど」

「気持ちの坂が」

「何それ」

女の子はじーっとおれを見て、それから、にかっと笑った。

「まあいいや! 助かった、ありがと! あたしはミレ。行商人……見習い! サザンテの港町まで商品を運ぶとこなの」

「サザンテ」

「そ。あんたは? 便利屋ってことは、あてのない旅?」

「まあ、そんなとこ。実はおれも南に向かってて」

「えっ」

ミレの目が、きらーん、と光った。嫌な予感がした。商人の目だ。獲物を見つけた商人の目だ。

「ねえアル。あんた、力持ちよね」

「いや、さっきのは火事場の」

「この荷車、途中の坂道で毎回死にそうになるのよね。護衛と荷車押し、雇いたいなーって思ってたのよね。でもお金ないのよね」

「話の着地点が見えないんだけど」

「日当、銅貨五枚! それと道中のごはん付き! どう!?」

安い。相場を知らないおれでも分かる。足元見られてる。……が。

おれは考えた。一人旅の黒髪の若者は、目立つ。だが「行商人と護衛の二人連れ」なら? 風景に溶け込む。それに飯付きだ。おれの財布は銅貨二十五枚。パンは砕けた。

「……分かった。サザンテまでの契約で」

「交渉成立! よろしくね、アル!」

ミレはおれの手をがしっと掴んで、ぶんぶん振った。おれは咄嗟に握力を殺した。危ない。人と握手するのも命がけだ、この体。

 ◇ ◇ ◇

こうして始まった二人旅は、思いのほか快適だった。

ミレはよく喋る。喋りすぎるくらい喋る。おかげでおれは相槌を打つだけで会話が成立し、身の上を詮索される隙がなかった。ありがたい。

いわく、ミレは商家の三女で、姉二人が優秀すぎて店に居場所がなく、「あたしは自分の店を持つの!」と飛び出してきたらしい。荷車の商品は、なけなしの資金で仕入れた雑貨と布。サザンテで高く売って、商売の元手を作るのが目標だという。

「アルはさ、サザンテに何しに行くの?」

「んー……静かに暮らせる場所を探してる、って感じかな」

「若いのに隠居みたいなこと言うのね」

「色々あったんだよ、色々」

「ふーん? ま、いいけど。訳ありは旅人の基本だもんね!」

ミレはそれ以上聞かなかった。こういうところは、ちゃんと商人なのかもしれない。

道中、おれの特訓は続いた。荷車押しは絶好の練習台だった。坂道で「ミレが引いてる感」を保つ絶妙な力加減。休憩中の焚き火用の薪折り(握り砕くのではなく、折る)。夕飯の芋の皮むき(貫通させない)。

三日目には、パンを砕かずに持てるようになった。人間、成長するものである。成長の方向はともかく。

「アルってさー、なんか変よね」

焚き火を挟んで、ミレが芋をかじりながら言った。

「な、何が」

「力あるのに、なんか、力を出すのを怖がってるっていうか。荷車押すとき、いっつもすっごい慎重だし」

鋭い。この子、鋭いぞ。

「……昔、力加減間違えて、ちょっと大変なことになったから」

「ふーん。壺でも割った?」

「そんな感じ」

狼が飛んだとは言えない。壺ということにしておいた。

「ま、慎重なのはいいことよ! 護衛が乱暴者だったら困るもん」

ミレはからからと笑った。おれは芋をかじりながら、ちょっとだけ思った。誰かと飯を食う夕暮れは、逃亡中でも、悪くない。

 ◇ ◇ ◇

五日目の午後。街道の先に、青いものが見えた。

海だ。

水平線まで広がる海と、それを抱くように広がる、白壁の大きな町。港には帆船のマストが林みたいに並んでいる。

「見えた! サザンテよ! アル、あそこがあたしの商売のはじまりの町!」

荷車の前でミレが両手を挙げてはしゃぐ。おれも思わず頬がゆるんだ。

でかい町。人が多い。よそ者だらけ。おれの理想郷が、ついに目の前だ。

ここでミレとの契約も終了。おれは名も無き町の住人アルとして、静かなスローライフを――。

「そうだ、アル! サザンテに着いたらさ、店の場所が決まるまで、もうちょっとだけ護衛続けない? 日当、銅貨六枚に上げるから!」

「……考えとく」

まあ、住む場所が決まるまでの飯代くらいは、稼いでもいいかもしれない。

――なお、このときのおれは知らなかった。

サザンテの港町の詰め所に、一足先に早馬の通達が届いていたことを。

『黒髪黒目、細身の若い男。「アル」と名乗る可能性あり。発見次第、王国騎士団第三隊リーゼロッテ・クロイツまで報告せよ』

理想郷の門は、すでに見張られていた。

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― 新着の感想 ―
タイトル名に惹かれて、読んでみると、めっちゃおもしろかったです!これからの展開が楽しみです!! 
2026/07/26 04:09 天然パーマは治らない
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