おれ、荒野の偵察に出て、四天王の一人と対峙する
◇ ◇ ◇
逃亡生活四十九日目の早朝。おれたちは、砦の裏門から、少人数での、慎重な偵察に、出発した。
メンバーは、おれ、銀さん、リーゼロッテさんの三人に加え、砦の守備隊から選ばれた、地理に詳しい斥候が一人。合計四人での、最小限の編成だった。
「大人数だと、かえって目立つ。……偵察は、少数精鋭に、限る」
リーゼロッテさんの判断に、おれたちは、頷いた。
「銀さん、体調、大丈夫ですか。昨日、あの影の気配、結構、応えてたみたいでしたけど」
「問題ない。……いざとなれば、逃げ足だけは、速い自信がある」
「その台詞、頼もしいのか、頼りないのか、判断に困ります」
◇ ◇ ◇
荒野は、近づけば近づくほど、独特の、不気味な静けさに、包まれていた。魔物の気配は、あちこちに感じるものの、正面から、大規模な集団に、出くわすことは、幸い、なかった。
「あの、岩山の方向に、慎重に、近づいてみましょう」
斥候の男の案内で、おれたちは、岩場の陰を伝いながら、じりじりと、前進した。
「サノ、気配、感じるか」
「はい……なんか、昨日ほどじゃないですけど、ずっと、見られてる感じは、あります」
「私もだ。……向こうも、こちらの動きを、察知しているのだろう」
リーゼロッテさんの声に、緊張が滲む。おれたちは、慎重に、慎重に、岩山へと、近づいていった。
◇ ◇ ◇
岩山の麓、ひときわ、大きな岩の陰に差し掛かったところで――
「――ここまでだ、人間ども」
低く、地を這うような声が、正面から、響いた。
岩陰から、姿を現したのは、全身を、黒い甲冑で覆った、巨躯の魔物だった。頭部には、二本の、湾曲した角。手には、おれの背丈ほどもある、大剣を、軽々と、携えている。
「……お前は」
「四天王が一人、〈鉄壁のバルガス〉。……我が主の元へ、これ以上、近づかせるわけには、いかぬ」
バルガスと名乗った魔物は、大剣を、静かに、構えた。
「サノ、下がっていろ」
リーゼロッテさんが、剣を抜きながら、前に、出た。
「いや、下がれません。ここで、逃げたら」
「今は、無謀な勇気より、冷静な判断が、要る。……お前の力は、もっと、決定的な場面で、必要になる」
リーゼロッテさんの言葉に、おれは、唇を、噛んだ。
◇ ◇ ◇
「ほう。……騎士か。……我が名は、バルガス。四天王の中でも、守りにおいては、並ぶ者なし、と言われた者だ」
「王国騎士団、隊長リーゼロッテ・クロイツ。……名乗りは、結構。かかってこい」
リーゼロッテさんが、地を蹴った。剣戟の音が、荒野に、鋭く、響き渡る。
リーゼロッテさんの剣技は、見事だった。だが、バルガスの、鉄壁と称される防御は、その全てを、軽々と、受け止めていく。
「くっ……!」
「無駄なことだ、騎士よ。……私の甲冑、並みの剣では、傷一つ、つけられぬ」
「銀さん、加勢を!」
おれの声に、銀さんが、細剣を構えて、リーゼロッテさんに、加勢した。二人がかりの連携で、バルガスを、押し込んでいく。だが、それでも、決定打には、程遠かった。
◇ ◇ ◇
「サノ、お前も、来い!」
銀さんの声に、おれは、覚悟を決めて、戦線に、加わった。
「加減、どうしましょう!」
「今回は、加減、必要ない! 全力で、行け!」
リーゼロッテさんの叫びに、おれは、頷いた。これまで、必死に、抑え込んできた力。それを、今、初めて、味方のために、全力で、解き放つ。
「――うおおおおおっ!」
おれの拳が、バルガスの甲冑に、直撃した。轟音と共に、バルガスの巨体が、大きく、後退する。
「……ほう。……これは」
バルガスの声に、初めて、驚きの色が、滲んだ。
「面白い。……勇者の力、伊達では、なかったか」
◇ ◇ ◇
三人がかりの猛攻に、バルガスは、次第に、防戦一方に、追い込まれていった。だが――
「ふ、ふふふ……悪くない。悪くないぞ、人間ども」
バルガスの体が、突如、黒い霧に、包まれ始めた。
「な、なんだ、これは」
「まさか、力を、解放する気か!?」
リーゼロッテさんの叫びに、バルガスが、低く、笑った。
「その通りだ。……ここで、退くわけには、いかぬのでな」
黒い霧が晴れると、そこには、一回り、巨大化した、バルガスの姿があった。纏う甲冑も、より、禍々しい輝きを、放っている。
「これが、四天王の、本当の力……!」
おれは、思わず、後ずさりそうになる体を、必死に、支えた。
◇ ◇ ◇
「サノ、銀さん、下がれ! これは――」
リーゼロッテさんが、叫んだ、その時。
巨大化したバルガスの拳が、地面を、激しく、叩きつけた。衝撃波が、荒野に、走る。
「――っ!」
おれたちは、咄嗟に、飛び退いた。だが、斥候の男が、逃げ遅れ、衝撃波に、巻き込まれそうになる。
「危ない!」
おれは、反射的に、駆け出し、男を、抱えて、飛び退いた。加減する余裕は、なかった。全力で。
「……大丈夫、ですか」
「あ、ああ……すまない、助かった」
だが、その一瞬の隙を、バルガスは、見逃さなかった。
「隙あり――だ」
巨大な拳が、無防備な、おれの背中に、迫っていた。
――なお、このときのおれは知らなかった。
その拳が、おれに届く、まさに、その刹那。
銀さんが、聖女としての、本当の力――これまで、誰にも見せたことのない、聖なる光の障壁を、展開しようとしていたことを。
「――サノ! そこは、通さん!」
銀さんの叫びと共に、荒野に、まばゆい光が、迸った。
四天王との、本当の戦いは、まだ、始まったばかりだった。




