おれ、初任務の下命を受けて、身体検査に絶叫する
◇ ◇ ◇
逃亡生活四十五日目。北方の不穏な報せから数日、拠点フェルンでの日々は、思ったより、慌ただしく過ぎていった。
「サノ、今日は、お前の身体能力の、正式な測定をする」
朝一番、リーゼロッテさんに、そう告げられて、おれは、露骨に嫌な顔をした。
「測定、ですか。ギルドの水晶測定で、散々な目に遭った身としては、正直、トラウマなんですけど」
「水晶に何を言われたのかは知らんが、今回は、周りが勝手に騒ぎ立てるようなことはない。……部隊として、お前の戦力を、正確に把握しておく必要がある。今後の任務編成にも、関わることだ」
「うっ、正論」
逆らえる空気ではなかった。おれは、渋々、拠点の訓練場へと、連行された。
◇ ◇ ◇
訓練場には、フェルン駐屯の、王国騎士団の技術官らしき男が、複数の測定器具を並べて待っていた。
「勇者殿、こちらの器具に、力を込めてみていただけますか」
差し出されたのは、握力を測る、鉄製の器具だった。おれは、これまでの「加減の練習」の成果を発揮すべく、慎重に、力を込めた。
「……はい、これくらいで」
「……はい?」
技術官が、器具の目盛りを見て、固まった。
「な、なんですか」
「い、いえ。……これは、規格外の数値、というか」
「え」
「通常、屈強な騎士でも、この目盛りの、三分の一に届けば、優秀とされます。……勇者殿の数値、目盛りの、限界を、振り切っています」
「あの、これ、おれ、めちゃくちゃ加減したんですけど」
「……加減して、この数値、ですか」
技術官の顔が、みるみる青ざめていった。おれも、内心、同じくらい青ざめていた。加減して、目盛りが振り切れる。これ、本気を出したら、器具、どうなるんだろう。想像したくない。
◇ ◇ ◇
その後も、測定は続いた。跳躍力、走力、瞬発力。どれも、軒並み、「規格外」の一言で片付けられる結果が、次々と、記録されていった。
「あの、これ、参考になってます? どの数値も、比較対象がおかしいことになってると思うんですけど」
「……なっています。むしろ、これ以上ない、貴重な、データです」
技術官は、震える手で、羽根ペンを走らせながら、答えた。おれの謎の膂力、この国の学術的な意味でも、貴重な研究対象になりつつあるらしい。あまり、嬉しくない栄誉だった。
「サノ、そんなに、落ち込むな」
測定を見学していた銀さんが、面白そうに、こちらを見ていた。
「銀さんは、他人事だから、そんな呑気な顔できるんですよ」
「他人事ではない。……私も、後で、同じ測定を受ける予定だ」
「え」
「聖女の力も、正確に把握しておく必要がある、とのことでな」
銀さんの顔が、少し、強張った。この人も、この人で、内心びくびくしているらしい。おれは、少しだけ、溜飲が下がる思いだった。同じ苦しみを、分かち合える相手がいるのは、悪くない。
◇ ◇ ◇
測定が一通り終わった後、おれたちは、リーゼロッテさんと、エドヴァルドの三人で(エドヴァルドは、この日、視察のため、フェルンに滞在していた)、測定結果を、共有された。
「サノ殿の身体能力、正式な数値として記録できました。……これにより、今後の任務編成、装備選定が、より、精密に行えます」
「その、あの、数値、ちょっと、恥ずかしいんですけど」
「恥ずかしがることでは、ありません。むしろ、誇るべき力です」
エドヴァルドは、穏やかに、そう言って、話を続けた。
「さて。……本題です。本日、皆様に、正式な、初任務を、お伝えいたします」
その一言に、部屋の空気が、引き締まった。
◇ ◇ ◇
「北方、ノルダール砦周辺の、魔物活動の実態調査。……これが、特別部隊の、初任務となります」
「調査、ですか。戦闘任務じゃなく」
「ええ。……現時点では、まだ、魔王軍と断定するには、情報が不足しています。まずは、実態を、正確に把握することが、最優先です」
エドヴァルドは、地図を広げ、ノルダール砦の位置を、指し示した。
「砦の守備隊とも、連携しつつ、周辺の魔物の動向、統率の有無、そして――可能であれば、その指揮系統の、正体についても、情報を、集めていただきたい」
「危険度は」リーゼロッテさんが、鋭く聞いた。
「未知数、としか、申し上げられません。……ですので、無理な深入りは、厳に、慎んでいただきたい。あくまで、調査が、目的です」
「分かりました」
銀さんが、静かに、頷いた。おれも、覚悟を決めて、頷いた。
「いつ、出発しますか」
「三日後、を、予定しております。……それまでに、装備と、部隊の体制を、整えてください」
◇ ◇ ◇
会議の後、おれたち三人は、拠点の中庭で、改めて、これからのことを、話し合った。
「本物の魔王軍かどうか、まだ、分からないんですよね」
「分からない。……だが、備えておくに、越したことはない」
「銀さん、リーゼロッテさん、正直、怖くないんですか」
おれの問いに、二人は、少し、顔を見合わせた。
「怖くない、と言えば、嘘になる」銀さんが、答えた。「だが、一人ではない。……お前も、リーゼロッテも、いる」
「私もだ」リーゼロッテさんが、続けた。「怖さは、ある。……だが、それ以上に、お前たちと共になら、乗り越えられる、という、根拠のない確信も、ある」
「根拠、ないんですね」
「ないな」
「それは、それで、頼もしいです」
三人で、顔を見合わせて、笑った。
逃亡生活四十五日目、初任務の日は、確実に、近づいていた。北方の脅威が、本物の魔王軍なのか、それとも、別の何かなのか。その答えは、まだ、誰にも分からない。
――なお、このときのおれは知らなかった。
この日の夜、フェルンの拠点に、一通の、緊急の伝令が、届いていたことを。
「ノルダール砦より、緊急報告! 砦の哨戒隊、複数名が、行方不明! 加えて――」
伝令兵の声が、震えていた。
「砦の北、十数キロの地点に、巨大な、魔物の軍勢が、出現したとの、目撃情報が!」
三日後の予定だった出発は、この報せによって、大きく、前倒しされることになる。
大陸を揺るがす、本当の戦いの幕が、今、静かに、上がろうとしていた。




