おれ、逃亡者なりの答えを出して、一歩を踏み出す
◇ ◇ ◇
逃亡生活三十六日目。約束の一週間が経ち、エドヴァルドが、再び、ヴェルダンの町を訪れた。
「サノ殿、リリアーヌ様、リーゼロッテ殿。……お待たせいたしました。皆様の、ご返答を、伺いに参りました」
宿の一室、簡素なテーブルを挟んで、おれたちは、エドヴァルドと向かい合っていた。
この一週間、おれは、何度も、何度も、考えた。ミレとの旅を思い出し、ドーラばあちゃんの言葉を思い出し、マーサさんの生き方を思い出し、そして――この数週間を、共に過ごしてきた、銀さんとリーゼロッテさんの顔を、思い浮かべた。
出た答えは、ラノベの主人公のような、格好いいものでは、なかった。だが、それでも――これが、おれなりの、答えだった。
◇ ◇ ◇
「エドヴァルドさん」
おれは、まっすぐ、彼を見据えた。
「返事の前に、いくつか、条件を、聞いてもらえますか」
「条件、ですか」
「はい」
おれは、深呼吸をひとつして、続けた。
「一つ目。『魔王軍対策特別部隊』とやらに、おれは、無条件で従うつもりはありません。……戦うか戦わないか、危険な任務を受けるか受けないか、それは、その都度、おれ自身が、判断させてもらいます」
「……つまり、命令には従わない、と」
「命令、じゃなくて、相談してほしいんです。おれを、道具みたいに扱うんじゃなくて、一人の人間として、意思を、尊重してほしい。……それが、譲れない、一つ目の条件です」
エドヴァルドは、少し、驚いた顔をしたが、やがて、静かに頷いた。
「……二つ目は」
「二つ目。銀さんが――リリアーヌさんが、神殿に戻るにしても、王国が、彼女の意思を無視して、勝手に扱うことは、許しません。彼女も、おれと同じ、一人の人間です」
銀さんが、隣で、少し、驚いたように、こちらを見た。おれは、構わず、続けた。
「三つ目。もし、この先、おれが本当に、命の危険がある戦いを強いられそうになったら――その時は、また、逃げます。今度は、堂々と」
◇ ◇ ◇
部屋に、しばしの沈黙が落ちた。エドヴァルドは、しばらく、おれを見つめた後、ふっと、口元を緩めた。
「……面白い方だ、あなたは」
「怒らないんですか、そんな条件出して」
「怒る理由が、ありません。……むしろ、王国が、これまで、いかに『勇者』という存在を、都合よく扱ってきたか、痛感させられます」
エドヴァルドは、静かに、続けた。
「かつて、この大陸には、多くの『勇者』が、いました。……ですが、その多くが、望まぬ役目を背負わされ、心を病み、あるいは、命を落としてきた。……その反省が、王国に、正しく生かされてきたとは、言い難い」
「エドヴァルドさん……」
「サノ殿の条件、私の一存では、決められません。……ですが、王に、正式に、進言いたしましょう。あなたの意思を、尊重した形での、部隊編成を」
◇ ◇ ◇
「それで」エドヴァルドが、改めて、聞いた。「サノ殿。……その条件が、通るとして、あなたは、特別部隊への参加を、お受けになりますか」
おれは、隣に座る、銀さんと、リーゼロッテさんを、それぞれ、見た。
銀さんは、静かに、頷いた。リーゼロッテさんも、まっすぐ、おれを見つめている。
「……受けます」
おれは、はっきりと、答えた。
「ただし、あくまで、おれの意思で、です。魔王軍と戦うのが、正義だから、じゃない。……この一ヶ月で出会った人たちが、おれにとって、大事な存在になったから。その人たちのために、戦える時は、戦いたいと、思ったから」
「それは、勇者としての、責務とは」
「違います。あくまで、おれ個人の、選択です。……その違い、分かってもらえますか」
エドヴァルドは、しばらく、おれを見つめた後、深く、頭を下げた。
「……承知いたしました。その意思、しかと、王都へ、お伝えいたします」
◇ ◇ ◇
エドヴァルドが去った後、部屋には、おれたち三人だけが、残された。
「サノ」銀さんが、静かに、口を開いた。「あの条件、私のことまで、含めてくれるとは、思わなかった」
「当然でしょう。銀さんも、おれと同じ、逃げてきた身なんですから」
「……ありがとう」
銀さんは、珍しく、素直に、そう言った。
「それにしても」リーゼロッテさんが、呆れたような、でも、どこか嬉しそうな顔で言った。「王国の使者相手に、あそこまで、堂々と、条件を突きつけるとはな」
「堂々とするの、この一ヶ月で、だいぶ鍛えられましたから」
「腕相撲の成果、ちゃんと出ているようだな」
「その節は、お世話になりました」
三人で、顔を見合わせて、笑った。
◇ ◇ ◇
逃亡生活三十六日目、おれは、ついに、一つの答えを、出した。
それは、「勇者になる」という、単純な決断ではなかった。逃げ続けることを、完全にやめたわけでもない。
ただ――守りたいもののために、時に戦い、時に逃げる。その両方を、自分の意思で、選び取っていく。それが、おれなりの、答えだった。
「なあ、二人とも」
「なんだ」
「なんです」
「これから、よろしくお願いします。……逃亡者改め、なんちゃって勇者、サノとして」
「なんちゃって、とは、また」
銀さんが、苦笑した。
「上等だ。……その心意気、嫌いじゃない」
リーゼロッテさんも、そう言って、初めて、はっきりと、笑った。
逃げることから始まった物語は、ここに、一つの区切りを迎えた。だが、それは、終わりではなく――新しい旅の、始まりだった。
――なお、このときのおれは知らなかった。
王都に戻ったエドヴァルドが、王への謁見の間で、こう報告していたことを。
「勇者サノ殿、聖女リリアーヌ様、そして、隊長補佐リーゼロッテ・クロイツ。……三名による、『魔王軍対策特別部隊』、正式に、発足する運びとなりました」
「……して、勇者の様子は、どうであった」
玉座から、静かな声が、響いた。
「型破りな御方です、陛下。……ですが」
エドヴァルドは、微かに、笑みを浮かべた。
「型破りだからこそ、この国に、本当に必要な『勇者』なのやもしれません」
大陸の片隅、小さな逃亡劇から始まった物語は、こうして、新たな章の幕を、開けようとしていた。
そして、遥か北の地では――誰も知らぬところで、本物の魔王軍が、静かに、その牙を、研ぎ始めていた。




