おれ、王国の増援に囲まれて、鷹の選択を見守る
◇ ◇ ◇
「勇者サノ殿の、王都への連行。これも、命令の内容に、含まれている」
隊長と名乗った男の言葉に、広間の空気が、再び、張り詰めた。
商館の入り口から、続々と、王国騎士団の正規部隊が、なだれ込んでくる。その数、ざっと見て、二十人以上。廃教会の賊よりも、ガローの護衛たちよりも、遥かに統制の取れた動きだった。
「……冗談きついですよ」
おれは、思わず、乾いた声で呟いた。
聖遺物の一件が、たった今、片付いたばかりだ。息をつく暇もなく、次の危機が、目の前に立ちはだかっている。
◇ ◇ ◇
「隊長、これは、どういうことだ」
リーゼロッテさんが、前に出て、鋭く問いただした。
「隊長補佐リーゼロッテ・クロイツ。……あなたが、独断でこの地まで捜索を続けていたこと、王都はとうに把握している。此度の増援は、あなたの支援と、事態の正式な収拾のためだ」
「支援、というより、監視だろう」
「言葉を選べ、隊長補佐」
隊長は、リーゼロッテさんを、鋭く見据えた。
「〈大陸の鍵〉が絡む一件に、独断で首を突っ込み続けた責任、後で問われることになるだろう。……だが、今は、それより優先すべきことがある」
隊長の視線が、おれと、銀さんに向けられた。
「勇者サノ殿、聖女リリアーヌ様。王都より、両名を丁重にお迎えするよう、正式な勅命が下っている」
「丁重に、って言い方してますけど、要するに、連れて帰るってことですよね」
「その通りだ」
有無を言わさぬ響きだった。
◇ ◇ ◇
銀さんが、静かに、前に出た。
「私は、聖女として、いずれ神殿に戻る覚悟はある。……聖遺物の一件、真相を明らかにした以上、それは、責務だろう」
「銀さん」
「だが」
銀さんは、隊長を、まっすぐ見据えた。
「サノを、王都に連れて行くというなら、話は別だ。彼は、何も悪いことをしていない。……ただ、望まぬ役目を、押し付けられそうになって、逃げただけの、一人の人間だ」
「聖女様のお言葉、理解はします。……ですが、勇者の存在は、王国にとって、あまりに重い意味を持つ。魔王軍の脅威が、年々増している今、勇者殿の力なくして、大陸の平和は、語れません」
「その理屈、何度も聞きました」おれは、思わず、口を挟んだ。「でも、おれの意思、一度でも聞いてもらえたことありますか」
隊長は、一瞬、言葉に詰まった。
「勇者としての責務は、時に、個人の意思を超える」
「その『時に』を、いつも都合よく使われてる気がするんですけど」
◇ ◇ ◇
一触即発の空気の中、リーゼロッテさんが、深く、息を吐いた。
「隊長」
「なんだ」
「私から、一つ、進言がある」
リーゼロッテさんは、静かに、しかし、はっきりとした声で続けた。
「サノの身柄、直ちに拘束するのは、得策ではない。……〈大陸の鍵〉を巡る一件、まだ、完全に収束したとは言えない。ガロー・デルヴィスの背後関係、黒鎖会の残存勢力、調査すべきことは、山積している」
「それが、勇者殿の拘束と、どう関係する」
「勇者の力、この調査の過程で、まだ必要になる可能性がある。……ここで無理に連行し、彼の協力を失えば、王国にとっても、損失だ」
リーゼロッテさんの言葉に、隊長は、しばらく、考え込む素振りを見せた。
「……一理、ある」
「加えて、聖女様の証言についても、正式な形で、王都に報告する必要がある。……その報告書の作成、私に一任していただきたい」
「隊長補佐、それは」
「王都への帰還は、私が責任を持って、然るべき手順で進める。……今、この場での、性急な連行は、避けるべきだ」
◇ ◇ ◇
隊長は、しばらく、リーゼロッテさんを、値踏みするように見つめていた。
「……分かった。隊長補佐、お前の進言、一定の理は認めよう。……だが」
隊長の目が、鋭く、おれと銀さんを、順に見た。
「猶予は、与える。だが、無期限ではない。……〈大陸の鍵〉に関する調査、そして、勇者殿と聖女様の処遇について、一定の期日までに、正式な報告を、王都に上げること。……それが、条件だ」
「承知した」
リーゼロッテさんは、迷いのない声で、答えた。
隊長は、部下たちに指示を出し、商館の制圧と、ガローの身柄確保の作業に、取り掛かり始めた。おれたちは、ひとまず、その場を離れることを、許された。
◇ ◇ ◇
商館を出て、大通りの喧騒から少し離れた路地で、おれは、ようやく、詰めていた息を、大きく吐き出した。
「……助かりました、リーゼロッテさん」
「礼を言われる筋合いはない。……あくまで、王国にとっての利益を考えた、判断だ」
「その割に、めちゃくちゃ、無理な進言してましたよね」
「……うるさい」
リーゼロッテさんは、少し、頬を赤らめて、そっぽを向いた。銀さんが、その様子を見て、小さく笑った。
「素直じゃないな、お前は」
「聖女様に言われたくない」
軽口を叩き合う二人を見ながら、おれは、少しだけ、ほっとする気持ちと、これからのことへの不安を、同時に感じていた。
(猶予、って言っても、いつまでも続くわけじゃない。……いずれ、ちゃんと、答えを出さなきゃいけない時が、来るんだよな)
勇者として生きるのか。それとも、あくまで、逃げ続けるのか。あるいは――もっと別の、第三の道が、あるのか。
逃亡生活二十八日目の終わりに、おれの中に、初めて、明確な「問い」が、生まれていた。
――なお、このときのおれは知らなかった。
その夜、王国の増援部隊が、密かに、ある報告書を、王都へと送っていたことを。
『勇者サノ、及び聖女リリアーヌ様、隊長補佐リーゼロッテ・クロイツの独断による庇護下にあり。……両名の処遇について、王都上層部の、早急な判断を仰ぎたい』
報告を受け取った王都の一室で、ある人物が、静かに、その書状に目を通していた。
「……ほう。隊長補佐が、そこまで肩入れするとはな」
声の主は、静かに、書状を机に置いた。
「面白い。……ならば、私が、直接、確かめに行くとしよう」
新たな波乱の気配が、王都から、静かに、動き出していた。




