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異世界転生したら勇者だと言われたので逃亡します  作者: すみっこSE


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おれ、加減を捨てる覚悟を決めて、ガローと決着をつける

 ◇ ◇ ◇

逃亡生活二十八日目の朝。おれたちは、商館の正面玄関の前に、再び立っていた。

今回は、正装ではない。動きやすい服に、それぞれの得物――おれは拳、銀さんは腰に提げた聖剣もどきの細剣(これもマーサさんが用意してくれた品らしい)、リーゼロッテさんは、いつもの騎士剣。

「招待、されてないですけど、いいんですかね、これ」

「気にするな。真実を届けに来た、と言えばいい」

銀さんが、堂々と答えた。おれは、深呼吸をひとつして、覚悟を決めた。

「行きましょう」

 ◇ ◇ ◇

玄関の護衛たちが、慌てて槍を構える。だが、銀さんが、一歩も臆せず前に出た。

「ガローに、伝えろ。聖女リリアーヌが、真実を持って来た、と」

護衛たちは、顔を見合わせ、一人が慌てて奥へと走っていった。しばらくして、案内の使用人が現れ、おれたちを、あの豪奢な広間へと通した。

「これはこれは。……予定より、早いお越しですな」

ガローは、椅子に腰掛けたまま、余裕の笑みを浮かべていた。だが、その目の奥に、わずかな警戒の色が見えた。

「ガロー・デルヴィス。単刀直入に言う」銀さんが、まっすぐガローを見据えた。「〈大陸の鍵〉を持ち出した犯人は、お前だ」

場の空気が、一気に張り詰めた。

「証拠は、あるのですかな、聖女様」

「証言がある。マーサ・ローウェンという女、覚えているだろう。十年前、お前が始末しようとした、元情報屋だ」

ガローの表情が、初めて、はっきりと歪んだ。

「……マーサ、だと」

「彼女は今、王国騎士の保護下にある。……そして、当時のお前の余罪、王国の記録と照らし合わせて、洗い出す準備も、既に整っている」

リーゼロッテさんが、静かに付け加えた。

「ガロー・デルヴィス。貴様には、複数の裏社会絡みの容疑がかかっている。今この場で、大人しく〈大陸の鍵〉を差し出すなら、多少の温情はある。……だが、抵抗するというなら」

「王国騎士として、実力行使も辞さない、ということですかな」

「その通りだ」

 ◇ ◇ ◇

ガローは、しばらく沈黙した後、突然、声を上げて笑い出した。

「はっはっは! なるほど、なるほど。……随分と、役者が揃いましたな。聖女、騎士、そして――勇者」

ガローの視線が、おれに向けられた。

「まあいい。……確かに、あなた方の言う通りだ。〈大陸の鍵〉は、私が、しかるべき筋に依頼して、持ち出させた」

「あっさり認めるんですね」

「隠す理由が、なくなっただけのことです」

ガローは、立ち上がり、懐から、小さな、輝く石を取り出した。

「これが、〈大陸の鍵〉。……ご覧の通り、私の手元にある」

銀さんの表情が、険しくなった。

「ガロー、それを、渡してもらう」

「それは、できませんな。……この品には、まだ、使い道がある」

ガローが、軽く手を叩くと、広間の四方から、護衛たちが、一斉に姿を現した。廃教会の賊たちよりも、明らかに数が多い。二十人はいるだろうか。

「今度こそ、力ずくで来るってことですか」

「歓迎のつもりで、招いたのですがね。……お客人が、こうも無粋な真似をなさるとは、心外です」

ガローは、そう言って、〈大陸の鍵〉を握りしめた。

次の瞬間、石が、禍々しい光を放ち始めた。

 ◇ ◇ ◇

「――っ! なんだ、あの光は!」

リーゼロッテさんが、剣を構えながら叫んだ。

「〈大陸の鍵〉の力を、無理やり引き出しているのか……!」ガローの体が、光に包まれ、その輪郭が、次第に、人間離れした姿へと、変貌していく。

「あんなの、聞いてないですよ!」

「私も、初耳だ! だが――やるしかない!」

銀さんが、細剣を構えた。おれも、拳を握りしめる。

変貌したガローが、雄叫びを上げて、突進してきた。護衛たちも、一斉に襲いかかる。

「加減は、なしだ、サノ!」

銀さんの叫びに、おれは、一瞬、躊躇した。

「で、でも、加減しないと、人が死んじゃうかも」

「護衛たちは手加減しろ! だが、ガローには、本気で行け! ……あれは、もう、人の理を外れた化け物だ!」

リーゼロッテさんの声が、状況を後押しした。おれは、覚悟を決めた。

 ◇ ◇ ◇

護衛たちを、おれは、これまで鍛えてきた加減で、次々と無力化していった。壁にめり込ませない、天井に届かせない、絶妙な力加減。二十八日間の逃亡生活で培った技術が、ここにきて、ようやく完成の域に達していた。

「よし、これなら――」

だが、ガローの一撃は、これまでの敵とは、明らかに次元が違った。

「くっ……!」

おれは、間一髪で、ガローの拳を、両腕で受け止めた。衝撃で、地面がひび割れる。

(これ、本気で行かないと、押し負ける……!)

おれは、これまで抑え続けてきた力を、初めて、意識的に解放した。

「――うおおおおっ!」

全力の拳を、ガローに叩き込む。轟音と共に、ガローの体が、大きく吹っ飛んだ。

「サノ、今だ!」

銀さんが、細剣を構えて、〈大陸の鍵〉を握るガローの腕へと、鋭く斬りかかった。リーゼロッテさんも、同時に、反対側から斬り込む。

「――ぐああああっ!」

ガローの絶叫と共に、〈大陸の鍵〉が、床に転がり落ちた。

 ◇ ◇ ◇

光が、急速に収まっていく。人間離れした姿だったガローも、次第に、元の恰幅のいい初老の男の姿へと、戻っていった。ただし、意識を失い、床に崩れ落ちている。

「……終わった、のか?」

おれは、荒い息をつきながら、辺りを見回した。護衛たちも、全員、無力化されて倒れている。誰も、死んでいない――ことを、おれは、慎重に確認した。よかった、加減、間に合った。

「サノ、大丈夫か」

銀さんが、駆け寄ってきた。おれは、頷いた。

「大丈夫です。ちょっと、腕が痺れてますけど」

「よくやった。……見事な戦いぶりだった」

リーゼロッテさんも、剣を鞘に収めながら、床に転がる〈大陸の鍵〉を、拾い上げた。

「これで、決着、か」

「聖遺物は、無事に神殿に返せる。……お前の容疑も、これで晴れるはずだ、リリアーヌ様」

リーゼロッテさんの言葉に、銀さんは、ゆっくりと、頷いた。その目には、これまでの旅路の重みが、確かに、滲んでいた。

「……ああ。ようやく、な」

逃亡生活二十八日目、聖遺物を巡る大きな戦いは、ついに、決着を迎えた。だが、この戦いの終わりは、同時に、おれたち三人にとって、新たな岐路の始まりでもあった。

――なお、このときのおれは知らなかった。

商館の外で、事の成り行きを見守っていた王国騎士団の増援部隊が、既に、到着していたことを。

部隊を率いる隊長が、リーゼロッテに向けて、静かに告げる。

「隊長補佐リーゼロッテ・クロイツ。王都より、正式な命令が届いている。……〈大陸の鍵〉の回収、そして」

隊長の視線が、おれへと、まっすぐ向けられた。

「勇者サノ殿の、王都への連行。これも、命令の内容に、含まれている」

決着の直後、新たな試練が、静かに、その姿を現していた。

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