おれ、招かれざる客として乗り込み、黒幕と対面する
◇ ◇ ◇
逃亡生活二十六日目。おれたちは、正装――と言っても、宿場町の古着屋でかき集めた、それらしい服――に身を包み、商館の正面玄関に立っていた。
「銀さん、この格好、変じゃないですか」
「悪くない。田舎貴族の三男坊、くらいには見える」
「三男坊って設定、初耳なんですけど」
「今考えた」
銀さんは、こちらもドレスらしきものに着替え、フードを外していた。素顔を晒すのは、正体を隠す気がもうない、という意思表示でもある。リーゼロッテさんは、護衛らしく、簡素だが上等な鎧を纏っていた。
「礼儀作法、大丈夫か、サノ」
「聖女様に聞かれると、地味に不安になるんですけど」
「田舎から出てきた設定なら、多少の粗相は誤魔化せる。堂々としていろ」
「その理論、さっきも聞きました」
玄関の扉が、静かに開いた。
◇ ◇ ◇
商館の中は、外観からは想像もつかないほど、豪奢な作りだった。磨き上げられた大理石の床、壁に飾られた美術品、ふんだんに使われた金の装飾。
「表向きは貿易商、ってレベルの内装じゃないですね」
「裏の商売が、よほど儲かっているのだろうな」
案内役の使用人に導かれ、おれたちは、奥の広間へと通された。
広間の中央、豪奢な椅子に腰掛けていたのは、恰幅のいい、初老の男だった。仕立てのいい服に身を包み、指には複数の宝石の指輪を光らせている。一見、ただの成功した商人にしか見えない。だが、その目の奥には、明らかに、堅気ではない冷たさが宿っていた。
「ようこそ、お三方。私が、この商館の主、ガロー・デルヴィスと申します」
男――ガローは、優雅に一礼した。芝居がかった仕草だった。
「勇者様、聖女様、そして王国の騎士様。……こうして三人揃ってお越しいただけるとは、光栄の極みです」
「単刀直入に聞く」リーゼロッテさんが、前に出た。「聖遺物は、貴様が持っているのか」
「せっかちですな、騎士様。まあ、お座りください。茶でも飲みながら、ゆっくり話しましょう」
ガローは、余裕たっぷりに、席を勧めた。
◇ ◇ ◇
拒否権はなさそうだった。おれたちは、渋々、勧められた席についた。使用人が、洗練された所作で茶を淹れる。
「あの、単刀直入に聞きますけど。聖遺物、あなたが盗ませたんですか」
おれが聞くと、ガローは、にやりと笑った。
「盗ませた、というのは人聞きが悪い。私は、然るべき対価を払って、然るべき筋から、然るべき品を、然るべき場所へ移しただけです」
「回りくどい言い方ですね」
「商人の言葉遣いとは、そういうものです」
ガローは、茶を一口飲んで、続けた。
「聖遺物――〈大陸の鍵〉。あれは、神殿が長年、独占的に管理してきた品です。ですが、本来、あの品の力は、神殿だけのものではない。むしろ、然るべき使い手の手に渡ってこそ、真価を発揮する」
「然るべき使い手、とは」
「それは、これからのお楽しみ、ということで」
銀さんが、静かに口を開いた。
「私は、あれが持ち出される瞬間を見た。……犯人の顔も、覚えている」
場の空気が、一瞬で張り詰めた。
「ほう。それは、興味深い」
「お前が、その依頼主か」
「さあ、どうでしょうな」
ガローは、はぐらかすように、笑みを深めた。
◇ ◇ ◇
「単刀直入に聞くが」リーゼロッテさんが、剣の柄に手をかけた。「その〈大陸の鍵〉、今、どこにある」
「おやおや、騎士様、そう物騒な真似は。ここは、私の庭ですよ」
ガローが、軽く手を上げると、広間の四方から、護衛らしき男たちが、ぞろぞろと姿を現した。廃教会で見た賊たちよりも、明らかに統制の取れた動きだった。
「元騎士崩れ、って話、伊達じゃなさそうですね」
おれは、内心の緊張を抑えながら、呟いた。
「ふふ、勇者様。あなたの噂も、いろいろと耳にしております。ラスタの街の水晶を、金色に輝かせた御方、と」
ガローの視線が、まっすぐおれに向けられた。
「その膂力、私の下で働いてみる気はありませんか。〈大陸の鍵〉の力と、勇者の力が揃えば、この大陸の勢力図を、根底から変えることもできましょう」
「お断りします」
即答した。迷う余地もなかった。
「即答ですか。もったいない」
「勇者になるのも嫌で逃げてきたのに、あなたの手駒になるとか、余計に嫌ですよ」
おれの言葉に、ガローは、少し驚いたような顔をした後、愉快そうに笑った。
「なるほど、なるほど。……欲のない方だ。だからこそ、聖女様や騎士様のような、まっすぐな方々が、あなたに惹かれるのかもしれませんな」
「話をすり替えないでください」
「これは失礼」
◇ ◇ ◇
ガローは、笑みを収めて、静かに立ち上がった。
「〈大陸の鍵〉の行方、お知りになりたいのでしょう。ですが、無償で、というわけにはいきません」
「取引をしようというのか」リーゼロッテさんが、鋭く聞き返した。
「ええ。……聖女様、あなたに、頼みたいことがある」
ガローの視線が、銀さんに向けられた。
「あなたが目撃した、〈大陸の鍵〉を持ち出した犯人の顔。それを、ここで、明かしていただきたい」
「……なぜ、それを知りたい」
「それは、こちらの事情です。……教えていただければ、〈大陸の鍵〉の在り処、こちらからお教えしましょう」
銀さんの表情が、わずかに強張った。
「その情報を、お前に渡す意味が分からん。……お前自身が、依頼主なのではないのか」
「ふふ、さて、それはどうでしょうな」
ガローは、はぐらかしながらも、その目の奥に、何か別の狙いを隠しているように見えた。
「まあ、今すぐ答えを、とは申しません。……三日、差し上げましょう。この町に、しばらく滞在なさるといい。その間に、じっくりお考えください」
ガローは、一礼して、広間を後にした。護衛たちも、同時に引き下がっていく。
気づけば、おれたちは、広間に三人だけ、取り残されていた。
◇ ◇ ◇
「……なんだったんですか、今の」
「分からん。だが、あの男、聖遺物の在り処を、本当に知っているようだった」
リーゼロッテさんが、警戒を解かないまま呟いた。
「銀さん、大丈夫ですか。犯人の顔、知ってるって話、あの場で認めちゃって」
「……仕方あるまい。隠しても、意味がなかった」
銀さんは、いつになく、沈んだ表情をしていた。
「銀さん?」
「……いや、なんでもない。とにかく、三日の猶予がある。その間に、こちらも手を打つ必要がある」
銀さんは、そう言って、話を切り上げた。だが、おれには、その横顔に、何か隠された迷いがあるように見えて仕方なかった。
逃亡生活二十六日目、聖遺物の謎は、いよいよ核心に迫りつつあった。だが、その核心の中心に、銀さん自身の抱える秘密が、深く関わっているような予感が、おれの中で、確信に変わりつつあった。
――なお、このときのおれは知らなかった。
商館の奥、ガローが、部下に静かに命じていたことを。
「聖女の反応、見たか。犯人の顔、間違いなく覚えているな」
「はい。しかし、なぜ彼女に、それを問いただすような真似を」
「決まっている。……もし彼女が、本当に真実を語れば、面白いことになる」
ガローは、窓の外、夕暮れの町並みを見つめながら、薄く笑った。
「聖女の口から語られる真実が、この大陸に、どんな波紋を広げるか。……せいぜい、楽しみにしていよう」
陰謀の糸は、思わぬ形で、聖女自身の過去へと、静かに繋がり始めていた。




