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異世界転生したら勇者だと言われたので逃亡します  作者: すみっこSE


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22/24

おれ、ヴェルダンに潜入して、罠の匂いに気づかない

 ◇ ◇ ◇

逃亡生活二十五日目。おれたちは、ついに西方の都市ヴェルダンにたどり着いた。

大きな城壁に囲まれた、商業都市らしい活気のある町並み。だが、大通りを一本外れると、途端に薄暗く、人相の悪い連中がたむろする裏路地が広がっている。表と裏の落差が、露骨な町だった。

「……なんか、雰囲気で分かりますね、この町の性質」

「露骨すぎるくらいだな」

銀さんが、フードの奥から辺りを警戒しながら言った。リーゼロッテさんも、腰の剣に、無意識に手を添えている。

「まず、宿を取ろう。それから、拠点の情報を集める」

リーゼロッテさんの提案に、おれと銀さんは頷いた。三人旅、こういう時の連携だけは、妙にスムーズになってきていた。

 ◇ ◇ ◇

宿を取った後、おれたちは、潜入の作戦会議を開いた。

「まず、身分だ」銀さんが切り出す。「王国騎士の姿のままでは、リーゼロッテ、お前は目立ちすぎる」

「分かっている。私服に着替えるつもりだ」

「サノとリリアーヌ様の、いつもの設定は」リーゼロッテさんが聞いてきた。

「兄妹、で通すか。既に慣れている」銀さんが即答した。

「なら、リーゼロッテさんは」

「私は――」

リーゼロッテさんが、少し考えて、答えた。

「護衛、というのはどうだ。裕福な兄妹の護衛として雇われた者、という体で」

「悪くないですね」

「よし、決まりだな」

かくして、「田舎から出てきた兄妹サノとリリアーヌ(なぜか銀さん、この場では本名を名乗ることに固執した)」と、「その護衛リーゼロッテ」という、なんとも大味な設定が完成した。

「銀さん、この場面で本名使うのは、正体バレのリスク的にどうなんですか」

「今さらフードを被った怪しい女、で通す方がリスクだ。堂々と名乗った方が、逆に疑われにくい」

(前に、リーゼロッテさんに『堂々とする作戦』を試したときと、理屈が同じだ。銀さんに話した覚えはないのに)

「なんだ、その顔は」

「いや、なんでも。……その作戦、うまくいくといいですね」

「うまくいかせるのだ。自分で言い出した以上、責任を持て」

「今、決めた方針に、おれが責任持つんですか」

 ◇ ◇ ◇

翌日、おれたちは、大通りの商会を装って情報収集を開始した。

「すみません、黒鎖会の拠点について、ご存じないですか」

おれが、宿の亭主に聞いてみると、亭主は、露骨に顔をしかめた。

「兄ちゃん、その名前、あんまり大声で言わない方がいい。この町じゃ、耳がどこにあるか分からないからな」

「あ、すみません」

「拠点は、大通りの外れ、大きな商館があるだろう。表向きは貿易商だが、裏じゃ知らない者はいない」

亭主は、声を潜めながら、それだけ教えてくれた。おれは礼を言って、その情報を、銀さんとリーゼロッテさんに伝えた。

「商館、か。正面から乗り込むのは、無謀だな」

「潜入するにしても、どこから手をつけるか」

三人で頭を悩ませていると、宿の窓の外、大通りの方角から、ふと、視線を感じた。

「……気のせいか?」

リーゼロッテさんが、鋭く窓の外を見た。だが、そこには、何気なく通り過ぎる人々の姿しかない。

「どうしました」

「いや……何でもない。気のせいだろう」

 ◇ ◇ ◇

その日の夕方、おれたちは、商館の様子を遠くから探ることにした。大通りの反対側、露店の陰から、商館の出入りを観察する。

「出入りする人、結構多いですね」

「表向きは貿易商だ。正規の商談も、当然行われているだろう」

商館の周囲には、それらしい護衛が数人、さりげなく配置されているのが見て取れた。

「あの護衛たち、動きが素人じゃないな」

銀さんが、目を細めて分析する。

「元騎士崩れ、って話でしたよね」

「ああ。腕は本物だろう」

三人で商館を観察すること、しばらく。おれは、ふと、商館の裏手に、一台の荷馬車が停まっているのに気づいた。

「あれ、なんか荷物運んでません?」

「……確認するか」

リーゼロッテさんの提案で、おれたちは、さりげなく商館の裏手へと回り込んだ。荷馬車の荷台には、木箱がいくつか積まれている。廃教会で見た木箱と、よく似た形状だった。

「これ、聖遺物、運び込んでるところなんじゃ」

「かもしれん。だが、確証は――」

銀さんが言いかけたその時、荷馬車の陰から、複数の足音が響いた。

「――お待ちしておりました」

声の主は、商館の護衛服を着た、恰幅のいい男だった。にやりと、笑みを浮かべている。

 ◇ ◇ ◇

三人の間に、緊張が走った。

「お待ちしておりました、とは。おれたちのこと、知ってるんですか」

「もちろんです。勇者様に、聖女様に、王国の騎士様。……こんな大物三人組が、こそこそとうちの商館を嗅ぎ回っていれば、気づかないはずがありません」

男は、余裕たっぷりに続けた。

「主より、お伝えするよう言われております。『歓迎する。ぜひ、正面から訪ねてきてほしい』と」

「歓迎、ですか」

「ええ。裏口から覗き見するような真似は、無粋というものです。……主は、皆様との対話を、心から楽しみにしております」

男の口ぶりには、明らかな含みがあった。おれと銀さんとリーゼロッテさんは、無言で顔を見合わせた。

(罠だ、これ。完全に、罠だ)

分かりきったことだったが、それでも、後には退けない。聖遺物の真相は、この商館の奥にある。

「……分かりました。正面から、伺います」

おれが答えると、男は満足げに頷き、一礼して去っていった。

逃亡生活二十五日目、おれたちは、罠と分かった上で、その招待に応じる決意を固めた。

――なお、このときのおれは知らなかった。

商館の最奥、豪奢な椅子に腰掛けた影が、部下の報告を受けて、静かに笑みを浮かべていたことを。

「勇者と、聖女と、騎士、か。……これほどの役者が揃うとは、思わぬ余興だ」

影は、机の上に置かれた、小さな遺物を、指先で弄びながら呟いた。

「せいぜい、私を楽しませてくれ」

大陸の陰で蠢く陰謀は、いよいよ、その核心に、三人を招き入れようとしていた。

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