おれ、ヴェルダンに潜入して、罠の匂いに気づかない
◇ ◇ ◇
逃亡生活二十五日目。おれたちは、ついに西方の都市ヴェルダンにたどり着いた。
大きな城壁に囲まれた、商業都市らしい活気のある町並み。だが、大通りを一本外れると、途端に薄暗く、人相の悪い連中がたむろする裏路地が広がっている。表と裏の落差が、露骨な町だった。
「……なんか、雰囲気で分かりますね、この町の性質」
「露骨すぎるくらいだな」
銀さんが、フードの奥から辺りを警戒しながら言った。リーゼロッテさんも、腰の剣に、無意識に手を添えている。
「まず、宿を取ろう。それから、拠点の情報を集める」
リーゼロッテさんの提案に、おれと銀さんは頷いた。三人旅、こういう時の連携だけは、妙にスムーズになってきていた。
◇ ◇ ◇
宿を取った後、おれたちは、潜入の作戦会議を開いた。
「まず、身分だ」銀さんが切り出す。「王国騎士の姿のままでは、リーゼロッテ、お前は目立ちすぎる」
「分かっている。私服に着替えるつもりだ」
「サノとリリアーヌ様の、いつもの設定は」リーゼロッテさんが聞いてきた。
「兄妹、で通すか。既に慣れている」銀さんが即答した。
「なら、リーゼロッテさんは」
「私は――」
リーゼロッテさんが、少し考えて、答えた。
「護衛、というのはどうだ。裕福な兄妹の護衛として雇われた者、という体で」
「悪くないですね」
「よし、決まりだな」
かくして、「田舎から出てきた兄妹サノとリリアーヌ(なぜか銀さん、この場では本名を名乗ることに固執した)」と、「その護衛リーゼロッテ」という、なんとも大味な設定が完成した。
「銀さん、この場面で本名使うのは、正体バレのリスク的にどうなんですか」
「今さらフードを被った怪しい女、で通す方がリスクだ。堂々と名乗った方が、逆に疑われにくい」
(前に、リーゼロッテさんに『堂々とする作戦』を試したときと、理屈が同じだ。銀さんに話した覚えはないのに)
「なんだ、その顔は」
「いや、なんでも。……その作戦、うまくいくといいですね」
「うまくいかせるのだ。自分で言い出した以上、責任を持て」
「今、決めた方針に、おれが責任持つんですか」
◇ ◇ ◇
翌日、おれたちは、大通りの商会を装って情報収集を開始した。
「すみません、黒鎖会の拠点について、ご存じないですか」
おれが、宿の亭主に聞いてみると、亭主は、露骨に顔をしかめた。
「兄ちゃん、その名前、あんまり大声で言わない方がいい。この町じゃ、耳がどこにあるか分からないからな」
「あ、すみません」
「拠点は、大通りの外れ、大きな商館があるだろう。表向きは貿易商だが、裏じゃ知らない者はいない」
亭主は、声を潜めながら、それだけ教えてくれた。おれは礼を言って、その情報を、銀さんとリーゼロッテさんに伝えた。
「商館、か。正面から乗り込むのは、無謀だな」
「潜入するにしても、どこから手をつけるか」
三人で頭を悩ませていると、宿の窓の外、大通りの方角から、ふと、視線を感じた。
「……気のせいか?」
リーゼロッテさんが、鋭く窓の外を見た。だが、そこには、何気なく通り過ぎる人々の姿しかない。
「どうしました」
「いや……何でもない。気のせいだろう」
◇ ◇ ◇
その日の夕方、おれたちは、商館の様子を遠くから探ることにした。大通りの反対側、露店の陰から、商館の出入りを観察する。
「出入りする人、結構多いですね」
「表向きは貿易商だ。正規の商談も、当然行われているだろう」
商館の周囲には、それらしい護衛が数人、さりげなく配置されているのが見て取れた。
「あの護衛たち、動きが素人じゃないな」
銀さんが、目を細めて分析する。
「元騎士崩れ、って話でしたよね」
「ああ。腕は本物だろう」
三人で商館を観察すること、しばらく。おれは、ふと、商館の裏手に、一台の荷馬車が停まっているのに気づいた。
「あれ、なんか荷物運んでません?」
「……確認するか」
リーゼロッテさんの提案で、おれたちは、さりげなく商館の裏手へと回り込んだ。荷馬車の荷台には、木箱がいくつか積まれている。廃教会で見た木箱と、よく似た形状だった。
「これ、聖遺物、運び込んでるところなんじゃ」
「かもしれん。だが、確証は――」
銀さんが言いかけたその時、荷馬車の陰から、複数の足音が響いた。
「――お待ちしておりました」
声の主は、商館の護衛服を着た、恰幅のいい男だった。にやりと、笑みを浮かべている。
◇ ◇ ◇
三人の間に、緊張が走った。
「お待ちしておりました、とは。おれたちのこと、知ってるんですか」
「もちろんです。勇者様に、聖女様に、王国の騎士様。……こんな大物三人組が、こそこそとうちの商館を嗅ぎ回っていれば、気づかないはずがありません」
男は、余裕たっぷりに続けた。
「主より、お伝えするよう言われております。『歓迎する。ぜひ、正面から訪ねてきてほしい』と」
「歓迎、ですか」
「ええ。裏口から覗き見するような真似は、無粋というものです。……主は、皆様との対話を、心から楽しみにしております」
男の口ぶりには、明らかな含みがあった。おれと銀さんとリーゼロッテさんは、無言で顔を見合わせた。
(罠だ、これ。完全に、罠だ)
分かりきったことだったが、それでも、後には退けない。聖遺物の真相は、この商館の奥にある。
「……分かりました。正面から、伺います」
おれが答えると、男は満足げに頷き、一礼して去っていった。
逃亡生活二十五日目、おれたちは、罠と分かった上で、その招待に応じる決意を固めた。
――なお、このときのおれは知らなかった。
商館の最奥、豪奢な椅子に腰掛けた影が、部下の報告を受けて、静かに笑みを浮かべていたことを。
「勇者と、聖女と、騎士、か。……これほどの役者が揃うとは、思わぬ余興だ」
影は、机の上に置かれた、小さな遺物を、指先で弄びながら呟いた。
「せいぜい、私を楽しませてくれ」
大陸の陰で蠢く陰謀は、いよいよ、その核心に、三人を招き入れようとしていた。




