おれ、三人旅の役割分担に苦戦して、黒鎖会の噂を集める
◇ ◇ ◇
逃亡生活二十三日目。西方への旅は、順調に――とは言い難いが、それなりに進んでいた。
「サノ、火起こしをしろ」
「銀さん、それ、あなたの仕事にしません? 練習になりますよ」
「私は今、聖遺物についての考察で頭がいっぱいだ。手が回らん」
「口は回ってますけどね」
三人旅の役割分担は、初日から早々に固まっていた。火起こしと荷運びはおれ、馬の世話と道の選定はリーゼロッテさん、そして――
「私は、方針を考える係だ」
「その方針、具体的に何か決まったことあります?」
「ある。ヴェルダンに着いたら、情報を集める」
「それ、当たり前すぎて方針って言えるんですか」
銀さんは、聞こえないふりをして、焚き火の前に堂々と座った。この人の「方針係」、実質「何もしない係」なのではという疑惑が、日に日に強まっていた。
◇ ◇ ◇
「サノ、お前は、その加減とやらの練習、進んでいるのか」
夕食の後、リーゼロッテさんが、ふと聞いてきた。
「まあ、それなりに。廃教会の乱闘のときは、我ながら頑張ったと思います」
「頑張った、にしては、賊が三人、壁にめり込んでいたが」
「あれは想定外の強さが出たというか」
「一人は、天井近くまで吹っ飛んでいたぞ」
「その節はご迷惑を」
リーゼロッテさんは、呆れた顔をしながらも、どこか面白そうにこちらを見ていた。
「王国の訓練兵にも、お前ほどの膂力を持つ者はいない。……本当に、素養測定を受けるまで、自分の力に気づかなかったのか」
「はい。前世……じゃなくて、田舎じゃ、普通の力だと思ってたので」
「今、前世と言いかけなかったか」
「言葉のあやです」
「銀さんもよく使ってましたね、その台詞」と、おれは付け加えた。
「言葉のあや、便利な言葉だ。使い回しているのがバレているとも知らず」銀さんが、したり顔で言った。
「あなたも同じくらい使ってますけどね」
◇ ◇ ◇
旅の道中、時折立ち寄る町や村で、おれたちは〈黒鎖会〉についての噂を集めた。
「あの、すみません。黒鎖会って、聞いたことあります?」
とある宿場町の食堂で、おれは店主に聞いてみた。
「黒鎖会? ……坊主、あんまりそういうのに首突っ込まない方がいいぞ。物騒な連中だ」
「物騒、ってどんな風に」
「借金取り立てから、盗品の裏売買、汚れ仕事なら何でも請け負う連中さ。西方のヴェルダンに、でかい元締めがいるって噂だ」
店主は、声を潜めて続けた。
「一度目をつけられたら、逃げ切るのは至難の業だとも言われてる。関わらないのが一番だよ」
「……ですよね」
おれは、苦笑いを浮かべながら、内心で頭を抱えた。逃げ切るのが至難の業な組織相手に、こちらから乗り込もうとしているのだから、皮肉なものだった。
◇ ◇ ◇
別の町では、リーゼロッテさんが、詰め所の知り合いから情報を仕入れてきた。
「黒鎖会、王国の記録にも、いくつか記載がある。……厄介なことに、組織の構成員の多くが、元傭兵や、元騎士崩れだそうだ」
「元騎士崩れ、ですか」
「訓練を受けた者が裏社会に流れる。よくある話だ。……剣の腕は、正規の騎士に劣らない者もいるという」
銀さんが、腕を組んで考え込んだ。
「聖遺物のような貴重な品を扱うなら、それ相応の護衛は置いているだろうな。単純な力押しでは、厳しいかもしれん」
「じゃあ、どうするんです」
「潜入して、情報を探るのが定石だろう」
「潜入って、簡単に言いますけど」
「サノ、お前の腕力があれば、多少の無茶は通せる」
「無茶振り、また来た」
三人での相談は、いつも通り、リーゼロッテさんの情報収集と、銀さんの大雑把な方針と、おれへの無茶振りで構成されていた。この役割分担、本当にこれでいいのか、日に日に不安が募る。
◇ ◇ ◇
ヴェルダンが近づくにつれ、街道を行き交う人々の雰囲気も、少しずつ変わっていった。商人よりも、傭兵や、訳ありげな旅人の姿が目立つようになる。
「なんか、治安、悪くなってきましたね」
「ヴェルダンは、表向きは商業都市だが、裏では黒鎖会の縄張りだという噂もある。……気を引き締めろ」
リーゼロッテさんの言葉に、おれと銀さんは、揃って頷いた。
夜営の焚き火を囲みながら、おれは、ふと三人の関係を振り返った。
数週間前まで、追う者と追われる者だった三人が、今は同じ焚き火を囲み、同じ目的地を目指している。奇妙な巡り合わせだが――不思議と、嫌な感じはしなかった。
「銀さん、リーゼロッテさん」
「なんだ」
「なんです」
「なんでもないです。ただ、なんか、変な組み合わせだなって、改めて思って」
「変とは失礼な」リーゼロッテさんが、むっとした顔をした。
「褒めてます、一応」
「一応、が余計だ」
銀さんが、その様子を見て、小さく笑った。
「まあ、変な組み合わせでも、悪くない道連れだ。……そうだろう、サノ」
「はい、まあ。悪くないです」
焚き火の炎が、三人の顔を、静かに照らしていた。逃亡生活二十三日目、ヴェルダンまでの距離は、あと僅かに迫っていた。
――なお、このときのおれは知らなかった。
ヴェルダンの街の一角、黒鎖会の拠点となる屋敷で、ある人物が、部下からの報告を受けていたことを。
「廃教会の一件、しくじった者たちが、ここまで逃げ戻ってきたか」
「はい。それと――妙な三人組が、こちらに向かっているという情報も」
「妙な三人組、とは」
「勇者と噂される黒髪の男、聖女リリアーヌ様、そして王国騎士の女、との情報です」
屋敷の主は、しばらく沈黙した後、低く笑った。
「……面白い。大陸の役者が、勝手に舞台に上がってくるとはな」
影は、静かに、次の一手を練り始めていた。




