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異世界転生したら勇者だと言われたので逃亡します  作者: すみっこSE


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20/24

おれ、鷹を仲間に加えて、気まずい三人旅を始める

 ◇ ◇ ◇

逃亡生活二十日目。おれは、なんとも言えない空気の中、朝食のパンをかじっていた。

目の前には、銀さん。その隣には――リーゼロッテさん。

「……あの、なんでこう、当然のように同じテーブルにいるんですか」

「休戦したのだ。同じ目的のために動くなら、情報共有は必須だろう」

リーゼロッテさんは、平然とした顔でパンをちぎっている。おれは、その光景に、いまだに現実感が追いついていなかった。

昨日まで全力で逃げていた相手と、今日は朝食を共にしている。異世界、展開が早すぎる。

「銀さん、この状況、大丈夫なんですか」

「大丈夫かどうかは知らんが、他に選択肢がない」

銀さんは、いつも通りの調子でパンを食べながら、あっさり言った。この人の切り替えの早さ、見習いたいような、見習いたくないような。

 ◇ ◇ ◇

「それで」リーゼロッテさんが、話を切り出した。「賊たちの行き先について、心当たりはあるか」

「いや、おれたちはさっぱり」

「私もだ。マーサの伝手も、廃教会の場所までしか掴めていなかった」

三人で顔を見合わせる。手がかりが、完全に途切れていた。

「賊が慌てて置いていった木箱、あれを調べればいいのでは」

「もう調べた」おれは答えた。「中身、ほとんど空でしたよ。逃げる時に、大事なものは持ってったみたいで」

「ふむ……」

リーゼロッテさんが、顎に手を当てて考え込む。その仕草、意外と様になっていた。

「一つだけ、木箱の底に、これが残っていた」

リーゼロッテさんが取り出したのは、小さな金属製の紋章だった。剣と杯を組み合わせたような、見慣れない意匠だ。

「これ、何の紋章ですか」

「分からん。だが、賊が身につけていたものではなさそうだ。荷の中に紛れ込んでいた」

銀さんが、紋章を手に取り、じっと見つめた。

「……これは、〈黒鎖会〉の紋章だ」

「黒鎖会?」

「大陸各地で、盗品や禁制品の取引を仲介する、裏の組織だ。聖遺物のような貴重な品を、正規の買い手ではなく、闇市場に流そうとしている者たちが、よく使う」

リーゼロッテさんの表情が、険しくなった。

「聞いたことがある。王国内でも、時折その名が浮かぶ。……本部は、確か」

「西方の都市、ヴェルダンだ。奴らの元締めが、そこに拠点を構えているという噂がある」

「西方、ですか。ここからだと」

「馬でも、十日はかかる距離だな」

三人の間に、重い沈黙が落ちた。長旅が、また一つ、確定した瞬間だった。

 ◇ ◇ ◇

「……で、これ、どうやって移動するんですか」

おれは、恐る恐る聞いた。徒歩で十日は、正直、心が折れそうだった。

「馬を使う。私が二頭、都合しよう」

「都合、って、まさか自腹ですか」

「王国の遠征費だ。まだ、多少は残っている」

リーゼロッテさんの言葉に、銀さんが、意外そうな顔をした。

「お前、金に困っていたのではなかったか。串焼き一本を値切っていたと聞いたが」

「なっ……! 誰から聞いた、それを」

リーゼロッテさんの顔が、みるみる赤くなった。

「サノから聞いた」

「銀さん!?」

咄嗟に言い訳を探すおれをよそに、リーゼロッテさんは、ものすごい形相でこちらを睨んできた。

「お前、あの時、見ていたのか」

「い、いや、その、偶然、通りかかっただけで」

「串焼き一本くらい、味を吟味していただけだ! 金がなかったわけではない!」

「三軒目だったって、屋台の店主が言ってましたよ」

「うるさい!!」

リーゼロッテさんが、顔を真っ赤にして怒鳴った。おれと銀さんは、思わず顔を見合わせて、噴き出しそうになるのを堪えた。

この人にも、こんな可愛げのある一面があったのか。逃亡生活二十日目にして、新たな発見だった。

 ◇ ◇ ◇

結局、リーゼロッテさんが手配した馬三頭で、おれたちは西方のヴェルダンを目指すことになった。馬に乗るのは初めての経験で、おれは早々に振り落とされかけた。

「サノ、手綱はもっと落ち着いて持て」

「落ち着けって言われても、この生き物、想像以上に自由に動くんですよ!」

「情けない声を出すな、勇者だろう」

「勇者関係ないでしょこれ!」

リーゼロッテさんが、器用に馬を操りながら、呆れた顔でこちらを見た。銀さんも、意外にも馬術は堂に入っていて、優雅に手綱を扱っている。

「銀さん、馬も乗れるんですか」

「聖女の嗜みだ」

「その嗜みの範囲、広すぎません? 護身術に、馬術に」

「聖女とは、多才であるべきなのだ」

火起こしだけは、その「多才」から漏れていたことを、おれは黙っておくことにした。

 ◇ ◇ ◇

西方への街道を、三頭の馬が並んで進んでいく。逃げる者と、追う者――だったはずの三人が、今は同じ目的地を目指して、肩を並べていた。

「なあ、リーゼロッテさん」

「なんだ」

「おれのこと、いつ捕まえるんですか」

ふと気になって、聞いてみた。休戦とはいえ、いつまでも続くものではないだろう。

リーゼロッテさんは、しばらく黙って、前方の街道を見つめていた。

「……聖遺物の一件が片付くまでは、動かん。それが片付いた後のことは、その時に考える」

「先延ばし、ってことですか」

「先延ばしと言うな。優先順位の問題だ」

その言葉に、おれは、少しだけほっとする自分と、少しだけ複雑な気持ちになる自分を、同時に感じていた。

逃亡生活二十日目、旅の一団に、思わぬ新メンバーが加わった。三人の道は、西方の都市ヴェルダンへと、まっすぐに続いていた。

――なお、このときのおれは知らなかった。

その夜、野営の焚き火を囲みながら、銀さんが密かにリーゼロッテさんに耳打ちしていたことを。

「なあ、リーゼロッテ。お前、サノのことをどう思う」

「どう、とは」

「いや、なに。妙に必死に庇っていた気がしたのでな」

「そ、それは、任務上の判断だ! 深い意味はない!」

「そうか。ならばいい」

銀さんは、フードの下で、にやりと笑っていた。

「単に、揶揄っただけだ」

「揶揄うな!!」

逃亡劇の裏で、新たな火種が、静かに燻り始めていた。おれの与り知らぬところで。

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