おれ、鷹を仲間に加えて、気まずい三人旅を始める
◇ ◇ ◇
逃亡生活二十日目。おれは、なんとも言えない空気の中、朝食のパンをかじっていた。
目の前には、銀さん。その隣には――リーゼロッテさん。
「……あの、なんでこう、当然のように同じテーブルにいるんですか」
「休戦したのだ。同じ目的のために動くなら、情報共有は必須だろう」
リーゼロッテさんは、平然とした顔でパンをちぎっている。おれは、その光景に、いまだに現実感が追いついていなかった。
昨日まで全力で逃げていた相手と、今日は朝食を共にしている。異世界、展開が早すぎる。
「銀さん、この状況、大丈夫なんですか」
「大丈夫かどうかは知らんが、他に選択肢がない」
銀さんは、いつも通りの調子でパンを食べながら、あっさり言った。この人の切り替えの早さ、見習いたいような、見習いたくないような。
◇ ◇ ◇
「それで」リーゼロッテさんが、話を切り出した。「賊たちの行き先について、心当たりはあるか」
「いや、おれたちはさっぱり」
「私もだ。マーサの伝手も、廃教会の場所までしか掴めていなかった」
三人で顔を見合わせる。手がかりが、完全に途切れていた。
「賊が慌てて置いていった木箱、あれを調べればいいのでは」
「もう調べた」おれは答えた。「中身、ほとんど空でしたよ。逃げる時に、大事なものは持ってったみたいで」
「ふむ……」
リーゼロッテさんが、顎に手を当てて考え込む。その仕草、意外と様になっていた。
「一つだけ、木箱の底に、これが残っていた」
リーゼロッテさんが取り出したのは、小さな金属製の紋章だった。剣と杯を組み合わせたような、見慣れない意匠だ。
「これ、何の紋章ですか」
「分からん。だが、賊が身につけていたものではなさそうだ。荷の中に紛れ込んでいた」
銀さんが、紋章を手に取り、じっと見つめた。
「……これは、〈黒鎖会〉の紋章だ」
「黒鎖会?」
「大陸各地で、盗品や禁制品の取引を仲介する、裏の組織だ。聖遺物のような貴重な品を、正規の買い手ではなく、闇市場に流そうとしている者たちが、よく使う」
リーゼロッテさんの表情が、険しくなった。
「聞いたことがある。王国内でも、時折その名が浮かぶ。……本部は、確か」
「西方の都市、ヴェルダンだ。奴らの元締めが、そこに拠点を構えているという噂がある」
「西方、ですか。ここからだと」
「馬でも、十日はかかる距離だな」
三人の間に、重い沈黙が落ちた。長旅が、また一つ、確定した瞬間だった。
◇ ◇ ◇
「……で、これ、どうやって移動するんですか」
おれは、恐る恐る聞いた。徒歩で十日は、正直、心が折れそうだった。
「馬を使う。私が二頭、都合しよう」
「都合、って、まさか自腹ですか」
「王国の遠征費だ。まだ、多少は残っている」
リーゼロッテさんの言葉に、銀さんが、意外そうな顔をした。
「お前、金に困っていたのではなかったか。串焼き一本を値切っていたと聞いたが」
「なっ……! 誰から聞いた、それを」
リーゼロッテさんの顔が、みるみる赤くなった。
「サノから聞いた」
「銀さん!?」
咄嗟に言い訳を探すおれをよそに、リーゼロッテさんは、ものすごい形相でこちらを睨んできた。
「お前、あの時、見ていたのか」
「い、いや、その、偶然、通りかかっただけで」
「串焼き一本くらい、味を吟味していただけだ! 金がなかったわけではない!」
「三軒目だったって、屋台の店主が言ってましたよ」
「うるさい!!」
リーゼロッテさんが、顔を真っ赤にして怒鳴った。おれと銀さんは、思わず顔を見合わせて、噴き出しそうになるのを堪えた。
この人にも、こんな可愛げのある一面があったのか。逃亡生活二十日目にして、新たな発見だった。
◇ ◇ ◇
結局、リーゼロッテさんが手配した馬三頭で、おれたちは西方のヴェルダンを目指すことになった。馬に乗るのは初めての経験で、おれは早々に振り落とされかけた。
「サノ、手綱はもっと落ち着いて持て」
「落ち着けって言われても、この生き物、想像以上に自由に動くんですよ!」
「情けない声を出すな、勇者だろう」
「勇者関係ないでしょこれ!」
リーゼロッテさんが、器用に馬を操りながら、呆れた顔でこちらを見た。銀さんも、意外にも馬術は堂に入っていて、優雅に手綱を扱っている。
「銀さん、馬も乗れるんですか」
「聖女の嗜みだ」
「その嗜みの範囲、広すぎません? 護身術に、馬術に」
「聖女とは、多才であるべきなのだ」
火起こしだけは、その「多才」から漏れていたことを、おれは黙っておくことにした。
◇ ◇ ◇
西方への街道を、三頭の馬が並んで進んでいく。逃げる者と、追う者――だったはずの三人が、今は同じ目的地を目指して、肩を並べていた。
「なあ、リーゼロッテさん」
「なんだ」
「おれのこと、いつ捕まえるんですか」
ふと気になって、聞いてみた。休戦とはいえ、いつまでも続くものではないだろう。
リーゼロッテさんは、しばらく黙って、前方の街道を見つめていた。
「……聖遺物の一件が片付くまでは、動かん。それが片付いた後のことは、その時に考える」
「先延ばし、ってことですか」
「先延ばしと言うな。優先順位の問題だ」
その言葉に、おれは、少しだけほっとする自分と、少しだけ複雑な気持ちになる自分を、同時に感じていた。
逃亡生活二十日目、旅の一団に、思わぬ新メンバーが加わった。三人の道は、西方の都市ヴェルダンへと、まっすぐに続いていた。
――なお、このときのおれは知らなかった。
その夜、野営の焚き火を囲みながら、銀さんが密かにリーゼロッテさんに耳打ちしていたことを。
「なあ、リーゼロッテ。お前、サノのことをどう思う」
「どう、とは」
「いや、なに。妙に必死に庇っていた気がしたのでな」
「そ、それは、任務上の判断だ! 深い意味はない!」
「そうか。ならばいい」
銀さんは、フードの下で、にやりと笑っていた。
「単に、揶揄っただけだ」
「揶揄うな!!」
逃亡劇の裏で、新たな火種が、静かに燻り始めていた。おれの与り知らぬところで。




