おれ、鷹と束の間の共闘をして、加減の限界に挑む
◇ ◇ ◇
男たちが、一斉に襲いかかってきた。
「――っ!」
おれは、迫る拳を、紙一重で躱した。反撃、加減、加減。頭の中で、その二文字が高速で点滅する。
一人目の男の腹に、拳を叩き込む。全力の、体感で百分の一くらい。それでも、男は「ぐはっ」と声を上げて、後方に吹っ飛び、壁に激突して崩れ落ちた。
(力加減、まだ強い……!)
手加減したつもりが、結果は「壁に激突」だ。狼のときよりはマシだが、まだ「無力化」の範疇を超えている気がする。だが、悩んでいる暇はなかった。二人目、三人目が、間髪入れずに襲ってくる。
「サノ、右!」
銀さんの声に、反射的に体を捻る。すんでのところで、短剣の一撃を躱した。
「銀さん、そっちは!」
「問題ない!」
銀さんは、燭台を振り回しながら、男の一人と切り結んでいた。聖女の腕前、想像以上に様になっている。というか、明らかに素人の動きじゃない。
「あなた、修行って言ってたの、まさか」
「聖女の修行には、護身術も含まれる! 詳しい話は後だ!」
◇ ◇ ◇
乱闘は、混沌としていた。おれは加減に苦戦しながらも、なんとか男たちを一人また一人と無力化していく。壁にめり込ませたり、天井近くまで吹っ飛ばしかけたりと、無力化のたびに「これ大丈夫か」と内心冷や汗をかきながらも、幸い、命に関わるほどの怪我人は出ていない――はずだ。多分。
「くそっ、この坊主、化け物か!?」
リーダー格の男が、怯んだ声を上げた。おれとしても、化け物呼ばわりされるのは心外だが、状況的に否定できる材料もない。
残るは、リーダー格の男を含めて二人。おれと銀さんが、じりじりと間合いを詰めたその時――
通路の奥から、新たな足音が響いた。
「――そこまでだ」
現れたのは、剣を抜いた、赤毛の騎士だった。
◇ ◇ ◇
全員の動きが、一瞬止まった。
「リーゼロッテ、さん……」
おれの声に、リーゼロッテさんは、まっすぐこちらを見た。だが、その目に浮かんでいるのは、捕縛の意志ではなく、状況を把握しようとする、鋭い観察の色だった。
「賊が五人、対して旅人が二人か。……随分と、無茶な人数比だな」
「そうなんですよ、聞いてくださいよこの状況」
「お前に話しかけたわけではない」
バッサリ切り捨てられた。だが、リーゼロッテさんは、剣を構えたまま、残る二人の賊に向き直った。
「お前たち、この教会の地下で何をしていた。神殿の管理する聖遺物の隠匿に関わっているという情報がある。正直に話せば、罪一等は減じよう」
「な……!? 王国の騎士がなんでこんなとこに」
リーダー格の男が、明らかに動揺した様子を見せた。
「ちっ……こうなったら」
男は、懐から何かを取り出した。小さな、黒い球体だ。
「くらえ!」
男が、球体を地面に叩きつけた。次の瞬間、通路一帯に、もうもうたる煙が立ち込めた。
「――っ! 目くらましか!」
リーゼロッテさんの声が響く。おれは咄嗟に目を守りながら、銀さんの気配を探った。
「銀さん、大丈夫ですか!」
「ここにいる! お前もな!」
煙の中、手探りで銀さんの腕を掴む。ふと、リーゼロッテさんの声も、すぐ近くから聞こえた。
「くそ、視界が……! お前たち、二人とも、無事か!」
「あ、はい! なんとか!」
「え」
気づいて、おれは固まった。今、リーゼロッテさんが、「おれたち」の安否を、真っ先に気にかけた。捕縛対象のはずの、おれたちの。
◇ ◇ ◇
煙が晴れた頃には、賊たちは全員、姿を消していた。木箱も、ほとんどが空になっている。
「逃げられたか……」
リーゼロッテさんが、悔しそうに舌打ちした。おれと銀さんは、警戒しながらも、その様子を窺っていた。
「あの、リーゼロッテさん」
「なんだ」
「おれたちのこと、なんで助けたんですか。捕まえに来たんじゃ」
リーゼロッテさんは、剣を鞘に収めながら、しばらく黙っていた。
「……賊の数が、多すぎた。いかにお前らが只者でなさそうとはいえ、五人相手は分が悪い。見過ごせば、寝覚めが悪い」
「それだけ、ですか」
「それだけだ」
素っ気ない答えだったが、その口調に、以前のような刺々しさは、なぜか薄れている気がした。
「それに」
リーゼロッテさんは、崩れた木箱の跡を見渡しながら、続けた。
「この場所、神殿から預かった調査依頼の対象地でもある。聖遺物の隠匿疑惑、王国も無関係ではない。……お前らを追っていたのも、結局は、その一環だ」
「聖遺物の件、王国も動いてたんですか」
「ああ。聖女さまの失踪と、聖遺物の紛失。両方が同時期に起きたことを、王国は偶然とは見ていない。……だからこそ、私は、聖女さまの――」
言いかけて、リーゼロッテさんは、ふと言葉を切った。銀さんを、まっすぐ見つめる。
「リリアーヌ様。単刀直入に聞く。あなたは、聖遺物の紛失に、関与しているのか」
その問いに、銀さんは、フードを外した。
初めて、はっきりと明かされた素顔――白磁のような肌に、意志の強そうな紫の瞳。噂に聞く聖女の美貌は、伊達ではなかった。
「関与はしていない。だが、犯人の顔を見た。だから、消される前に逃げた」
「……その言葉、信じていいのか」
「信じるかどうかは、お前が決めることだ。だが、少なくとも、今この場で賊と戦っていた事実だけは、嘘ではあるまい」
リーゼロッテさんは、しばらく銀さんを見つめた後、静かに剣を完全に収めた。
「……分かった。この場は、いったん、休戦としよう。聖遺物の真相を明らかにすることは、王国にとっても、望ましい」
「休戦、か。都合のいい提案だな」
「文句があるなら、賊を再び呼び戻すぞ」
「いや、こちらとしても、望むところだ」
銀さんは、そう言って、フードを深く被り直した。
◇ ◇ ◇
かくして、逃亡生活十九日目、おれたちは、追ってきたはずの騎士と、思わぬ形で手を組むことになった。
「この状況、なんかもう、わけ分かんなくなってきましたね」
「世の中とは、そういうものだ」
「あなたが言うと、妙に説得力あります」
リーゼロッテさんは、部下を呼び戻すべく、教会の外へと歩いていった。おれと銀さんは、顔を見合わせて、どちらからともなく、小さく息を吐いた。
「サノ、疲れたか」
「疲れました。加減しながらの戦闘、想像以上に神経使いますね」
「よくやった。及第点だ」
「褒められてる気がしないんですけど」
銀さんは、珍しく、小さく笑った。
「まあ、いい。……とにかく、聖遺物の手がかりは、また逃げた。次の一手を、考えねばな」
逃亡者と、追跡者。立場は変わらないはずなのに、目的地は、なぜか同じ方向を向き始めていた。
――なお、このときのおれは知らなかった。
教会の外で、リーゼロッテが部下に、こう告げていたことを。
「王都への報告は、しばらく保留にする」
「よろしいのですか、隊長補佐」
「今、報告すれば、王国は問答無用でサノとリリアーヌ様を確保しに動く。……だが、事は聖遺物が絡んでいる。下手に動けば、真相ごと闇に葬られかねん」
リーゼロッテは、教会を振り返った。
「もう少し、あの二人の動きを、見極めさせてもらう」
鷹は、獲物を狩る手を止め、代わりに、ひとつの選択をしていた。




