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異世界転生したら勇者だと言われたので逃亡します  作者: すみっこSE


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19/24

おれ、鷹と束の間の共闘をして、加減の限界に挑む

 ◇ ◇ ◇

男たちが、一斉に襲いかかってきた。

「――っ!」

おれは、迫る拳を、紙一重で躱した。反撃、加減、加減。頭の中で、その二文字が高速で点滅する。

一人目の男の腹に、拳を叩き込む。全力の、体感で百分の一くらい。それでも、男は「ぐはっ」と声を上げて、後方に吹っ飛び、壁に激突して崩れ落ちた。

(力加減、まだ強い……!)

手加減したつもりが、結果は「壁に激突」だ。狼のときよりはマシだが、まだ「無力化」の範疇を超えている気がする。だが、悩んでいる暇はなかった。二人目、三人目が、間髪入れずに襲ってくる。

「サノ、右!」

銀さんの声に、反射的に体を捻る。すんでのところで、短剣の一撃を躱した。

「銀さん、そっちは!」

「問題ない!」

銀さんは、燭台を振り回しながら、男の一人と切り結んでいた。聖女の腕前、想像以上に様になっている。というか、明らかに素人の動きじゃない。

「あなた、修行って言ってたの、まさか」

「聖女の修行には、護身術も含まれる! 詳しい話は後だ!」

 ◇ ◇ ◇

乱闘は、混沌としていた。おれは加減に苦戦しながらも、なんとか男たちを一人また一人と無力化していく。壁にめり込ませたり、天井近くまで吹っ飛ばしかけたりと、無力化のたびに「これ大丈夫か」と内心冷や汗をかきながらも、幸い、命に関わるほどの怪我人は出ていない――はずだ。多分。

「くそっ、この坊主、化け物か!?」

リーダー格の男が、怯んだ声を上げた。おれとしても、化け物呼ばわりされるのは心外だが、状況的に否定できる材料もない。

残るは、リーダー格の男を含めて二人。おれと銀さんが、じりじりと間合いを詰めたその時――

通路の奥から、新たな足音が響いた。

「――そこまでだ」

現れたのは、剣を抜いた、赤毛の騎士だった。

 ◇ ◇ ◇

全員の動きが、一瞬止まった。

「リーゼロッテ、さん……」

おれの声に、リーゼロッテさんは、まっすぐこちらを見た。だが、その目に浮かんでいるのは、捕縛の意志ではなく、状況を把握しようとする、鋭い観察の色だった。

「賊が五人、対して旅人が二人か。……随分と、無茶な人数比だな」

「そうなんですよ、聞いてくださいよこの状況」

「お前に話しかけたわけではない」

バッサリ切り捨てられた。だが、リーゼロッテさんは、剣を構えたまま、残る二人の賊に向き直った。

「お前たち、この教会の地下で何をしていた。神殿の管理する聖遺物の隠匿に関わっているという情報がある。正直に話せば、罪一等は減じよう」

「な……!? 王国の騎士がなんでこんなとこに」

リーダー格の男が、明らかに動揺した様子を見せた。

「ちっ……こうなったら」

男は、懐から何かを取り出した。小さな、黒い球体だ。

「くらえ!」

男が、球体を地面に叩きつけた。次の瞬間、通路一帯に、もうもうたる煙が立ち込めた。

「――っ! 目くらましか!」

リーゼロッテさんの声が響く。おれは咄嗟に目を守りながら、銀さんの気配を探った。

「銀さん、大丈夫ですか!」

「ここにいる! お前もな!」

煙の中、手探りで銀さんの腕を掴む。ふと、リーゼロッテさんの声も、すぐ近くから聞こえた。

「くそ、視界が……! お前たち、二人とも、無事か!」

「あ、はい! なんとか!」

「え」

気づいて、おれは固まった。今、リーゼロッテさんが、「おれたち」の安否を、真っ先に気にかけた。捕縛対象のはずの、おれたちの。

 ◇ ◇ ◇

煙が晴れた頃には、賊たちは全員、姿を消していた。木箱も、ほとんどが空になっている。

「逃げられたか……」

リーゼロッテさんが、悔しそうに舌打ちした。おれと銀さんは、警戒しながらも、その様子を窺っていた。

「あの、リーゼロッテさん」

「なんだ」

「おれたちのこと、なんで助けたんですか。捕まえに来たんじゃ」

リーゼロッテさんは、剣を鞘に収めながら、しばらく黙っていた。

「……賊の数が、多すぎた。いかにお前らが只者でなさそうとはいえ、五人相手は分が悪い。見過ごせば、寝覚めが悪い」

「それだけ、ですか」

「それだけだ」

素っ気ない答えだったが、その口調に、以前のような刺々しさは、なぜか薄れている気がした。

「それに」

リーゼロッテさんは、崩れた木箱の跡を見渡しながら、続けた。

「この場所、神殿から預かった調査依頼の対象地でもある。聖遺物の隠匿疑惑、王国も無関係ではない。……お前らを追っていたのも、結局は、その一環だ」

「聖遺物の件、王国も動いてたんですか」

「ああ。聖女さまの失踪と、聖遺物の紛失。両方が同時期に起きたことを、王国は偶然とは見ていない。……だからこそ、私は、聖女さまの――」

言いかけて、リーゼロッテさんは、ふと言葉を切った。銀さんを、まっすぐ見つめる。

「リリアーヌ様。単刀直入に聞く。あなたは、聖遺物の紛失に、関与しているのか」

その問いに、銀さんは、フードを外した。

初めて、はっきりと明かされた素顔――白磁のような肌に、意志の強そうな紫の瞳。噂に聞く聖女の美貌は、伊達ではなかった。

「関与はしていない。だが、犯人の顔を見た。だから、消される前に逃げた」

「……その言葉、信じていいのか」

「信じるかどうかは、お前が決めることだ。だが、少なくとも、今この場で賊と戦っていた事実だけは、嘘ではあるまい」

リーゼロッテさんは、しばらく銀さんを見つめた後、静かに剣を完全に収めた。

「……分かった。この場は、いったん、休戦としよう。聖遺物の真相を明らかにすることは、王国にとっても、望ましい」

「休戦、か。都合のいい提案だな」

「文句があるなら、賊を再び呼び戻すぞ」

「いや、こちらとしても、望むところだ」

銀さんは、そう言って、フードを深く被り直した。

 ◇ ◇ ◇

かくして、逃亡生活十九日目、おれたちは、追ってきたはずの騎士と、思わぬ形で手を組むことになった。

「この状況、なんかもう、わけ分かんなくなってきましたね」

「世の中とは、そういうものだ」

「あなたが言うと、妙に説得力あります」

リーゼロッテさんは、部下を呼び戻すべく、教会の外へと歩いていった。おれと銀さんは、顔を見合わせて、どちらからともなく、小さく息を吐いた。

「サノ、疲れたか」

「疲れました。加減しながらの戦闘、想像以上に神経使いますね」

「よくやった。及第点だ」

「褒められてる気がしないんですけど」

銀さんは、珍しく、小さく笑った。

「まあ、いい。……とにかく、聖遺物の手がかりは、また逃げた。次の一手を、考えねばな」

逃亡者と、追跡者。立場は変わらないはずなのに、目的地は、なぜか同じ方向を向き始めていた。

――なお、このときのおれは知らなかった。

教会の外で、リーゼロッテが部下に、こう告げていたことを。

「王都への報告は、しばらく保留にする」

「よろしいのですか、隊長補佐」

「今、報告すれば、王国は問答無用でサノとリリアーヌ様を確保しに動く。……だが、事は聖遺物が絡んでいる。下手に動けば、真相ごと闇に葬られかねん」

リーゼロッテは、教会を振り返った。

「もう少し、あの二人の動きを、見極めさせてもらう」

鷹は、獲物を狩る手を止め、代わりに、ひとつの選択をしていた。

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