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異世界転生したら勇者だと言われたので逃亡します  作者: すみっこSE


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18/39

おれ、廃教会に到着して、先客の気配に息を潜める

 ◇ ◇ ◇

逃亡生活十九日目。四日間の強行軍の末、おれと銀さんは、ようやく目的地にたどり着いた。

東部の森の奥、木々の合間に、朽ちかけた石造りの建物が佇んでいる。かつては立派な教会だったのだろう、尖塔の一部が崩れ、蔦が壁面を覆い尽くしていた。

「……思ったより、雰囲気ありますね」

「怖いのか」

「怖いとは言ってません。雰囲気があるって言ったんです」

「震えているようだが」

「四日間歩き詰めで、脚が疲労で震えてるだけです」

半分嘘だった。正直、この手の「いかにも何か出そうな廃墟」は、前世含めて得意分野じゃない。ラノベは読んでも、ホラーゲームは苦手なタイプだった。

「安心しろ、幽霊の類は、聖女の権能で祓える」

「その権能、火起こしでは全然発揮されませんでしたけどね」

「話が別だ」

銀さんは、ムッとした顔で、教会の入り口へと歩みを進めた。おれは、内心びくびくしながら、その後を追った。

 ◇ ◇ ◇

教会の中は、外観以上に荒れ果てていた。崩れた祭壇、埃を被った長椅子、割れたステンドグラスから差し込む、色褪せた光。

「うわ、なんか、絵に描いたような廃教会ですね」

「静かにしろ。物音を立てるな」

銀さんは、腰の――そう言えばこの人、旅の間ずっと得物らしきものを持っていなかった――代わりに、床に落ちていた鉄の燭台を拾い上げ、武器代わりに構えた。

「銀さん、その燭台、武器になるんですか」

「なる。私の腕なら」

「聖女の権能で殴るんですね」

「祓うと殴るは、紙一重だ」

物騒な理屈だったが、今は突っ込む余裕もなかった。おれたちは、崩れた祭壇の奥、地下へと続く階段を見つけ、そろそろと降りていった。

 ◇ ◇ ◇

地下は、意外にも、比較的しっかりした造りだった。石の通路が奥へと続いており、壁には、風化した宗教画が描かれている。

「マーサさんの情報だと、この地下に、聖遺物の取引一味が潜んでるって話でしたよね」

「ああ。だが――」

銀さんが、足を止めた。

「静かすぎる」

言われて、おれも気づいた。地下通路は、しんと静まり返っている。人の気配も、荷物の気配も、何もない。

「もぬけの殻、ってやつですかね」

「あるいは、すでに移動した後か」

銀さんは、慎重に通路の奥へと進んだ。突き当りには、比較的新しく見える木箱がいくつか、放置されていた。

「これ、荷物の跡ですかね」

「調べてみるぞ」

銀さんが、木箱の一つを開けようとした、その時。

「――動くな」

通路の奥、暗闇の中から、低い声が響いた。

 ◇ ◇ ◇

おれと銀さんは、反射的に身を固くした。暗闇の奥から、複数の足音が近づいてくる。

「……先客、ですかね」

「間違いなく」

声のトーンからして、友好的な雰囲気ではない。おれは、無意識に拳を握った。加減、加減。この状況で本気を出したら、それはそれで面倒なことになる。

やがて、暗闇の中から、五人ほどの男たちが姿を現した。全員、粗末な武装をしているが、隙のない身のこなしだ。ただの野盗ではなさそうだった。

「見ない顔だな、坊主とお嬢ちゃん。ここが何の場所か、分かって入ってきたのか」

先頭の、リーダー格らしき大柄な男が、じろりとこちらを睨んだ。

「あの、道に迷っただけの旅人でして」

おれは、精一杯とぼけてみせた。

「道に迷った旅人が、わざわざ地下通路まで下りてくるか?」

「肝試し、みたいな」

「なるほどな」

男は、ふん、と鼻を鳴らして――それから、部下に目配せした。

「ま、理由はどうでもいい。悪いが、ここを見た以上、生きて帰すわけにはいかねえんだわ」

空気が、一気に張り詰めた。

 ◇ ◇ ◇

「銀さん」

「分かっている」

おれたちは、背中合わせに構えた。相手は五人。おれの力を全開にすれば、瞬時に片が付くかもしれない。だが――目撃者を作るわけにはいかない。加減が、ここでも足かせになる。

「サノ、お前は加減しろ。殺すな、大怪我もさせるな。だが、確実に無力化はしろ」

「無茶振りがすごい」

「聖女からの、有難い依頼だと思え」

男たちが、じりじりと距離を詰めてくる。おれは深呼吸をひとつして、拳を構えた。

(狼を吹っ飛ばした時の、あの十分の一……いや、百分の一くらいで)

難しい注文だ。だが、この十九日間の逃亡生活で鍛えてきた「加減」の集大成を、今、発揮する時だった。

「行くぞ、サノ」

「はい」

銀さんが、燭台を構えて、先頭に躍り出た。おれも、拳を握りしめて、その後に続いた。

――なお、このときのおれは知らなかった。

この乱闘の物音が、実は地上――教会の外にまで、かすかに響いていたことを。

そして、その物音に気づいた一人の赤毛の騎士が、馬を降り、剣を抜きながら、崩れた教会の入り口へと、静かに歩みを進めていたことを。

「……何かある。中に、誰かいるな」

リーゼロッテ・クロイツは、教会の入り口を見上げ、剣の柄を握り直した。

「サノ、リリアーヌ様……無事でいろよ」

鷹は、ついに、獲物のいる巣穴の前に立っていた。

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