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異世界転生したら勇者だと言われたので逃亡します  作者: すみっこSE


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15/27

おれ、名簿の危機を潜り抜けて、聖遺物の手がかりを得る

 ◇ ◇ ◇

逃亡生活十五日目の朝。おれは日雇いの仕事を求めて、銀さんと共に商業組合の掲示板の前に立っていた。

「今日はおれが交渉します。昨日の教訓を活かして」

「不服だが、任せる」

銀さんは、昨日の値切り負け交渉を根に持たれているのが分かっているのか、素直に一歩下がった。おれは掲示板の張り紙から、比較的マシな条件のものを選んだ。

『倉庫番、一日、銅貨十二枚。身元確認あり』

「……身元確認あり、って書いてありますね」

「やめておけ。危険だ」

「ですよね」

二人で頷き合い、その張り紙は候補から外した。逃亡者にとって「身元確認」の四文字は、地雷原の看板と同義である。

結局、別の『荷馬車の積み下ろし、日当銅貨十枚、当日払い、身元不問』という求人に落ち着いた。身元不問。今のおれたちにとって、これ以上ない魔法の四文字だ。

 ◇ ◇ ◇

積み下ろしの仕事場は、大通りから少し外れた商会の裏手だった。既に何人かの日雇い労働者が集まっている。おれと銀さんも、その列に並んだ。

「お前ら、初めての顔だな。名前は」

監督らしき男が、帳面を片手に聞いてきた。

「サノです」

「私は――」

銀さんが名乗りかけたところで、おれは慌てて言葉を継いだ。

「妹です。銀って呼んでます」

「妹ぃ!?」

銀さんが小声で抗議してきた。おれは平然と続けた。

「兄妹で日雇いやってるんです。仲良くやってますよ」

「……ふん、まあいい。二人とも、あっちの荷馬車から頼む」

監督が離れた後、銀さんが小声で詰め寄ってきた。

「妹とは何だ、妹とは」

「咄嗟に出ただけです。他に何かいい設定ありました?」

「恋人、とか」

「そっちの方が絶対まずいでしょう。目立つし、あなたの正体的にもリスクです」

「妹も大概、私の尊厳的にリスクだが」

銀さんはぶつぶつ言いながらも、荷馬車の方へと歩いていった。おれは内心で(この兄妹設定、ミレの元カノ設定に続く、おれの逃亡人生二つ目の変な副産物だな)と思いながら、その後を追った。

 ◇ ◇ ◇

荷下ろしの仕事は、単純だが地味にきつかった。木箱や麻袋を、荷馬車から倉庫へ、ひたすら運ぶ。おれは加減の練習も兼ねて、慎重に、周りの労働者と同じくらいのペースで運んだ。

「兄さん、力あるね」銀さんが、わざとらしく「妹」設定に乗っかってきた。「うちの村じゃ、兄さんが一番の力自慢だったのよ」

「あなた、その設定楽しんでません?」

「案外面白いものだな、妹役」

「油断すると口調戻ってますよ、聖女様」

「しまった」

銀さんは慌てて咳払いをして、それらしい口調に戻した。この人の「妹」演技、正直かなり怪しい。だが、周りの労働者は特に気にする様子もなく、それぞれ自分の作業に集中していた。都会の日雇い現場、他人への関心は薄いらしい。ありがたい話だ。

昼過ぎ、休憩の合間に、監督が数人の労働者に声をかけているのが見えた。

「お前ら、最近この辺りで見ない顔だな。ちょっと詰め所に届け出る名簿、確認させてくれ」

心臓が、跳ねた。

名簿。昨夜のリーゼロッテさんの動きを思い出す。まさか、もう。

「おい、そこの兄妹」

監督が、こちらに近づいてきた。おれと銀さんは、反射的に顔を見合わせた。

「お前らも、名前と出身、書いてってくれ。最近、王国の騎士様が、この辺りの日雇い名簿を確認したいって話が回ってきててな」

やっぱりだ。おれの頭の中で、警報が鳴り響いた。

 ◇ ◇ ◇

「あの、それ、必須ですか」

おれは、精一杯平静を装って聞いた。声が震えていないか、内心びくびくしながら。

「まあ、断ってもいいが……そういう奴は、次から仕事回さねえけどな」

監督は、面倒くさそうに言った。強制ではない。だが、事実上の踏み絵だ。

(どうする……ここで名前を書けば、名簿に残る。リーゼロッテさんがそれを確認すれば、一発でアウトだ)

だが、断れば、この監督に不審に思われる。日雇いの職探し自体が難しくなる可能性もある。

おれが逡巡していると、隣の銀さんが、さらりと口を開いた。

「監督さん、実はあたしたち、訳ありで。田舎で借金取りに追われてましてね。名前、書いちゃうとまずいんです」

「あー……借金持ちか。まあ、そういうのはこの町にもよくいるな」

監督は、あっさりと納得した様子だった。

「分かった、お前らは名簿なしでいい。ただし、口外はするなよ。おれも見なかったことにするから」

「ありがとうございます、恩に着ます」

銀さんは、深々と頭を下げた。おれも慌てて倣った。監督が離れていった後、おれは小声で銀さんに聞いた。

「今の、よく思いつきましたね」

「借金取りは、この手の交渉で、割と便利な言い訳でな。以前、別件で使ったことがある」

「聖女様が借金取りから逃げる嘘、板についてるのやばいですね」

「褒めるな、複雑な気分になる」

 ◇ ◇ ◇

夕方、無事に日当を受け取って商会を後にすると、宿の前で、誰かが待っていた。

マーサさんだった。フードを目深に被り、そわそわと辺りを見回している。

「リリアーヌ様! 良かった、いらっしゃいましたね」

「マーサ、どうした。店に近づくなと言ったはずだが」

「そうも言ってられなくなったんですよ。……手がかり、掴めました」

おれと銀さんは、思わず顔を見合わせた。

マーサさんは、辺りを警戒しながら、小さな紙片を銀さんに手渡した。

「聖遺物、この国の東部にある廃教会に、一時的に隠されているらしいという情報です。持ち出した犯人の一味が、取引相手を探して、しばらくそこに留まってるとか」

「確かな情報か」

「あたしの伝手の中でも、一番信用できる筋からです。ただし――」

マーサさんの声が、少し曇った。

「その筋、正直、あんまり褒められた連中じゃないです。裏社会に片足突っ込んでる連中で。情報料も、結構ふっかけられました」

「金なら、後で工面する」

「それより、リリアーヌ様」

マーサさんは、フードの奥から、真剣な目で銀さんを見つめた。

「この件、本当に首突っ込んで大丈夫なんですか。相手、神殿が本気で追ってるレベルの案件ですよ。あたしの伝手なんかより、もっと確かな――」

「もっと確かな、誰に頼めと言うんだ」

銀さんの声が、わずかに硬くなった。

「私が信用できるのは、お前しかいない。……昔から、変わらずにな」

その一言に、マーサさんは、何かを言いかけて、口をつぐんだ。二人の間に、おれには読み取れない、複雑な空気が流れた。

(やっぱり、何かあるんだよな、この二人)

おれは、それ以上踏み込まず、黙って様子を見守った。

 ◇ ◇ ◇

マーサさんが去った後、おれは紙片を覗き込む銀さんの横顔を見つめた。

「銀さん、東部の廃教会、行くんですか」

「行く。……サノ、お前も来るか」

「聞くまでもないでしょう。ここまで来て、はいさよならとはならないですよ」

「そうか」

銀さんは、少しだけ、口元を緩めた。

「明日、出発の準備をする。……お前の力、頼りにしているぞ」

「頼りにされるの、複雑な気分なんですけどね」

「それはお互い様だ」

逃亡生活十五日目、事態は、いよいよ核心へと近づき始めていた。名簿の危機は今日のところ切り抜けたが、リーゼロッテさんの捜査網は、確実にこちらへ迫っている。

――なお、このときのおれは知らなかった。

マーサが宿の前を去った直後、少し離れた路地から、その後ろ姿をじっと見つめていた人影があったことを。

リーゼロッテ・クロイツは、監督から聞き込んだ「借金取りに追われる兄妹」の話を、まだ半信半疑で反芻していた。

「……借金取り、か。名簿を拒む理由にしては、出来すぎている。真偽はともかく、探ってみる価値はありそうだな」

彼女は、フードの女――マーサ――が消えた路地の方角を、静かに見つめた。

「次は、あの女を追ってみるか」

鷹の狩場は、少しずつ、狭まってきていた。

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