表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したら勇者だと言われたので逃亡します  作者: すみっこSE


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/23

おれ、正体を握られて、密告の気配に気づく

 ◇ ◇ ◇

逃亡生活十三日目の夜。宿の一室で、おれは銀さんと、微妙な距離を置いて向かい合っていた。

「……それで、いつまで黙ってるつもりだったんですか」

「別に黙ってはいない」

「初日から気づいてたのに、今日まで黙ってたのは、黙ってたって言うんですよ」

「言葉の綾だ」

銀さんは、悪びれもせず、宿の粗末な椅子にふんぞり返っていた。そして、おれの荷物からしれっとパンを一つ失敬している。

「あ、それ今日の晩飯用の」

「今、食いたい気分になった」

「気分で人の晩飯奪わないでください」

「半分やる」

「半分て。もう半分齧った後に言うやつじゃないですよそれ」

銀さんは、齧りかけのパンを、悪びれもせずこちらに差し出した。おれは深いため息をついて、パンの残りを、渡された通りに受け取った。もう慣れた。慣れたくなかったが、慣れた。

「なんか、こう、いろいろ台無しになった気分なんですけど」

「何がだ」

「必死に隠してきたのが、馬鹿らしくなるっていうか。ケルシュで出会った初日から気づいてたなら、もっと早く言ってくれてもよかったのでは」

「言う理由がなかったからな。お前が困っている顔を見るのは、それはそれで面白かった」

「正直すぎる!」

「正直は美徳だ」

「都合のいいときだけ美徳連呼しますよね、あなた」

銀さんは、悪びれず二個目のパンに手を伸ばした。おれはとっさにパン袋を死守した。今日の学び、聖女様は財布だけでなく晩飯にも容赦がない。

 ◇ ◇ ◇

「まあ、いい」銀さんが、話を切り替えるように言った。「私はお前の正体を、神殿にも、王国にも売る気はない。安心しろ」

「……なんでそう言い切れるんですか」

「逃亡者同士の仁義だ。それに――」

銀さんは、少し言葉を切って、それから続けた。

「勇者の力を持つ護衛が一人いれば、私の道中も、多少は安全になる。実利の話でもある」

「結局、実利ですか」

「実利のない親切など、長続きせん」

「その理屈で言うと、おれのパンを奪う実利は何なんですか」

「腹が減っていた。実利とは、時に単純だ」

「哲学っぽく言っても誤魔化されないですからね」

銀さんは、聞こえないふりでパン袋にまた手を伸ばそうとした。おれは無言でその手を叩き落とした。加減はきちんとした。パンより大事なものは、ない。

「ただし」

銀さんが、ふと真剣な顔になった。急に空気が変わるので、こっちの感情がついていかない。

「お前の正体、私は口外せんが――マーサは、少し話が別だ」

「別、というと」

「あいつは、昔、裏の情報屋稼業に足を突っ込んでいた。今は堅気を装っているが、金の匂いには今も敏感だ。お前の正体を知れば、それを売って一儲け企むくらいのことは、平気でやりかねん」

心臓が、すっと冷たくなった。

「え、それ、大丈夫なんですか」

「……普段は、そんな真似はしない女だ。だが、状況による」

銀さんの声に、わずかな迷いが混じった。何かを言いかけて、やめたような、そんな間だった。

「銀さん?」

「……いや、なんでもない。念のため、しばらくは店に近づくのは避けろ」

「あなたは近づくんですか」

「私は関係者だからな」

「関係者が一番危ないと思うんですけど」

銀さんは、それには答えず、三個目のパンに手を伸ばした。おれは無言でパン袋を頭上に掲げた。銀さんが物欲しそうにそれを見上げる構図が、聖女様の威厳をだいぶ損なっていた。

 ◇ ◇ ◇

翌朝。おれは一人で、宿の近くの市場に食料の調達に出ていた。銀さんはマーサの店に「情報の進捗確認」で向かうと言って、朝から出かけている。ちなみに出がけに「パン、もっと買っておけ」と要求された。聖女様、逃亡中だろうと食欲は健在らしい。

パンと干し肉を(念のため昨日の三倍量)買い込んで宿に戻る途中、ふと、おれは路地の奥で、妙な人影に気づいた。

情報屋然とした身なりの、フードを被った男が二人、路地の隅で何やら話し込んでいる。見覚えはない顔だ。だが、道具屋の看板の陰から漏れ聞こえた単語に、おれは思わず足を止めた。

「――だから、その情報、間違いないんだな」

「マーサの店から出た話だ。間違いない。聖女様のお供に、王国の捜す黒髪の男が加わってるってな」

心臓が、跳ねた。マーサ、から出た話。

「その男、たしか名は」

「サノ、とか言ったか。詳しくは、これから王国側に探りを入れてみる。褒賞次第じゃ、こっちから売り込むのも手だ」

二人の男は、そう言って、路地の奥へと消えていった。

おれは、しばらくその場から動けなかった。パンの入った袋を、無意識に握りしめる。危ない。買ったばかりのパンが、また粉々になるところだった。緊張すると力加減が飛ぶの、いい加減治したい。

(マーサさんが、売った……?)

銀さんが「あいつは金の匂いに敏感だ」と言っていたのを思い出す。まさか、本当に。

いや、待て。冷静に考えろ。この情報が、マーサさんから直接漏れたのか、それとも――マーサさんが依頼した情報屋の、さらに別の筋から漏れたのか。まだ、分からない。

だが、いずれにせよ、状況は良くない方向に進んでいる。

 ◇ ◇ ◇

宿に戻ると、銀さんはまだ帰っていなかった。おれは落ち着かない気持ちで、部屋の中を意味もなく歩き回った。歩き回りながら、無意識にパンを一個かじった。緊張してるのに、腹は減る。人間、いや、転生者の生理現象、正直すぎる。

(銀さんに、今聞いたこと話すべきか……いや、待てよ)

銀さんとマーサさんの間には、何かがある。それは分かっている。だが、その「何か」の中身を、おれはまだ知らない。もしマーサさんが本当に情報を漏らしたのだとしたら、それは、二人の間の因縁と、無関係じゃないのかもしれない。

いや、考えすぎか。単純に、金に困った元情報屋が、うっかり口を滑らせただけかもしれない。

それでも――胸のざわつきは、消えなかった。

昼過ぎ、銀さんが宿に戻ってきた。心なしか、表情が硬い。手には、しっかり土産らしき串焼きの包みを提げていた。緊張感と食欲、この人の中では矛盾しないらしい。

「銀さん、進捗どうでした」

「……芳しくない。マーサの伝手も、思ったより情報を掴めていないようだ。……串焼き、買ってきた。食うか」

「あなた今それどころじゃないでしょう」

「腹が減っては、深刻な話もできぬ」

「さっき自分でも似たようなこと言ってましたね。あなたの人生、常に空腹が最優先事項なんですか」

「聖女とて霞を食って生きているわけではない」

銀さんは、串焼きを一本、当然のようにおれに手渡した。緊迫した空気のはずなのに、二人でもぐもぐ串焼きを食べる時間が、微妙に挟まった。おれはその居心地の悪い平和さに、少しだけ笑ってしまった。

串を食べ終えたところで、おれは、少し迷ってから、路地で聞いた話を、そのまま伝えることにした。隠しておく方が、後で拗れる気がした。

話を聞き終えた銀さんは、しばらく無言だった。串の先を見つめながら、静かに目を伏せる。

「……そうか」

「銀さん、あの、マーサさんのこと、何か知ってるんですよね。おれが聞いても」

「……今は、まだいい」

銀さんは、そう言って、窓の外を見つめた。ラファールの空は、今日も晴れていたが、その横顔には、どこか陰りがあった。

「マーサとのことは、いずれ話す。だが、今はまだ、私の中で整理がついていない」

「分かりました。無理には聞きません」

おれは、それ以上、踏み込まなかった。

「……その代わり」

銀さんが、ふと付け加えた。

「今夜のパン、もう一個くらいくれてもいいだろう」

「空気読んでください、今の流れで!」

しんみりした空気が、見事に霧散した。だが、なんだろう。この人がいつも通りだと、少しだけ、ほっとする自分もいた。

 ◇ ◇ ◇

逃亡者同士の、暗黙の距離感。詮索しない優しさと、踏み込まない冷たさは、案外、紙一重なのかもしれない。

――なお、このときのおれは知らなかった。

その日の夕方、宿の窓の外、路地の暗がりに、見覚えのある赤毛の女が、静かに佇んでいたことを。

「……サノ、と、聖女リリアーヌ、か」

リーゼロッテ・クロイツは、遠くケルシュの港から、ここオーレンスまで、静かに足取りを追い続けていた。

「面白いことになってきたな」

鷹の目は、二重の獲物を、同時に捉えようとしていた。

ちなみに、この鷹、道中の宿代とパン代で、彼女自身の懐もそれなりに寂しくなっていたのだが――それはまた、別の話である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ