表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したら勇者だと言われたので逃亡します  作者: すみっこSE


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/15

おれ、聖女と旅を始めて、早々に神殿の手先と遭遇する

 ◇ ◇ ◇

逃亡生活十一日目。おれは荷馬車の荷台に揺られながら、隣に座る銀さん――もとい、聖女リリアーヌ・フォン・エルステット(仮の呼び名は継続中)を、じとっと見つめていた。

「銀さん、これ以上おれの財布に手を出したら、さすがに怒りますよ」

「何を大袈裟な。屋台の飴玉ひとつだろう」

「昨日は串焼き十本、一昨日は宿代とツケ肩代わり、今朝は謎の壺、そして今、飴玉です。積み重なってるんですよ、それ」

「壺は投資だ」

「何に対する投資なんですか、あの壺」

「私の審美眼への投資だ。いずれ価値が上がる」

「聖女様の審美眼、当てにならなすぎませんか」

銀さんは飴玉を口に放り込みながら、悪びれる様子もなく荷台の縁にもたれかかった。ケルシュの町を出て、内陸部の街道を進む荷馬車の旅は、二日目に突入していた。

御者は無口な行商のおっちゃんで、多少の金を払って便乗させてもらっている。もちろん金は――言うまでもない。

「なあサノ、私を見損なうな。聖女というのは、金銭感覚が浮世離れしているものと相場が決まっている」

「その相場、誰が決めたんですか」

「私が今決めた」

「一貫性、都合よく使いますね」

とはいえ、憎めない人ではある。ミレとはまた違う「危なっかしさ」だが、根っこの部分に嫌な感じがない。ただ財布に厳しいだけだ。厳しすぎるだけだ。

 ◇ ◇ ◇

荷馬車が街道沿いの小さな中継地――「馬の水飲み場」程度の設備しかない休憩所――に差し掛かったところで、御者が休憩を告げた。

おれと銀さんは荷台から降りて、伸びをした。

「いてて……荷馬車の旅、地味に体にくる」

「私は平気だ」

「聖女って体力あるんですか」

「聖女である以前に、私は鍛えている。神殿の修行、伊達ではない」

意外な情報だった。この人、見た目は優雅で頼りなさげなのに、中身は体育会系らしい。人は見た目によらないという、異世界でも通用する真理を、おれは今日また一つ学んだ。

水を飲みながら休んでいると、休憩所の反対側に、白い装束の一団が馬を止めるのが見えた。

白い装束。清潔感のある、宗教関係者っぽい格好。おれは特に気にしなかったが、隣の銀さんの空気が、一瞬でぴりっと張り詰めた。

「……サノ、フードを深く被れ。今すぐだ」

「え、なんです急に」

「神殿の巡察隊だ。動くな、目立つな、喋るな」

有無を言わさぬ声色に、おれは慌てて手持ちの外套のフードを被った。ケルシュで買った、人相書き対策の万能フードだ。まさかこんなに早く出番が来るとは。

「あの、銀さんも顔隠さなくていいんですか」

「私はもう被っている」

「あ、そういえば」

銀さんは元からフードを目深に被っていたので、一見しただけでは変化がない。この人、いつも顔を隠しているのに、今さら緊張してるのが逆に伝わってきて、おれの緊張も余計に高まった。

白装束の一団は、休憩所の御者や旅人に、何やら聞き込みをしている様子だった。声は届かないが、身振りから察するに、誰かを捜しているらしい。

(あれが、噂の神殿の追手……)

リーゼロッテさんとはまた違う種類の緊張感がある。騎士団は「国家権力」の圧だったが、こっちは「宗教組織」の圧だ。得体の知れなさが増している気がする。

「サノ、荷馬車の陰に」

「あ、はい」

おれたちはさりげなく荷馬車の陰に移動した。心臓がばくばく言っている。この感覚、久しぶりだ。リーゼロッテさんとの腕相撲以来の、命の危機感。

白装束の一人が、こちらに近づいてくる足音がした。

「そこの、荷馬車の連れの方々」

声をかけられた。逃げられない距離だ。おれと銀さんは、覚悟を決めて振り返った。

「はい、なんでしょう」

声が震えないよう、精一杯平静を装う。この間の「堂々とする作戦」だ。ただし、腕相撲の教訓を活かして、「堂々としすぎない」ラインを狙う。塩梅、大事。

「この辺りで、銀髪の若い女性を見なかっただろうか。神殿より、大切な神具を紛失した件で捜索している」

「かみぐ?」

おれは思わず聞き返した。神具の紛失? 聖女の逃亡じゃなくて?

「え、あの、聖女さまが逃げたとかじゃなくて」

言った瞬間、隣の銀さんの肘が、おれの脇腹に容赦なくめり込んだ。

「ぐふっ」

「この者は物知らずでな、失礼した」白装束の顔色を窺いながら、銀さんが早口で割って入る。「神具の紛失、初耳だ。我々は見ていない」

「そうか……いや、実はな」

白装束の男は、声を潜めた。

「聖女さまご本人が神殿を出奔された件は、対外的には『療養のため地方へ静養に出られた』と発表しておる。……民の動揺を避けるためにな。だから、あまり大声で言うでない」

「はあ……」

「本当の捜索理由は他にもある。何、いずれ分かることだ。とにかく、銀髪の女を見たら、最寄りの神殿詰め所へ報告を頼む」

白装束の男は、そう言って一団に戻っていった。

おれと銀さんは、しばらく無言で立ち尽くしていた。

 ◇ ◇ ◇

一団が去った後、荷馬車の陰で、おれは脇腹をさすりながら銀さんに詰め寄った。

「今の、めちゃくちゃ痛かったんですけど」

「お前が余計なことを口走るからだ。危うく私だとバレるところだった」

「いや、でも今の会話、なんか変じゃないですか? 『聖女さまが逃げた』ことは隠してて、対外的には静養扱いって」

「……ああ」

「それに『本当の捜索理由は他にもある』って、何なんですか、それ」

銀さんの表情が、フードの下で少し曇った。

「……体裁の問題だ。聖女が自らの意思で逃げ出した、などという醜聞は、神殿としても公にはしたくない。信仰の権威に関わるからな」

「じゃあ、他の理由って」

「……今は言えん」

また、これだ。この人、都合が悪くなると口をつぐむ癖がある。ミレのときのおれと同じパターンだ。逃亡者、みんなこうなるものなのかもしれない。

でも、さっきの白装束の男の口ぶり。あれは、単なる「逃げた聖女を連れ戻す」という話にしては、妙に含みがあった。

「銀さん」

「なんだ」

「深くは聞きません。でも――」

おれは、少し考えて、言葉を選んだ。

「一人で抱えるのがしんどくなったら、言ってください。おれ、あなたに財布を吸われすぎて、もう今さら巻き込まれる量が増えても誤差なんで」

銀さんは、目を丸くした。それから、ふっと、フードの下で小さく笑った気配がした。

「……変な奴だな、お前は」

「よく言われます」

「だが、悪い気はしない。……礼を言う」

珍しく、素直な言葉だった。おれは何だか照れくさくなって、頬をかいた。

 ◇ ◇ ◇

荷馬車が再び走り出してから、おれは荷台の隅で、こっそり考え込んでいた。

聖女の失踪。神殿が隠したがる、本当の捜索理由。単なる「聖女様、戻ってきて」以上の何か。

王国から逃げるおれ。神殿から逃げる銀さん。似た者同士だと思っていたが、もしかしたら、銀さんの抱えている事情は、おれの想像以上に大きいものなのかもしれない。

「銀さん、次の町までどのくらいです?」

「御者いわく、あと二日だそうだ。町の名は――」

「オーレンス、だ」御者のおっちゃんが横から口を挟んだ。「この国じゃそこそこ大きい商業都市だぞ」

「オーレンス、か」

銀さんが、その名前を聞いて、少しだけ、遠い目をした。

「あそこには、少し、因縁のある知人がいてな」

「因縁?」

「まあ、行けば分かる」

また、はぐらかされた。だが、今日のところは、これ以上聞かないでおくことにした。

逃亡生活十一日目、財布は悲鳴を上げ続け、新たな謎が一つ増えた。それでも、荷馬車に揺られる二人分の体温は、なんとなく、悪くない旅の空気を作っていた。

――なお、このときのおれは知らなかった。

神殿の巡察隊が去り際、隊長格の男がこう部下に呟いていたことを。

「今の荷馬車、少し引っかかるな。……銀髪の連れはいなかったが、若い男の方、随分と体つきがしっかりしていた。まるで、聖女さまの護衛でも務まりそうな」

「考えすぎでは」

「そうかもしれん。だが念のため、オーレンスの詰め所にも報せておけ」

逃亡者たちの道は、静かに、二重の追跡網の中へと進んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ