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 「……とりあえず、座って話さない?」


 ギルドを出たところで、リリアがそう提案した。


「パーティー組んだのに、名前しか知らないの変でしょ」


 確かにその通りだった。僕も頷く。


 夕方が近づき、街は昼間とは違う顔を見せ始めていた。依頼を終えた探索者たちが装備を鳴らしながら通りを歩き、露店では夕食目当ての客を呼び込む声が響く。焼き串の煙が風に乗って流れ、石畳の上には長く伸びた影が重なっていた。


 さっきまでギルドで騒ぎの中心にいたとは思えないほど、リリアは自然な足取りで歩いている。赤いロングヘアが夕焼けの光を受けて淡く輝き、その背中はどこか軽やかだった。


「この時間、どこも混むんだよね。でもいい店知ってるから」


 そう言って彼女は迷いなく路地へ入る。大通りの喧騒が少しずつ遠ざかり、代わりに落ち着いた生活音が耳に届くようになる。洗濯物を取り込む音や、窓越しに聞こえる家族の笑い声。探索者の街にも、ちゃんと日常があるのだと実感する瞬間だった。


 いくつか角を曲がったところで、彼女が立ち止まる。


 木製の看板には《鉄鍋亭》と書かれている。年季の入った文字と、鍋を模した小さな飾りがぶら下がっていた。


 扉を開けると、香ばしい肉の匂いと賑やかな笑い声が流れ出てきた。鉄鍋がぶつかる音、酒を注ぐ音、誰かの豪快な笑い声。温かい空気が外の涼しさを押し返すようだった。


「ここ、安くて量多いんだよ」


 そう言って彼女は迷いなく席につく。どうやら常連らしい。店員も軽く手を挙げて挨拶してきた。


 飲み物と簡単な料理を注文し、向かい合って座ると、改めて少し気まずい沈黙が生まれた。


 さっきまで勢いで話していたのに、こうして落ち着くと急に「初対面」らしさが戻ってくる。


 先に口を開いたのはリリアだった。


「じゃあ、正式に自己紹介ね」


 背筋を伸ばし、少しだけ誇らしげに言う。


「私はリリア・ガーネット。十八歳、魔法使い。攻撃魔法専門で、火属性が一番得意。中距離制圧と範囲殲滅が役割かな」


 さらっと言ったが、かなり実戦的な内容だった。自分の強みをきちんと理解しているのだろう。外見は年齢の割に幼さが残っているが、それはダンジョンに潜る上ではなんの問題にもならない。


「僕の名前はアレン・ノーツ、十五歳。剣士をやってて、一人でダンジョンに潜ってるんだ。盾は使わないけど、回避と位置取りで戦うタイプ」


 その言葉を聞いた瞬間、リリアの眉がわずかに動いた。


「……十五?」


 聞き返す声は小さく、驚きというより確認に近い響きだった。


 僕が頷くと、彼女は一瞬だけこちらをじっと見て、それから納得したように肩をすくめる。


「あまり珍しくはないけど……思ってたより若いのね」


 そう言って軽く笑った。


確かに僕くらいの年でダンジョンに潜るというのは、そこまで珍しくもない。この街ではそんなに多くはないが、孤児はお金を稼ぐために小さいうちからダンジョンに潜ることも珍しくない。

僕はずっと住んでいた村から、一年前にこの大都市グローラントにやってきたわけだが、僕よりも幼そうな探索者を何人か見たことがある…家もない、身分の証明もできない子供ができる仕事なんて低賃金のものしかないし、この都市ではやはり探索者は憧れの的だ。かく言う僕もとある事情から探索者に憧れこの街にやってきたのだが。

 何もないところから這い上がるために探索者になって一発逆転を狙うというのもよく聞く話である。

 ただ、大抵はその夢を叶える前に魔物の腹の足しとなるか、諦めてしまうのだが。


 リリアはどういう目的で探索者になったのだろうか。気になるところではあるが、そういった踏み込んだ話を聞くにはまだ時間が早いだろう。


「前衛一人、後衛一人の基本形だね」


 ちょうど料理が運ばれてきて、二人で軽く乾杯する。グラスが触れ合う小さな音が、新しいパーティーの始まりを告げる合図のように感じられた。


 それから自然と、パーティーの具体的な話になった。


「まず役割分担だけど」


 リリアが指を折りながら整理する。


「前衛固定は君。敵の注意を引いてもらう。その隙に私が攻撃魔法を叩きこむ」


「了解。敵をまとめた方がいい?」


「うん、できれば一直線か扇状。広がられると範囲魔法効率落ちるから」


 完全に戦闘モードの会話だった。


 さっきまで喧嘩していた人とは思えないほど理路整然としている。感情で動くタイプかと思ったが、戦闘に関してはかなり冷静らしい。


「防御魔法とかは?」


「最低限はできるけど専門じゃない。だから無理はしないでね。危なかったら下がってくれた方が助かる」


 正直に言うところに好感が持てた。できないことを誤魔化さないのは、パーティーでは何より重要だ。


 次に話題は報酬の取り分へ移る。


 少しだけ空気が緩む。


「……まあ、ここ大事だよね」


 リリアが苦笑する。


「さっきの見てたし」


「うん」


 僕が頷くと、彼女は肩をすくめた。


「均等でいいと思う。五分五分」


「異論なし」


 即答すると、彼女は一瞬きょとんとしてから笑った。


「パーティーって役割違うだけで、どっちも欠けたら成立しないし」


 そう言うと、リリアは少しだけ目を丸くしたあと、照れ隠しのようにグラスへ視線を落とした。


「……前の人たちにも、そう思ってほしかったな」


 自然と、さっきの喧嘩の話題になる。


「前から不満はあったの?」


 僕が尋ねると、彼女はあっさり頷いた。


「うん。結構前から」


 肉を一口食べてから続ける。


「最初はね、ちゃんと連携してたんだよ。でも依頼成功するたびに、“前衛が大変だった”って話ばっかりになって」


「魔法の評価が下がっていった?」


「そうそう。『後ろは安全でいいよな』って何回も言われてさ」


 苦笑しているが、怒っている様子はもうない。


「魔法って準備も魔力管理もあるのにね。撃てなくなったら終わりなのに」


「……それでも続けてたんだ」


「まあ、パーティーだったし」


 少し間を置いて、リリアは笑った。


「でも今日ので完全に吹っ切れた。むしろスッキリしてる」


 本当にその通りらしく、表情は軽かった。


 二人で思わず笑う。


 話題は次第に今後の方針へ移っていく。


「ダンジョン攻略、どう進めたい?」と僕。


「堅実派。無理な深層突入はしない。まずは連携固めて、ダンジョンでの立ち回りとか報酬のやりとりとか、そういう点でもちゃんとやっていけるってわかってからがいいかな」


 話していて分かったが、リリアはかなり計画的だった。感情的に見えて、戦術面では冷静だ。


「あとさ」


 彼女が少し身を乗り出す。


「パーティーメンバー、増やす?」


 重要な話題だった。


「私たちのパーティーは前衛3人と後衛の私が1人で四人でパーティーを組んでいたけど」


 僕は少し考える。


「今のところは二人でいいんじゃないかな」


「同感」


 リリアも頷く。


 現段階ではまだリリアとの連携も何も組めていない。その中で追加のメンバーを加えたところで余計に動きづらくなってしまうだろう。それに、勢いで組んだパーティーだからこそ、まずは信頼関係を作る時間が必要だと思った。


「必要になったら募集、で」


「うん。そのときはまた改めて役割ちゃんと決めよう」


 グラスが軽く触れ合う。


 気づけば、最初の気まずさはもう消えていた。会話は途切れず、料理も次々と空になっていく。


 なんとなく、この子とならうまくやっていけそうだ。と、自然にそう思えた。


「なんかさ」


 リリアがふと笑う。


「今日、最悪な日になると思ってたんだよね」


「喧嘩して解散した日だしね」


「うん。でも」


 彼女は少し照れたように笑った。


「結果的には、いい日かも」


 その言葉に、僕も自然と頷いていた。


 外では夜の気配が濃くなり、居酒屋の灯りが窓に揺れている。


 新しく組んだばかりのパーティー。

 まだ戦ったこともない相棒。


 それでも、不思議と――上手くやっていけそうな気がしていた。


 こうして僕とリリアの最初の作戦会議は、賑やかな居酒屋の片隅で、ゆっくりと夜更けまで続いていった。

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