4話 仮パーティ
ダンジョンの出口へ向かう通路は、来た時よりもわずかに長く感じられた。戦闘の緊張が抜けきっていないせいか、それとも二人分の足音が重なっているせいか、自分でもはっきりとは分からない。
しばらく無言で歩いていたが、不意に背後から声がかかった。
「……あの」
振り返って応じると、赤髪の魔法使いは少しだけ言葉を選ぶようにしてから口を開いた。
「さっき、ちゃんと自己紹介をまだしてなかったと思って」
「ああ……そういえば」
確かにピンチに陥っていた彼女を助けたはいいものの、しっかりとした話もせずにダンジョンの出口へと歩いていたのを思い出す。
「じゃあ改めて。私はリリア・ガーネット。銀級の魔法使いです。炎魔法での攻撃を得意としています」
簡潔で、無駄のない自己紹介だった。
「今回は……ちょっと判断ミスったけど」
苦笑混じりにそう付け加える。
「でも、あそこまで持ちこたえてたなら十分だと思います」
率直にそう言うと、リリアさんは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせてから、小さく息を吐いた。
「……ありがと。そう言ってもらえると、少し楽になる」
その声には、さっきまでの張り詰めたものが少しだけ和らいでいた。
「僕の名前はアレン・ノーツ。銅級の剣士で、ソロで探索者をしています」
こちらも簡潔に返す。
「一人で?」
彼女が眉をわずかに上げる。
「まあ、慣れてるしそっちの方が楽でいいので」
短く答えると、彼女は何か言いかけてやめた。
少しの間を置いて、今度は別の質問が飛んでくる。
「……アレンさんって、いくつですか?」
「今年で十五歳になります」
即答すると、今度ははっきりと反応が返ってきた。
「十五!?」
思わず足を止めたらしく、靴音が一拍遅れる。
「ちょっと待って。あの動きで十五ってどういうこと?」
「どういうことって言われても……」
困惑するしかない。
「いや、普通におかしいでしょ……」
額に手を当てて小さく首を振る。
「私、十八なんだけど」
「三つ上ですか」
「そうなるわね」
ため息混じりに言ってから、こちらを見て苦笑する。
「なんか変な感じ。探索者に敬語使われてるの」
その言葉を聞いて、少しだけ考える。
「……それでは、リリアさんが止めてほしいと言うなら敬語はやめましょうか?」
そう言うと、リリアは一瞬きょとんとした顔をして、それから口元を緩めた。
「……そっちの方がいいわ。その代わりあたしも敬語は使わないからね!」
そこで少しだけ間を置いてから、今度は逆にこちらへ指を向けてくる。
「助けて貰った恩はあるけど、敬語って苦手なのよ。なんか距離感じるじゃない?」
「分かったよ」
短く答えると、リリアは満足そうに頷いた。
「うん、その方がいい」
それだけのやり取りなのに、さっきまでの気まずい距離感が少し和らいだのを感じる。
「それにしても……十五、ね」
歩きながら、リリアがぼそりと呟く。
「よく一人で潜ってるわね」
「まあね」
今度は短く返す。
「慣れてるって言ってたけど、やっぱ危険とかも多いしパーティは組んだ方がいいと思うけど。ギルドからも基本的には3人以上のパーティ潜行が推奨されてるじゃない?」
「そうでもないよ。僕はずっと一人で潜ってるし。確かに危険度は上がるかもしれないけどそこまで深い階層には潜ってないから」
それ以上は言わない。
リリアも、それ以上は踏み込まなかった。ただ一度だけ横目でこちらを見てから、前へ視線を戻す。
「……ま、いいか」
軽く息を吐く。
「確かにさっきの動きを見せられたら、ソロでも危険はないのかなって思っただけ」
「そうかな。僕は銅級冒険者の中ではそこそこ強い方だとは思ってるけど、銀級冒険者さんにはまだまだ及ばないよ」
これは本心ではあるし、実際僕は3階層までしか潜ったことはない。それより下の階層に行くと危険度は上がるし、まだ自分の実力だといくべきではないと考えているからだ。
探索者は常に危険と隣り合わせ、だからこそ自分の実力を見誤ってはいけない。
その教訓を、僕はこの街に来てから痛いほど身に染みて感じている。
そう話す僕を見てリリアは一瞬黙ってから、くすっと笑った。
「ほんと、やりにくいわねあんた」
「やりにくいってなにさ。これでも僕だって前は──」
そう言いかけてやめる。あまり思い出したくない出来事が頭をよぎったからだ。少し熱が入りかけた話を強引に元に戻す。
「とにかく、僕はソロで十分だってこと」
そんな話をしていると、通路の先に外の光が見え始める。湿った空気が薄れ、外気が混じり始めていた。
「……もうすぐ出口ね」
「ああ」
並んで歩く距離は変わらない。
けれど、さっきまでとは少しだけ違う空気が、確かにそこにあった。
ダンジョンの出口を抜けた瞬間、ギルドの光が一気に視界へ流れ込んでくる。
地下特有の湿った空気が肺の奥から押し出されるように抜け、代わりに乾いた外気が満ちていく。何度も繰り返してきた感覚のはずなのに、やはり地上へ戻ってきたという実感は、こうして体の内側からじわりと広がってくる。
窓から差し込む太陽の光はすでにオレンジ色になり、室内にたむろする探索者たちの影が長く伸びていた。鎧の軋む音や、戦果を語り合う声が重なり合い、ダンジョンの静寂とはまるで違う人の熱がそこにある。
「……生きて帰ってきたって感じするわね」
隣でリリアが小さく息を吐いた。
「まあね」
短く応じながら、自然と周囲へ視線を巡らせる。人の流れ、警戒の抜けた空気、それらすべてが地上に帰ってきたのだと感じさせる。
「そういえば助けてもらったお礼、ちゃんとしてないわよね」
リリアが思い出したようにそう話しかけてきた。
「別に気にしなくていいよ。たまたま近くにいただけだし」
「それ、さっきも言ってた」
軽く睨まれる。
「そういう問題じゃないの。助けてもらった事実は変わらないんだから、ちゃんと返すわよ」
言い切る口調だった。
とはいっても特にお礼というものもなんだかむずがゆいため、どうしたものかと悩んでいると彼女は続けて口を開く。
「じゃあ……食事でもどう?」
「え?」
「まだちょっと早いかもしれないけどあたしお腹すいちゃったし、アレンも何も食べてないでしょ?」
その言葉でふと思い出す。確かに今日は軽く携帯食をダンジョンで食べたくらいでちゃんとしたものは食べていない。普段なら宿で安い夕食にありつくところではあるのだが…。
「……いいの?」
「まかせときなさい。こう見えてもあたし結構いい店知ってるのよ」
さっきまで命のやり取りをしていたとは思えないくらい、軽い調子で笑う。
「おすすめの店、あるの?」
「ええ、安くておいしい。いっぱい食べられるところがね」
口の端を上げて彼女はそう言い放つのだった。
ギルド前の通りから少し外れ、二人で並んで歩き出す。大通りの喧騒が徐々に遠ざかり、代わりに穏やかな生活音が耳に届くようになる。窓越しの笑い声や、食器の触れ合う音。ダンジョン都市と呼ばれるこの場所にも、確かに人の暮らしがあるのだと実感させられる。
「へえ……こういう道、あんまり通らないかも」
周囲を見回しながらリリアが呟く。
「基本ギルドとダンジョンの往復ばっかりだし」
「似たようなもんだよ」
答えながらも、少しだけ視線を前に向ける。
自分の場合は、それに“誰とも関わらない”が加わるだけだ。
いくつか角を曲がったところで、彼女が立ち止まる。
木製の看板には《鉄鍋亭》と書かれている。鍋を模した小さな飾りと共にぶら下げられている年季の入ったそれは、どこか安心感を漂わせていた。
扉を開けると、熱気とともに香ばしい匂いと賑やかな声が押し寄せてくる。鉄鍋のぶつかる音、酒を注ぐ音、豪快な笑い声。外の涼しさが一気に遠のいた。
「ここ、安くて量多いからオススメなの」
慣れた様子で席につくリリアに続いて、僕も腰を下ろす。店員が軽く手を挙げて応じるあたり、どうやら常連らしい。
テーブルを挟んで迎え合わせになると、自然と彼女の首から下げられている銀色のタグに目が行き、彼女の銀級探索者だという言葉を思い出す。
探索者には、その実力と実績に応じて定められた階級が存在する。
下位から銅級、銀級、金級、白金級、ミスリル級、そしてオリハルコン級。六段階に区分されたそれは、単なる強さの序列ではない。
ギルドが管理する依頼の受諾権限、立ち入り可能な危険区域、
さらには交戦が許可されるモンスターの危険度──
すべてが、この階級によって厳密に制限されている。
駆け出しの銅級は、主に低危険度の討伐や雑務を担い、銀級に至ってようやく一人前として扱われる。
金級は都市の主力であり、状況次第では高危険度の討伐任務にも投入される。
白金級以上ともなれば、その存在は一個の戦力として数えられる。
当たり前のように彼女は言ったが、ランクが銀級だと言うことはちゃんと経験を積んでダンジョンに潜ってきたのだろう。役割についても自分の強みをきちんと理解している。
外見は年齢の割に幼さが残っているが、それはダンジョンに潜る上ではなんの問題にもならないと考え、余計な思考は一旦捨てることにした。
「さっきも言ったかもしれないけど、アレンって十五歳なのよね?ダンジョンにはいつから潜ってるの?あたしはこの都市に来てから三年経つけど、アレンの事見たことないなって思って」
席に着くなりそんなことを聞いてくる彼女の赤色の瞳は、まさに興味津々といった風だ。
「僕がグローラントに来たのは大体一年前かな。ダンジョンに潜り始めたのも同時期で、ようやく一人で三階層を安定して攻略できるようになってきたんだ」
「一年で三階層を安定って……それ、銅級としてはかなり早い方だと思うけど」
リリアは目を丸くしながらそう言い、運ばれてきた水を一口飲んだ。
「そうかな。毎日潜ってたら、自然とそうなっただけだよ」
「毎日って、休みなし?」
「怪我した日と、装備の手入れが必要な日は休むけど、それ以外はだいたい」
「……それを自然って言うあたりが、もう変なのよ」
呆れたように言いながらも、リリアの表情には嫌な色はなかった。むしろ、こちらのことを面白がっているようにすら見える。
しばらく飲み物を飲みながらそんなふうに雑談していると、料理が運ばれてきた。大きな鉄鍋の中には、香辛料で煮込まれた肉と野菜が山盛りになっていて、湯気と一緒に濃い匂いが立ち上っている。朝からまともな食事を取っていなかったせいか、その匂いだけでお腹が鳴りそうになった。
「ほら、遠慮しないで食べて。今日はあたしの奢りなんだから」
「じゃあ、いただくよ」
肉を口に運ぶと、濃い味付けと脂の甘みが一気に広がった。宿で食べる安い夕食も悪くはないが、これは明らかに別物だった。思っていた以上に身体が栄養を求めていたらしく、気づけば次の一口へ手が伸びている。
「いい食べっぷりね」
「……思ったよりお腹空いてたみたいだ」
「探索者なら食べられる時に食べとかないと。魔力も体力も、結局はそこからなんだから」
そう言いながら、リリアも遠慮なく鍋に手を伸ばす。その様子はさっきまで死にかけていた人とは思えないほどで、少しだけ安心した。
「リリアは、どうして一人で三階層に?」
僕が尋ねると、彼女の手がぴたりと止まった。
「あー……それ、聞く?」
「言いたくないならいいけど」
「別に隠すことじゃないわ。ちょっと前にパーティを抜けたのよ。それで、次を探す前に一人でどこまで動けるか確認したかった。二階層までのつもりだったんだけど、調子に乗って三階層まで行って……結果は見ての通り」
軽い口調だったが、最後の方には悔しさが滲んでいた。
「判断を間違えたのは私。そこは認めるわ」
「でも、一人で三階層まで行けるだけでも十分すごいと思う」
「助けられた相手にそう言われると、余計に悔しいんだけど」
リリアは少しだけ頬を膨らませ、それからすぐに苦笑した。
「でも、ありがと」
その一言は、不思議と素直に聞こえた。
しばらく料理を食べながら、ダンジョンでの立ち回りや得意な魔法の話を聞いた。リリアは火属性を主軸にしているが、ただ威力で押すだけではなく、敵の動きを止めるために足元へ撃ち込んだり、逃げ道を塞ぐように炎を置いたりもするらしい。話しているうちに、彼女が自分の役割をよく理解していることが分かった。
「ねえ、アレン」
「なに?」
「明日も潜るの?」
「そのつもりだけど」
そう答えると、リリアは少しだけ真面目な顔になった。
「だったらさ、しばらく一緒に潜らない?」
思わず手が止まる。
「一緒に?」
「正式にパーティを組めって話じゃないわ。今日助けてもらったお礼もあるし、私もいきなり一人で潜り直すのはさすがに考えた方がいいと思ってる。だからお試し期間ってことで」
少し微笑んでそう僕に話しかける彼女の顔を見て、僕は少しだけ昔を思い出してしまった。
この都市に来たばかりで、まだ右も左も分からない僕を拾ってくれたパーティのみんなことを。
そしてダンジョンで僕達に起こった出来事を。
それを考えると今でもパーティを組むことにあまり積極的にはなれない。
何かが起こった時に、自分ではまだどうしようもできない。そういう段階にいると思ったからだ。
けれど、リリアの魔法があれば戦闘がどれだけ変わるかも想像できた。
「……危ないと思ったら、すぐ戻る。それでいいなら」
そう答えると、リリアの表情がぱっと明るくなった。
「もちろん。それでいいわ」
彼女は嬉しそうにグラスを持ち上げる。
「じゃあ、とりあえずの仮パーティ結成ね」
差し出されたジョッキに、僕もそっと自分のジョッキを合わせた。
強くぶつけすぎたのか大きな音が鳴り、中身が少しこぼれる。
そういえば、飲み物を飲むときにグラスをぶつけ合うのはお互いの飲み物が混ざり合うことによって、毒を入れていないことを証明したんだっけ。
そんなことを思いながら騒がしく夜は更けていくのだった。




