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 普段なら依頼を選ぶ冒険者たちの話し声が広がっている時間帯だが、今日は妙に騒がしい。人だかりは掲示板の前を囲むようにできていて、野次馬たちが背伸びをしながら中を覗き込んでいる。


「だからさぁ! 納得できないって言ってるんだよ、わたしは!」


 澄んだ少女の声がホールに響いた。


 怒鳴っているのに、不思議と耳に残る声だった。


 人の隙間から中を覗いた瞬間、僕は思わず目を奪われる。


 そこに立っていたのは、腰まで届く赤色の髪をした少女だった。炎のように鮮やかなロングヘアが揺れ、動くたびに光を弾く。年齢は僕と同じくらいだろうか。黒を基調にしたローブに魔力増幅用らしい装飾が縫い込まれていて、手に持った細身の短い杖を相手にの胸に突き付けている。


 ――魔法使いだ。


「前に出て戦ってたのは俺たちなんだぞ?」


 大剣を背負った男が苛立った声で言う。


「取り分が多くなるのは当然だろ」


「でも魔物倒したの、ほとんどわたしの魔法じゃん!」


 赤髪の少女は即座に言い返した。


「火力出してたの誰だと思ってるの!?」


「後ろから魔法撃ってただけだろ!」


 隣の槍使いが吐き捨てる。


「こっちは殴られながら足止めしてんだよ!」


 周囲から小さなどよめきが起きた。


 少女の眉がぴくりと動く。


「……“だけ”?」


「事実だろ。安全な後ろでチクチク魔法撃ってるだけじゃねえか」


 弓使いの男も腕を組んで頷く。


「索敵もしない、防御も張らない、荷物も持たない。戦闘の時だけ働いて偉そうにする。正直楽な役回りだよな」


 その言葉に、少女の表情が固まった。


「わたしが前に出たら誰が火力出すの?」


「知らねえよ。でも危険度は前衛の方が上だ」


「魔力切れ寸前まで撃ってたんだけど!?」


 声が少し震える。


「魔法って、撃てば終わりじゃないんだよ!? 詠唱だって集中いるし、タイミングだって――」


「こっちだって一緒だろ。体力切れ寸前まで魔物を引き付けてお前に攻撃がいかないようにする。それに加えてお前の魔法が自分に当らないように立ち位置も考えなきゃいけないし、装備の摩耗も大きい。前衛の俺たちの取り分が多いのは当たり前だろ」


 その瞬間、空気が変わった。


 少女は何か言い返そうとして、言葉を失う。握った杖に力が入り、白い指先がわずかに震えていた。


「……つまりさ」


 大剣の男が結論を出すように言う。


「今回の報酬は前衛六、後衛四。これで決まりな」


 少女はしばらく黙っていた。


 ホールのざわめきが遠く感じるほどの沈黙。


 やがて彼女は、ゆっくり顔を上げた。


「……わかった」


 意外なほど落ち着いた声だった。


「そこまで言うなら、もういい」


「分かってくれりゃ――」


「報酬、全部そっちで分けていい」


 三人が同時に目を瞬く。


「は?」


「その代わり」


 少女はギルドタグに手をかけた。


「わたし、このパーティー抜けるから」


 金属の留め具が外れる音が、妙に大きく響いた。


「お、おい待てよ。本気か?」


「うん。本気」


 迷いはなかった。


「後ろで魔法撃ってるだけの人、いらないんでしょ?」


 皮肉でも怒鳴り声でもない。ただ事実を確認するような口調だった。


 誰も答えない。


 少女はタグをテーブルに置き、くるりと背を向けた。


「今までありがと」


 それだけ言って歩き出す。


 人垣が自然に割れ、その流れの中で――僕と目が合った。


「あ」


 彼女が小さく声を漏らす。


 近くで見ると、赤い長髪の間から覗く表情は強気そうなのに、ほんの少しだけ悔しさを堪えているようだった。


 彼女は数歩進んでから立ち止まり、僕の胸元をじっと見る。


「……ソロ?」


「え? あ、うん」


 僕が頷くと、彼女は少し考え込むように視線を落とした。


 そして顔を上げる。


「あのさ」


「はい?」


「わたし、魔法使い。攻撃魔法専門」


 自己紹介のように言ってから、少しだけ照れた笑みを浮かべる。


「もしよかったら、パーティー組まない?」


 あまりにも突然で、言葉が出ない。


「ちゃんと火力出せるよ。さっきの聞いてたと思うけど」


 肩をすくめながら続ける。


「前衛と相性悪かっただけだから。……たぶん」


 後ろでは元パーティーの三人が気まずそうにこちらを見ていた。


 僕は少し考えて――さっきの戦闘のやり取りを思い返す。


 確かに、火力役は重要だ。この先に進むならかならず必要になるし、むしろパーティーの要と言っていい。


「……僕でよければ」


 そう答えると、彼女の目がぱっと輝いた。


「ほんと!? やった!」


 さっきまで喧嘩していた人とは思えない、年相応の笑顔だった。


「わたし、リリア。よろしく!」


「よろしく、リリア。僕はアレン」


 差し出された手を握ると、赤い長髪がふわりと揺れた。


 こうして僕は、ギルドの騒動の真ん中で出会った赤髪の魔法使い――リリアとパーティーを組むことになった。


 この出会いが、思っていた以上に騒がしくて、そして特別な冒険の始まりになるとは、このときの僕はまだ知らなかった。

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