12話 宣誓
まだ朝と呼ぶには早い時間帯、唐突に治療室の扉が開いた。
静かな室内に、靴底が石床を叩く乾いた音がひとつだけ響き、その規則正しい足音は、迷いなく目的地へ向かうかのように真っすぐこちらへと向かって来る。
「起きてるか」
低い声が聞こえると同時に、僕はその人物が誰なのかを認識した。
声の主はガレスさん。相変わらず無駄のない立ち姿で、周囲の空気ごと引き締めるような圧があるのに、それが不思議と威圧ではなく頼りがいのある男として成立しているのがこの人の特徴的なところだと思う。
「はい、この通り元気ですよ」
身体を起こしながら答えると、思った以上に筋肉が重く、関節がわずかに軋んだ。昨日の戦闘がまだ身体の内部に沈殿している感覚があり、完全な回復とはいかないようだった。それでもガレスさんは一度頷くだけで判断を終えたように、短く「なら行くぞ」とだけ言って踵を返した。
「どこへですか?」
問いかけは自然に出たが、返答はすでに予想できていた。
「武具屋だ」
端的にそう伝えてくるガレスさんの意図を、僕はちゃんと理解していた。思わずベッドに立てかけるように置かれていた剣へ視線を落とす。先日の魔獣との死闘により、剣は歪み、刃こぼれし、正直見るも無残な姿と化しているのは鞘から抜かなくても十分把握していた。
同じように防具に関してもボロボロで、これ以上使い続けるのは難しい。僕自身もそう考えていたからこそ、ガレスさんの提案は渡りに船だった。
僕はまだゆっくりしようよ、と語りかけてくるベッドの誘惑を振り切り、ガレスさんの背中を追った。
ギルドの外に出ると外の空気は思っていた以上に冷たく、しかしその冷たさが妙に現実的だった。負傷者の呻き声や受付の喧騒、装備の金属音が入り混じるギルド内部の空間とは違い、外の街はすでに一つの完成した日常として動いている。その中を歩きながら、僕はまだ昨日の戦闘と現在の時間がうまく繋がっていないような感覚にとらわれていた。
「歩けるなら問題ねぇな!」
前を行くガレスさんがこちらを振り返って笑顔で言う。
僕はその笑顔に思わず苦笑しながら答えた。
「正直まだまだ本調子とは言えませんが…歩くくらいならもう大丈夫です。だけど…」
僕は思わず腰に携えた剣を握り直す。金属の感触は確かにそこにあるのに、昨日まで感じていた確かな“芯”のようなものが抜け落ちているのが分かる。それは単なる損傷ではなく、構造そのものの疲弊だった。
「結構こいつにはお世話になってたんですけど、限界ですよね。新しいのに買い替えなくちゃとは思ってたんです」
「それも一つの手だが、別にその剣が完全に使えなくなったわけじゃねえ。刀身を変えるだけで、まだその剣は剣として使える。それに武器は自分の命を預ける相棒だ。そんな簡単にボロボロになりました、はいさようならってのは悲しいだろうが」
それを聞いた僕は、ガレスさんも武器にそういう感情を抱くんだ、と思ってしまった。あれだけ豪快(乱雑とも言う)に斧を振り回しているのだから、あまり想像できないのも仕方ないだろう。
そのままガレスさんについて行き、どんどんとお店が立ち並ぶエリアから離れていき、やがて街の喧噪もあまり感じられないような住宅街の路地裏に辿り着く。街の空気は明確に変わり、どこか寒気すら感じられるその場所に、目的の店はひっそりとたたずんでいた。
装飾はなく、一見この店が武具屋であることは知っていないと分からないだろう。黒ずんだ木の扉には無数の細かな傷が刻まれ、使い込まれた取っ手は鈍く光を返している。窓は小さく、内側の灯りがわずかに滲むだけで、中の様子は窺えない。
ガレスさんは躊躇なく扉を押し開け、中に入っていく。
扉をくぐった瞬間、乾いた鉄と油の匂いが静かに鼻を打った。店内は思いのほか整然としており、壁には用途ごとに分けられた武器が無駄なく並べられている。奥へと続く半開きの扉の向こうはおそらく作業場になっているのだろう、かすかにだがリズミカルに槌音が響いており、それがなぜだか心地がいい。やがて音が止まり、奥から音の主であろう男がやってきた。
「……ガレスか。これまた何の用だ?最近武器を直してやったばかりだろう」
乾いた声でそう言う男は年季の入った作業着に身を包み、腕は無駄な脂肪のない硬質な筋肉で締まっている。肩まで伸びた白髪は無造作に束ねられ、顎には短く整えられた髭。深く刻まれた皺の奥にある瞳は鈍い鋼のような色をしており、こちらを一瞥しただけで、どこか内側まで見透かされるような圧を感じさせた。
その特徴的な見た目ですぐに分かる。このお爺さんはドワーフだ。
「今回は俺じゃねえ、アレンの武器と防具を新調しに来たんだ」
ガレスさんの言葉を受け、ドワーフの職人は僕の顔ではなく、まず剣を見た。その視線は一瞬で情報を抜き取るような鋭さを持っていて、次の瞬間にはすでに結論に辿り着いている。
「いい剣だ。相当に使い込んだんだろう。グリップにお前さんの血と汗が染みこんでいるのがわかる」
そのままこちらに手の平を上にして差しだしてきたので、ホルダーを外し剣を預ける。
ドワーフは鞘から剣を抜き、目を細めて刀身の状態を確認した後、床を叩いたりしてなにかを調べていた。
「刀身はもうだめだな。歪みと刃こぼれがひどくてとてもじゃないが直せる段階じゃねえ。よくこんな状態の物を使い続けてたな。お前さんは探索者だろう?」
そう言われてしまったため、ソロで潜っていたためお金があまりなかったこと、先日B級と戦いそこでかなり武器を消耗させてしまったことを説明した。
「なるほど。今のお前さんの実力にこの剣がついて来ていないということか…。であれば、このレベルの剣であれば今のお前さんにピッタリだと思うが」
彼はそう言いながら背後の棚へと歩み寄り、無造作に一本の剣を抜き取った。装飾はほとんどなく、華美とは程遠い外見だが、鍛え上げられた鋼の色には不思議な深みがある。差し出されたそれを受け取ると、掌に伝わる重みは決して軽くはないのに、振れば素直に軌道へ乗りそうな収まりの良さを感じた。
「見ての通り飾り気はねえが、中層程度までなら問題なく通用する代物だ。どうだ?」
淡々とした口調だったが、その言葉には職人としての確信があった。
試しに軽く構えてみる。さっきまでの剣とは明らかに違う。重さの乗り方、手元への返り、踏み込みに対する反応──すべてが一段階上の感触だった。
だが、不意にドワーフの持つ自分の剣に目をやる。
あの剣は僕が村にいた時に父さんから貰った剣だ。長い間使い込んでるし、直せる状態ではないと言われてしまったけれど、できればあの剣を修理してなんとか使えないだろうか。
そう思っていると、ドワーフがフンッと鼻を鳴らして言う。
「気に入らねえか?」
「……いえ、いい剣だと思います。でも──」
言葉が一瞬詰まる。
「言わんでも分かる。この剣に思い入れがあるんだろう」
後の言葉は、ドワーフが引き継いでくれた。
そうだ。僕はあの剣を手放したくない。
どうにかして直せないのか、そう考えているとその男は低く笑った。
「いい面だ」
短くそう言って、今度はカウンターに肘をつく。
「なら話は簡単だ。修理して使えばいい。」
さっきはもう直せないと言ったのに、どういうことなのか、と問いただす前にドワーフは言葉を続ける。
「さっき言ったのは刀身の話しだ。だが、刀身を新しく作りなおして、その剣のグリップに刺しなおせばまた使えるようになる」
視線が、奥──作業場のさらに先へと向けられる。
「普通の鉄で打ち直すなら明日にでもできるが、だがお前さんが求めているものは違うだろう?」
この白髪のドワーフには最初から全てお見通しだったのだろうか。そう思わせるような言葉、そして鋭い鋼色の眼光に刺され、僕はそう思わざるをえなかった。
脳裏に思い浮かぶのはあの豹の魔獣、そして、それを一閃の元断ち切ってみせたあの青髪の女性。
僕もそこに並び立ちたい。どうしてもその憧れを捨てられないのだ。
その思いが表情に出てしまっていたのだろうか。ガレスさんは片方の口角を上げて腕を組みながらこちらを見下ろし、ドワーフも同じようにしてこちらを見つめてくる。
「なら現実的な話をしよう。それなりの素材が必要になるから、料金はこれくらいだな」
老齢のドワーフはそう言い、そろばんをパチパチと弾いてこちらに見せてきた。
…到底払える金額じゃない。そりゃそうだ。下層でも通用するような武器をオーダーメイドしてもらうなら、まだ中層に足を踏み入れたばかりの僕の稼ぎでは全く足りない。
すみません、やっぱり大丈夫です。そう言いかけたとき、
「もっかい言うが、お前さんは探索者だろう」
腕を組んだままのドワーフに言われハッとする。
「自分が、素材を採りに行きます」
そう答えると、老齢のドワーフはニカッと笑うのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「安心しろ。あんなところに店を構えちゃいるが、腕はこの街でも一番だと俺は思ってる」
店から出てギルドに戻る途中にガレスさんはそう言った。
「心配なんてしてませんよ。むしろ僕が心配なのは、必要な素材を取ってこられるかってことです…」
僕は白髪のドワーフに貰った羊皮紙を取り出して見つめる。
「ミスリル鉱、ルーン結晶、それに鞭尾竜の尾骨。どれも下層の素材ですね」
そこに書き連ねられる単語のひとつひとつが、今の自分の実力からすれば踏み込むべきではない領域のものというのが一目で分かる。
このメモを渡してきたときのあのドワーフは『安心しろ、死ぬ気で行けばなんとかなる』と言っていた。
安心できる要素が一つもない言葉だったが、彼は気にも留めず続けた。
『勘違いするなよ。俺が欲しいのは強い素材じゃねえ。お前さんが持ち帰った素材だ。そこに意味がある』
それを思い出し、剣を打ち直すまでの繋ぎとして借り受けた腰の剣を見つめる。
さっきまで握っていた剣とは違う。刃の重みも、柄の太さも、どこか均質で、手に馴染むのは時間がかかりそうだ。防具も同じだった。胸当ても籠手も、過不足なく守ってはくれるが、やはり使い続けたものとは違って少し違和感を感じたまま街を抜け、ギルドへと向かう道を歩く。
目的地に到着し、重い扉を押し開けると、そこにはいつも通りの喧騒があった。酒と鉄と紙の匂い。依頼掲示板の前に群がる探索者たち。受付で怒鳴る者、笑う者、淡々と手続きを進める者。
だが、その喧騒の中心に、一点だけ異物のような静けさがあった。
青。
その色が、まず目に入った。
長く流れる青髪。その先にあるのは、薄く凍るような気配を宿した瞳。
〈銀閃〉アウレリア・フロストレイン。
恐らく一緒にいるのはパーティメンバーだろう。装備は整い、動きに無駄がない。これから再び下層へ向かう者の、それ以外あり得ない出で立ちだった。
視線が一瞬だけ交差する。
それでも、その一瞬で十分だった。
彼女は軽く目を細める。
「……無事だったようですね」
それだけだった。
労いでも、評価でもない。ただ事実の確認。だが、その言葉には妙な重さがあった。
俺はすぐに言葉を返せなかった。喉の奥で何かが引っかかる。礼を言うべきなのか、状況を説明すべきなのか、それとも何も言わないべきなのか。
その迷いを見透かしたように、都市最強のミスリル冒険者は視線をこちらから逸らさずに続ける。
「逃げた個体の処理はこちらの不手際です。巻き込んだことは事実ですから」
淡々とした声音だったが、責任の所在だけは曖昧にしなかった。
「それでも……あなたたちは生き延びた。それは事実です」
その言葉で、ようやく理解する。
彼女にとって重要なのは謝罪でも慰めでもなく、「結果」だ。
俺は、ようやく口を開いた。
「……あの戦い、僕はほとんど何もできませんでした」
何度も攻撃をくらい、ようやく加えた斬撃。それでもあの人の一閃には遠く及ばない。
その差が、今も胸の奥に刺さっている。
アウレリアは一度だけ瞬きをしたあと、静かに言った。
「それは当然です」
冷たい言葉に聞こえるはずだった。
だが、不思議と否定の痛みはなかった。
「あなたはまだ見え始めたばかり。敵の動きも、戦場の把握も、経験を積むことでしか得られないものがたくさんあります」
彼女の視線が、ほんのわずかに鋭くなる。
「速い者は、ただ速いわけではありません。遅い者が見ている時間とは別の場所にいます」
その言葉は、理解できるようで、完全には掴めない。
それでも、核心だけは伝わる。
俺はまだ、同じ戦場に立っていない。
そういうことだ。
彼女はそれ以上語らない。
すぐに仲間へと視線を戻し、歩き出そうとする、その前に。
別れ際、ほんの一瞬だけ振り返って──
「そういえば、名前を聞いていませんでした。あなたの名前は?」
そう僕に問いかけた。
「アレン。アレン・ノーツ。今は銅級探索者だけどいつか──」
そこまで言って一瞬悩む。この先の言葉を口にしてしまえば、もう後戻りは出来ない気がしたからだ。
ふと周りを見てみると、先ほどの喧噪は嘘のように無くなり、人々が僕達の言葉に耳を傾けている気がした。
しかし、青髪のミスリル級探索者はこちらをじっと見つめている。僕の次の言葉を待っている。
その浅葱の双眸に射貫かれ、自分でもびっくりするくらい大きな声で、頭に浮かんだ言葉が口を突いた。
「──いつか、オリハルコン級になる男です!!」
それを聞いた彼女は満足そうに頷き、彼女は踵を返して扉の前で待つ仲間達の元へ合流し、そのままダンジョンの中へ消えていった。
──さらに深くへ。
視界から完全に消えるまで、俺はその背中を見ていた。
気づけば、腰に差した借り物の剣の柄を強く握り込み、爪が手のひらの皮に食い込んでいた。
強くなりたい。あの人すらも驚くようなそんな探索者に。
「……行くぞ」
ガレスさんの声が現実へと引き戻す。
だが、胸の奥に残った熱は消えない。
むしろ、形を持ち始めていた。
追いつきたい。
同じ場所ではなく、さらにその先へ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギルドで偶然にも再開した少年を思い返し、青髪の探索者は思わず口元を緩めてしまう。
『──いつか、オリハルコン級になる男です!』
そう言える者がいったいこの世に何人いるのだろうか。
そもそもオリハルコン級とは探索者のランクの中では少し特殊な立ち位置にあり、〈ダンジョン踏破者〉に贈られる称号のようなものだ。
ギルドの前進団体が設立されてから300年。記録に残っている範囲では、ダンジョン踏破を成し遂げた探索者パーティは未だ五組のみ。
つまり彼はこう言ったのだ。「僕が英雄になります」と。
探索者の実質的な最高ランクはミスリル級である。人々はそう言う。
世間一般的にはそういう認識であるし、実際それは間違っていないと彼女は考えている。
しかし、彼女は思い返してしまう。かつてまだ幼かった自分がギルドの門戸を叩いた時のことを。
『私が、このダンジョンをクリアします!』
脳裏に蘇ったその言葉に、アウレリアはわずかに目を細めた。つい先ほどまで対峙していた少年と、当時の自分の姿が重なって見えたからだ。
そんな感情の揺れを見透かしたかのように、背後から低い声が投げられた。
「なんだか今日は随分と楽しそうじゃないか。さっきの少年の事でも考えてたのか?」
響く声とともに、隣を走る大柄な男が視線を寄越す。全身を覆う重厚なフルプレートアーマーは鈍い光を放ち、その一歩ごとに床を踏み締める音が重く響いた。
「ええ、少しだけ」
肯定は簡潔だったが、それで十分だった。
そのやり取りに、隣を駆ける女がくすりと笑う。軽装の彼女は、片手に持った短槍を器用に指先で回しながら、興味深そうにアウレリアの顔を覗き込む。
「確かに、なーんか昔のリアに似てたかもね」
わざとらしく目を細め、からかうようなその言葉に、アウレリアの足がほんのわずかに緩む。
かつての自分。無謀で、未熟で、それでも前に進むことだけはやめなかった頃の姿。その残滓を、あの少年に見たのかもしれない。
ふと、五階層での疾風魔豹と少年達の戦いを思い出す。
炎に縁取られた空間の中で、少年は確かに“見て”いた。
目で追えない速度に対し、恐怖に足を竦ませるでも、やみくもに剣を振り回すでもなく、地面に刻まれた痕跡を拾い上げ、そこから軌道を導き出していた。点ではなく線で捉える──言葉にすれば単純だが、あの極限状況でそれを実行できる者は多くない。
しかも一度きりではない。最初の一太刀は偶然に近い当たり方だったが、二度目には明確な再現性があった。あれは理解した者の動きだ。偶発ではなく、意図して“そこに置いた”斬撃だった。
だが、踏み込みの深さ、体幹の制御、そして何より、斬撃に込めるべき力。捉えた軌道をなぞるだけではあの強さの魔獣には通用しない。もっと根本的な部分を鍛えなければ、中層はよくても下層では通用しない。
それでもなお、あの少年は折れなかった。
叩きつけられ、呼吸すらままならない状態に追い込まれながら、それでも剣を手放さず、最後の一瞬まで敵を睨み、生にしがみついていた。生への執着は、時に技術よりも大事なものであると、アウレリアは経験からも正しく理解している。
あの一瞬に凝縮された少年の気迫を胸中で反芻しながらも、アウレリアは思考を断ち切り、ダンジョンへと意識を向けた。
その背後では、他のメンバーたちも静かに歩を進める。薄緑のローブを纏った魔術師は、周囲の魔力の流れを読むように目を細め、頭部に角を持つ男は無言のまま周囲の警戒を担っている。いずれも一線級の実力者たちであり、この都市で右に並び立つ者は数えるほどしかいないだろう。
現在八階層の荒野を進む彼らだが、所詮中層など通路にすぎない。それだけの実力者が集まっているのだ。
「──来るぞ」
その瞬間、角の男が短く告げた。
先ほどまでの緩やかな会話は霧散し、全員の意識が警戒態勢へと引き上げられる。魔力の流れが乱れ、地面の奥から何かが蠢く気配が伝わってくる。
瞬間、岩肌を突き破るようにして現れたのは、巨躯を誇る甲殻種、鉄殻巨蟲。外殻は鈍い黒光りを放ち、その脚の節々には鋭利な棘が並んでいる。
中層では本来出現しない個体。現在複数確認されている、下層からの逸脱種である。
だが、誰一人として動揺はしない。
ただ一人。
アウレリアだけが、一歩前へ出た。
静かに剣を抜く。
その動作に、一切の無駄はない。
空気が凍りつく。
その時点で、すでに戦闘は終了していた。
振り抜かれた軌跡すら視認できないほどの速度で放たれた一閃は、頑強な鎧を誇る巨躯の魔物をまるで最初から存在しなかったかのように断ち切る。
それを確認することすらなく、アウレリアは剣を鞘に収めた。
「進みましょう」
ただそれだけを告げ、再び走り出す。
その横顔には、先程まで少年を思い出し浮かべていた笑みなど欠片も残っていない。
まだ遠い。
到底届かない距離。
それでも。
(──追ってくるなら、見せてみなさい)
誰にも聞こえないほど小さな呟き。
ミスリル級探索者アウレリア・フロストレインは、振り返らない。
それが時間の無駄だと知っているからだ。
ただ、前だけを見据えて歩き続ける。
ただひたすらに、強さを求めて。




