第28話 魔法について 後半
ドミニクスの教鞭は続く。黒板に太い矢印と複雑な円形図を書き足す。フランソワの視線が黒板に集中した。
「さて…格の差について教えたけど、対処方法は数種類存在するわ。今日は最もポピュラーな手段を二つ教えるわ」
宝石のごとき輝きを放つ黒髪を指先でふわりとかき上げ、彼女は静かに振り返る。
「一つ目は周囲の魔力を攪乱して、魔法そのものを妨害する効果が付与された魔道具の類ね。道具自体が高価だという点を除けば結論、誰でも扱える手っ取り早い方法よ。王国屈指の富を持つ公爵家ならその辺の薄暗い倉庫をひっくり返せば、二、三個は転がっているんじゃないかしら?そして肝心の二つ目なんだけど…」
不敵な笑みを浮かべていた彼女の顔から次の瞬間、ふっと色が消える。言い淀んだドミニクスは何故かひどい頭痛にでも襲われたかのように、魔法の教師は苦々しい表情で眉間を強く押さえた。
「二つ目は魔法防御で魔法攻撃から身を守る方法よ」
「一般的な魔法防御の何が問題ですの、先生?」
不思議そうに小首をかしげるフランソワに対してドミニクスは自嘲気味な笑みを漏らした。
「いいソワ。魔法使いという人種は総じてプライドが無駄に高くて、傲慢の塊なの。エピステミア魔術連盟国の連中ときたら…打ち合いを防御魔法で防ぐ行為自体『自分は相手より非力で手も足も出ません』と恥じる行いだと思っているの」
「まぁ!」
深淵の魔導士と恐れられた彼女の言葉には、隠しきれない嫌悪が混じっていた。
「でも個人的にそんな考え方自体が果てしなく未熟で、反吐が出るほど愚かよ」
ドミニクスは手に持っていたチョークを、黒板の溝にカチリと置く。
「だってプライドを重んじて死んでしまったら魔法使いとして三流以下。本当の強さっていうのは、泥水をすすってでも生き残り、果てに対抗策の術式をぶつけて勝利を手にする者のことよ」
ふんふんと頷きながら手元のノートに書き記していたフランソワが「先生!」と声を上げた。
「わたくしとアキトは魔法を剣で斬っているけど。これは普通のやり方なの?」
「有り得ないわ!」
急激に荒ぶるドミニクスはまるで天を仰ぐような仕草で大仰に肩をすくめてみせた。
「いい、ソワ?魔法っていうのはね魔力法則で完成された現象なの。飛んでくる火球や雷を鉄の剣で叩いたところで普通は剣が溶けるか、衝撃で腕が消し飛ぶのが関の山よ。それを物理的に斬るなんて、理屈に合わない無茶苦茶な暴挙なのよ」
彼女の指先が正面のソファーに座る我を指し示す。
「実際に模擬戦であなた達の魔法切りを目撃した私が言うのもなんだけど。普通の魔法使いがそんな光景を見たら、発狂して泡を吹いて倒れるわ。そんな真似ができるのは、世界広しといえ仙気持ちの規格外なあなた達位だわ」
高名な魔導士の先生から褒められたフランソワは嬉しそうに鼻を膨らませ、胸を張った。時折見せる年相応のリアクションに我も無意識にほほが緩む。
「アキトの厳しい指導のおかげよ。わたくしたちにとっては、それが当たり前の護身術ですもの」
公爵家の長女は色々な意味で狙われやすい存在。誘拐に成功すればサンチェンスに莫大な身代金を要求でき、婿入りしてヴァニシア家の一員になれば想像を絶する権力が手に入る。素性の知れない我を雇い入れた恩返しにフランソワを鍛え、あらゆる悪意から遠ざける剣になると誓った。
当然世界樹の許可は貰っている。
「大地が生み出す生命エネルギー『仙気』に術へと昇華させた『仙人』。研究で判明した全てが現代魔法学にケンカを売りまくった未知。魔法は個の魔力量に影響するけど、仙気は自然の力を借りるから実質、無尽蔵に使える。本当…羨ましいわ」
最後にポロリと本音が漏れたがドミニクスは気にする事なく授業を続けた。
「さあ座学の再開よ。次は人が扱える最高レベルの魔法についてよ」
再びチョークを手に取ったドミニクスは黒板に文字を書き始める。それに呼応するようにフランソワもまた、背筋をピンと伸ばして万年筆を握り直す。
「ふふ…覚悟しておきなさいソワ。貴女に覚えてもらう課題は山ほどあるから、可愛い声で弱音を吐いても止めないわよ?」
「望むところよ!ヴァニシア公爵家の人間に降参の文字は存在しないわ!」
終わりのない研鑽の日々はこれからも続いていく。




