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月の仙人、異世界に降り立つ  作者: 名無しの戦士


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第26話 最初の授業

「某は、魔法の類は一切使えませぬ」


 興味津々に見つめるドミニクスへ向かって我は静かに首を横に振る。決して虚言を弄しているわけではない。我は本当に魔力を感知、流れを読むことはできても。魔力を現象へ変換する術を持ち合わせていないのだ。


「いいのよ、結果なんて二の次。私が最も知りたいのは、貴方の体内を循環する根源の正体。未知の力が魔力とどう衝突し、あるいは通過するのか、その答えを直接確かめたいだけ」


 秘密を暴くまで絶対逃がさない。そう言いたげな彼女の執念を肌で感じながら、我は隣に座るフランソワへと視線を走らせた。


 機密情報の仙気に関する詳細は箝口令が敷かれている。開示の承認権を持つのは、当主サンチェンスかフランソワの二名のみ。主の許可なく、おいそれと力を公開するわけにはいかぬ。


 しかし、当のフランソワといえば…。


 さっきまでの疲れを海の地平線へ追いやったかのように、期待に満ちた眼差しで我を見上げていた。


「許可するわ、存分に見せてあげなさい。アキトの仙気がどう作用するか、わたくしも見てみたいわ」


「承知しました。では、失礼して」


 許可が下りた以上、我に拒否権は無い。溜息とともに肩の力を抜くと、魔力が抜けて透明の水に戻った鼎へ右手を伸ばした。底に沈む煙結晶が仙気に反応して水が小さな波紋を打つけど色は依然と変わらず透明。


「結晶は正常に作動している…しかし、一向に魔法属性を色として提示しない。魔導回路は明白にエネルギーを受けている。それなのに変色が…属性が一向に決定されない?」


 机に身を乗り出したドミニクスその整った顔を銅器の限界まで近づけた。水面に鼻先が触れそうなほどの距離で彼女は瞬きも忘れ、安定して波打つ水底を覗き込む。


「熱量の上昇、なし。魔素の濃度変化、平常。煙結晶に損傷の気配、なし。火、水、風、闇でもない。既存の六本源のどれも分類されない無色。けど集まったエネルギー密度は何?」


 顔を横に倒す、斜めから見る、真上から、さまざまな角度から中を観察する。魔法の法則が通用しない目の前の現象を、分析しようとする研究者特有の狂熱が彼女の瞳に宿っていた。


「無属性ではないわ…それだけは断言する。魔素に干渉した不純物が微塵もない。『センキ』は結晶に反応してなく、水そのものを物理的に震わされている…?」


 ドミニクスは独り言のように、あるいは自分に言い聞かせるように低いトーンで感想を零した。


「ふふふ…面白い、実に面白いわ」


 彼女がふっと顔を上げ、我と至近距離で視線を合わせる。アメジストを彷彿させる瞳がこちらを射抜く。


「傑作だわ!『深淵の魔導士』とまで謳われたこの私に、一欠片の解析も許さない未知の力が実在しているなんて。なんたる幸運!」

 

 ドミニクスは狂おしげに身を震わせる。水面に映る透明な色を、食い入るように見つめていた。


「魔法に生涯を捧げた私が太陽と月の双子神に感謝を捧げる日が来るなんてね。昔の私に教えたら、不敬な口を焼き潰して呪い殺してやったでしょうに!」


 隠すのを放棄した剥き出しの渇望を見たフランソワの頰がひきつっている。我の袖をツンツンし始めたので興奮状態の魔法講師を引き止める。


「ドミニクス女史、もう離しても?」


「え? え、ええ……構わないわ。常識を乖離した力だってことは十分に理解できたもの。今日のところは、これで十二分な成果よ」


 我とフランソワから向けられた表情にようやく気付いたドミニクスが、名残惜しげに上体を起こした。先の風で乱れた黒髪を指先で雑に払い、居住まいを正した我を指差した。


「それと、貴方からそんな風に仰々しく畏まられるのは御免よ。なんだか…背筋に鳥肌が立つの。ただのドミニクスで良いわ」


「姫様の御前故、余り砕けた礼節は取れぬ。…しかしドミニクスがそう申すなら善処しよう」


「あら?聞き捨てならないわアキト。わたくしのことは頑なに『姫様』としか呼んでくれないのに、面識が浅い先生には、もう名前呼びを許すなんて。お前はわたくしの護衛でしょ?」


「ふふふ嫉妬かしら? 可愛いところがあるじゃない、賢い生徒さん」


 ドミニクスが意外なものを見たと言わんばかりに、口元を手で上品に隠すような仕草でくすりと笑みを浮かべる。案の定フランソワは頬を林檎のように赤く染めた。


「ち、違くてよ!と、当家に対する礼節の問題よ!アキトはヴァニシア家の剣客として、分を弁えるべきだと言っているの!」


「へ~、ふ~ん。まあ、折角の生徒をこれ以上揶揄っても先に進まないから、いい加減本題に入りましょうか。いつまでもお喋りに興じていては、公爵様に顔向けできないもの」


 急に真面目な表情を浮かべたドミニクスは指先をスッと横に薙ぐ。


 一瞬にして机上に散らばっていた羊皮紙が意志を持ったかのように宙を舞い、整然と棚に収まった。属性検査に用いた銅器や水、そして煙結晶も何処かへ消え去り、テーブルの上にはチリ一つ残っていない。


「本来なら魔法の座学から始める予定だったけど…満点の解答用紙と属性検査の結果を鑑みて、基礎から徹底的に教えるわ。特にお嬢さんの暴走は看過できない。。仙気という強大な力と魔力、二つを安易に衝突させれば、何が起こっても不思議じゃない。だから初めに魔力制御を覚えてもらうわ」



 好奇心旺盛の姿は消え失せたドミニクスは、情熱を纏った瞳で我らを見据えるのであった。

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