第25話 お勉強は続くよ、どこまでも
「わたくしの得意属性…?」
卓上に転がる一塊の結晶を見据えたフランソワの困惑した声が隣から聞こえた。
一見すれば掌に収まる小ぶりな石ころサイズ、縦横およそ4センチメートル。細かく見れば表面が細分化されて、多面体にカットされている。窓から漏れる陽光を浴びて複雑な断面が光を反射させ、部屋の天井に万華鏡の如く幾何学模様を映し出している。
結晶の内部には煙が渦巻いている。高濃度の魔力を帯びた煙は絶えず形を変幻自在に変えていた。
「先生、得意属性の検査は本来神殿で調べる物じゃなくて?」
「あら?昨日の打ち抜きテストでも思ったけど、本当に利口ね」
フランソワの疑問は特に間違っていない。以前も説明したが、この星に生まれた大半の人間は得意属性を持って産み落とされる。だからといって全員が第六本源の得意属性を知ることはない。自分の得意属性を知らずに人生を終える者が過半数を占める。
己が持つ得意属性を調べる方法は大まかに分けて二つ。
一つは、古来より続く太陽と月の双子神を祀る神殿にて執り行われる洗礼。
精霊時代にマナの龍脈に沿って建てられた神殿の土地に刻まれた世界記憶を祈りと儀式を通じて吸い上げ、石板に個人の才能を可視化する伝統的な儀式方法。
二つ目は、各国の国立魔法学園に設けられた魔力測定装置を使った革新的な方法。
魔道具の父と名高い8代目ヴァニシア公爵が発案、開発用した仕組みは大陸全土に波及している。元々プロミネンス王国が独占していた恩恵だったが、現在はいかなる小国であれ、国内に最低一個は高さ二メートル越えの巨大鑑定装置を備えた学園が設立している。
特殊な場所を選ばない第二の測定方法の存在は領地に忍ばせた密偵、商品と噂を担う商人たちを通して万国が知るところとなる。
優秀な魔法使いを一人でも確保したい周辺諸国。公式の大陸外交協議の場にて、その牙を剥いた。プロミネンス王国に対し、鑑定装置の技術譲歩を迫った宣言。通称『対王国二十カ国共同宣言』。
実質的な宣戦布告とも取れる連合国による包囲網を恐れた王国は、その技術を大陸全土へ開放せざるを得なくなった。勿論、結果的に莫大な国益が得たのも確かだが。
「ふぅん。それで先生、目の前の宝石…と何の関連性があるの?神殿へ洗礼に赴くのは、まだ数年も先の話よ」
フランソワ様は小首を傾げ、不満げに唇を尖らせた。彼女の疑問は正しい、神殿が執り行う洗礼には厳格な年齢制限が課せられている。急激に目覚めた魔法の暴走を招かぬよう、心身の成熟を待つのが原則。
公式な鑑定を受けるには、最低でもあと三年の月日を数えなければならない。後者は更に遅い。学習が本格的になる初等学校を卒業して、高等学園に入学する時に初めて魔力測定装置を使える。
「慎ましい神の子ならそうでしょう。でもね、一日一秒が惜しいエピステミアの魔女に『待つ』なんて言葉、辞書に載せていないのよ」
猫のように目を細めたドミニクスは追加でアイテムをテーブルに置いた。三本足に黄銅色の銅器…鼎か?
「独自に研究、編み出した高純度の触媒を使った簡易式属性感知よ。良質の水晶発掘が難点だけど、効果は実証済み。やり方も難しくないわ…水生成」
そう言ったドミニクスは鼎を指差し水属性の根源魔法を唱えた。チョロチョロと指先から一条の水が流れて銅器の底を満たす。
「やってみなさい。結晶を水に浸し、貴女の魔力を少しだけ流し込むだけでいいわ。水の色が変わるまで流し込んで」
楽しげに実験の反応を見つめるドミニクスに、フランソワは隣に座る我を一度だけ視線を走らせた。瞳には拭えない強烈な知的好奇心が渦巻いている。我は無言で頷き、彼女の背を押した。
意を決したフランソワが水に満ちた鼎に触れた。
刹那、水が激しく波打つ。結晶内部の煙が猛烈な勢いで回転を始めた。掌から魔力が注ぎ込まれた瞬間、満杯の水が目に見えるほどの速度で変質していく。
透明だった水が土属性を象徴する茶色と、風属性を象徴する緑色へと瞬く間に染まった。均等に分かれた色水に指を突っ込んだドミニクスが感心したトーンで話す。
「土と風の二重属性…なるほど、なるほど。複属性の愛し子は珍しいから、興味深いケースよ。もう離してもいいわ…お嬢さん?」
異変はそこからだった。
「…離れない!アキトッ、仙気が止まらないの!」
フランソワの焦燥した声、鼎から溢れ出した風が部屋中の羊皮紙を巻き上げた。彼女の内に宿る仙気が魔力を無理やり拡張させているのだ。我は咄嗟に彼女の華奢な肩を支える。
「大丈夫です姫様。ゆっくり深呼吸をして荒ぶる気を整えるのです。某を真似て大きく息を吸い込んで吐いて下さい。せーのっ」
「わ、分かったわ!すぅーはぁー、すぅーはぁー」
我の掛け声に合わせ、フランソワは何度か深呼吸をして神経を鎮める。同時に我の仙気を彼女の背から通わせ、暴走気味の気を包み込む。コツは無理に堰き止めるのではなく、大河が海へ注ぐように終点へ優しく導く。
「おっと。平気ですか姫様?」
フランソワがふらりとよろけ、我の腕の中に収まる。一時的とはいえ仙気と魔力のバランスが崩れた反動だろう。顔は疲労の色が濃いが、目に見える進歩を彼女は進んだ。
「っくふふ、あははは! 素晴らしい、最高だわ!」
静寂を破るドミニクスの狂気じみた笑い声が部屋を木霊する。彼女は取り出した煙結晶を愛おしそうに撫でると、好奇の目を瞠って我らを射抜く。まさしく魔女の眼差し。
「未知の力、たかが微弱の魔力を込めた程度でランク5詠唱に匹敵する高密度の触媒をここまで消費させてしまうなんて!センキだったかしら?既存の魔導体系を根底から覆す極上の力よ!」
興奮が収まらないドミニクスは水で濡れた指先を艶めかしく舐め、それから物を定める蛇のような視線をこちらへ転じた。
「さて、次は貴方の番よ『化け物』…おっとキチンと名前で呼ばなくちゃね。…アキト」
濡れた唇の端を吊り上げ、愉悦に歪んだ表情で我の名を呼んだ。その音色は極上の蜜に剃刀を仕込んだような、形容しがたい危うさ。
「アキトの秘密…私に、全部見せてちょうだい?」
そう囁きながら、彼女は無色透明な殻へと成り果てた結晶を我に渡すのであった。




