その90
人が幸せを感じる時
その一つが
「自分が持っていて、他人が持って
いない時の優越感 」
キリストや阿弥陀様など
聖人君子でない限り、あり得ること
こちらの世界に来た時、自分にも
それは感じられた。
しかし、それ以上に身の危険があり
身体能力の差が我に帰るきっかけと
なった。
そう回顧するのはおばちゃんの
演説を聞いた後、年配者が高揚に
沸き立っていたからだ。
その傍らに、両手を地につけ
項垂れる女性が1人。
「これは夢か。誰も支持しないとは。
か、考えられん 」
誰が「村長」に相応しいか。
その結果が100:0でおばちゃんに
(村人百人いないけど)
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収穫物の適切な買取りや
「醤油」があったとはいえ、
年配の方々は燻しがっていた。
そんな中、「ジョウロ」を畑に持って
おばちゃんが演説する。
「これは新しい農具「ジョウロ」じゃ
これがあれば若いもんに頼らずとも
「水やり」が1人で出来る。
しかも効率良く手軽にだ。
これは他の村にもない新しい物じゃ
皆の分はすぐには揃わんが、
ワシが先払いして、
近々商人が仕入れてくれることに
なっとる。
其までは回しながら使って
使い方を練習しておくんじゃ 」
それを聞いた年配者は歓喜し、
「ジーク、ジオ○!! 」
みたいな賛辞を送っていた。
精々8割の方から賛同を得られると
ふんでいたが、
まさかこのタイミングでの演説。
旧来の柄杓様式には戻れまい。
そしてとどめの一撃が残留する
取り巻き達の一言、
「ご母堂には感謝しておりますが、
此のままの強さにおいては
我らは役に立ちません。
更なる強者に教えを請い、
村の安寧に務める所存です 」
強者=セムジュ=商人=おばちゃん側
という構図。
もはや反論する意欲もなく、
項垂れるどころか大泣きする事態に。
屋敷の前であったので、
現村長である息子に支えられ、
静かに帰って行った。




