異形
無数の脚で地を踏みしめ、逆様についた顔で二人を見つめるその姿。
顔には蜘蛛のように大量の眼球が犇めいており、イモ虫のような胴体はよく見れば無数の頭部が連なって出来ていた。人の口から人の頭が生え、その口からはまた別の頭が生えている。そうして連なった頭部の先にロノウェの頭がある。各頭部の耳がある箇所から脚が生えているのだが、その脚も関節の形が人のそれとは異なっていた。
「なにこれ、きっしょ!」
カラヴィンカの声に反応したロノウェの頭が、ぐるんと勢いよく振り返った。下手なホラーより余程恐ろしく気色悪いその動きに内心で引きつつも、カラヴィンカは怯まず睨み付けた。
「なにが目的か知らないけど、異影は潰すよ! 《バインドフレア》!」
熱波の渦がロノウェを襲う。連なる無数の頭と歪な脚を蠢かせながら抵抗するが、振り払えずに苦悶の声を上げてのたうっている。
「うぅ……《雷霆脚》っ!」
雷を纏った蹴りを胴体に叩き込むと、蹴った部位から真っ二つに分かれ、下半身の先頭にあった顔がロノウェのものに変化した。
「うっわ! これ、頭を潰さないと無限に増えるヤツじゃん!?」
「えっ、う、嘘っ!? ごめん……!」
最早元が人であったことも信じられないような挙動に驚く二人を前に、増えた頭部がニタニタと歪んだ能面のような笑みを浮かべ、口から白い糸を吐き出した。
「危なっ!?」
一つは大きく外れ、もう一つは真っ直ぐカラヴィンカに向かって飛んで行った。が、素早さでは候補生随一なだけあって自力で糸を交わし、ルーナの傍へと戻る。
外れた糸の束は、ステージ上に落ちて溶けるように消えた。かと思えば糸の触れた箇所が強酸を被ったかのように溶け、分解されて断片と化した。
「あの糸、最初に見た変な文字と同じ……」
「触れたらどうなるかなんて考えたくもないね」
カラヴィンカは再び風を纏い、ルーナは片脚を引いて力を溜める。
再びロノウェが白い糸を吐いてきたが、カラヴィンカがルーナの前に立ち塞がって盾となった。分解コードを全身に浴び、白い光が周囲に走る。
『ぎゃはははははははははははは!!』
命中したと見て歓喜の哄笑を上げる二つのロノウェ。嘲るように体を揺らめかせ、大きく裂けた口でゲラゲラと笑い続ける。元の人格も自我も失って、ただ残された本能のみに従って動く怪物と化した彼は、見下していた他の候補生の中でも特に開始前に絡んだ二人を敵視していた。
女で、年下で、格下の存在のくせに自分と同じ場に立っていることが赦せなかった。それをいま有象無象共と同じ目に遭わせることが出来た。バラバラに分解して、この世から消し去った。
そう、思っていた。
「うるっさいんだよ! 《ミレニアソング》《ウィンドブレード》《エンドロール》!」
「《雷霆脚》《紫電一閃》!!」
二つの頭に、其々刃のような風と鋭い雷が襲いかかる。雷鳴が轟き、風が吹き荒れ、歪な笑みを張り付けたままのロノウェが、バラバラと分解されていく。
『ぎゃああああ! あああああッ!!』
耳障りな叫び声を上げながら激しくのたうち回り、ロノウェ二体は塵になって消えた。極限まで断片化し、崩壊したものは戻らない。それは異影と化した精神体も同じこと。
完全消失したのを確かめて、ルーナとカラヴィンカはホッと息を吐いた。
「ルーナ、カラヴィンカ、ありがとう。……お疲れさま」
ボロボロになったステージに佇む二人に、フレイの労いがかけられる。
振り向くと防護壁を解いたフレイが、済まなそうな顔で二人を見上げていた。
「すんごいキモかったけど、何とかなったよ」
「あんな異影もいるんですね……」
「それなんだけどね」
フレイが説明しようとしたところへ、また通信が入ったらしく意識が逸れた。暫く外からの声を聞いて、それからフレイは「ごめん」と断った。
「一先ず戻ろうか。コロンビーナもあのままじゃ可哀想だしね」
フレイの背後では、上体を起こした格好のコロンビーナがいた。消し飛んだ脚は相変わらずで、断面には小さくノイズがチラついている。
「あ、そっか。ごめんごめん。戻れそう?」
「はい。処分のほうを全てお任せしてしまって、すみませんでした」
「いいって。んじゃ、部屋まで運んであげるね」
「え……? きゃあ!」
コロンビーナの体を抱え上げると、カラヴィンカはルーナとフレイを振り返った。
「ぼくはコロンビーナを届けてから戻るから、ルーナは先に戻ってて」
「う、うん、待ってるね」
人ひとり抱えたまま駆けていくカラヴィンカを見送ってから、ルーナはフレイに「わたしも失礼しますね」と声をかけてログインポイントに入った。




