開始
視線が一点に集まり、空気が引き締まる。
ルーナも自然と背筋を伸ばして壇上のフレイを見上げた。
「試験の説明を始めるから、闘技場ステージの上においで」
バラバラと候補生たちが壇上に上がる。件の男子候補生は集団から少し離れたところで止まり、なにを思ってか今度はフレイを睨み付けている。
全員が集まったのを確かめてから、フレイは解説を始めた。
「まず君たちには、順番に異影を倒してもらうよ。上でも言った通り管理局で作成したデータではあるけれど、実際の異影を元に作られているから、油断しないように」
「はい!」
「基本は二人一組だけど、一人のほうが戦いやすかったらそれでも構わないよ」
試験番号がないため、コードネームの頭文字順に試験を行うことになった。
一番手はウルスラとジャターユのコンビ。ウルスラが「俺様いっちばーん」とへらへらしながらステージに上がった。相方のジャターユはそれを無視して、右肩に乗せた猛禽のような鳥を撫でている。彼もルーナ同様、イマジナリーフレンドを持っているようだ。
一番手のコンビを残して他の候補生は一旦下に降り、見学の形を取る。
「それじゃあ、一体目……開始!」
フレイの合図と共に、ステージ上にファンタジーゲームで見るオークに似た怪物が現れた。太い手足にずんぐりとした胴体、青碧に近い肌色に、頭上の角。それと、右手に握られた丸太のような棍棒。身長は二メートルを超えており、野太い雄叫びは見学席までをも震わせる。
ゲームとして画面越しに退治するのと目の前に立たれるのではわけが違う。対峙している二人もそれを実感しているようで、異影を見つめたまま固まっていた。
「あっ……!」
見学席の誰かが、声を上げた。
異影の持つ棍棒がゆらりと振り上げられ、そのままウルスラに叩きつけられたのだ。激しい音を立てて、二つあった人影が一つになる。人型に構築されていたウルスラの精神体が分解され、形を保てなくなっていた。
すぐ真横で相棒が叩き潰されたのを見、ジャターユが歯を食い縛って構えた。
「サムパーティ、《バードストライク》だ!」
ジャターユが右手を前に突き出すと、肩の鳥が腕を滑走路のように滑って真っ直ぐ飛び出した。炎を纏った鳥は異影の胴体を爆発しながら突き破り、爆炎の一部が再び鳥の形となって元の位置に戻っていった。
バードストライクは飛行型イマジナリーフレンドを修得して初めて覚えられるスキルだ。名前が示す通りイマジナリーフレンドを敵にぶつけるスキルで、力を溜めてから発動する必要がある。
『ヴォオオオォォ……!』
「……遅いよ。《ドライブフロー》」
構築要素の大半を吹き飛ばされた異影が、呻き声を上げながら棍棒を振り上げる。が、それより早くジャターユ自ら動き、炎を纏った脚で回し蹴りを二回食らわせた。
ジャターユの戦い方は、エネルギーを溜めて炎に変換し、相手に叩き込む溜め技の連撃らしい。ウルスラがどういった戦い方をするのかはわからず仕舞いだったが、彼と組んでいるということはガード役だったのだろう。
後悔先に立たずだが、呆然としている時間があったら、盾を構築するべきだったのだ。
ステージ上で、異影が形を保てず断片になっていく。砂の城が崩れるようにボロボロと形が崩壊していき、最後には小さなメダルだけが残った。
「お疲れさま。ジャターユくんは合格だね」
何事もなかったかのようにステージへ上がると、フレイはメダルを拾ってジャターユに渡した。ジャターユは鈍い金色の光を放つそれを受け取り、無言で一礼して降りていく。
何とも言えない空気の中、次の候補生が呼ばれた。異影は猪型モンスターの形で、牙の他に額の角と異様に発達した爪が特徴だ。
実技試験は先行した候補生の戦いを真似られないよう、全員異なる形の異影と戦うことになる。鳥形、人型、獣型、ロボットのようなものから、戦車のようなものまで。見た目も違えば戦い方も違う。
そして、実技試験は『獣型じゃなくロボットだったら勝てた』などという言い訳は通用しない。実際の戦闘で、異影が此方の得手不得手を忖度してくれようはずもないからだ。
一人、二人と脱落者が出て、一人、二人と合格者が出る。
ウルスラのように一撃で崩壊まで行った者もいれば、場外に吹き飛ばされた衝撃で意識喪失した者もいる。前者は再起不能だが、後者は誰かが覚醒させれば復帰出来る。
楔の世界は常に精神的な死と隣り合わせにあるのだということを、候補生たちは改めて痛感していた。




