相棒
電脳世界へDiveが完了すると、ルーナは辺りを見回した。
「あ、いたいた。此処でも一緒なんだね」
ふよふよと漂いながら近付いてきた、球体に猫耳と尻尾と小さな手足をくっつけたような小型の生物に手を伸ばす。ルーナが初めて覚えた専用スキル《イマジナリーフレンド》で作成出来る相棒アバターで、専門学校に通うことを決めた一番の理由でもある。
「何だか高校の寮に初めて入ったときみたい……」
相棒を肩に乗せ、改めて部屋を見る。
自宅でDiveしたときと違い、ログインポイントは自室ではなく社員寮や学生寮の一室に似たシンプルな部屋だ。此処が本部専用のログインポイントなのかと感動を覚えつつ、ダイブする前に言われた扉を見つけて手をかける。
「ドアノブの感触もしっかりしてるし、自作の部屋じゃないのに内装が整ってる……凄い……」
白い壁に、仮眠用ベッドと簡素な机があるだけの部屋だが、喩えこれだけでも創造維持するのは困難である。どれほど高価な機材を揃えても、腕がなければログインポイントを部屋らしく整えることも出来ない。
喩えるなら、何万もする絵具やプロ用の機材を買っても画力が手に入るわけではないのと同様。とはいえ、既に腕のあるものが機材を揃えれば更に上を目指すことが出来るのも確か。つまりこの本部には、複数人のログインポイントを創造維持出来るだけの腕を持ったDiverがいるということになる。
感動に胸を震わせながら、ルーナは扉を潜った。
「わ、広い……!」
扉の先は円形闘技場に似た舞台が中央に設置された、ドーム型の空間だった。周囲の壁には扉が三十個……つまり潜行シートの数だけあり、どれもルーナが今し方出てきたものと同じデザインで同じ大きさ、同じ作りをしている。
それはそれとして、ルーナは一つ気になることがあり、目を瞬かせた。
「だ……誰もいない……?」
そう。皆で同時に潜ったはずなのに、人の気配が全くないのだ。教官たちは候補生のDiveを見守ってから来ると言っていたので、まだ他の候補生を見ているのだろうが。
ならば候補生が自分しかいないのは、いったいどういうことだろうと首を傾げる。
「……あれ? ルーナだ! すごーい、早いねー! てゆーかイマフレじゃん可愛いー!」
まさか自分だけ場所を間違えたのではと不安になりかけたとき、別の扉が開いてカラヴィンカが現れた。パタパタと駆け寄ってくるその姿は外界で見たものと殆ど変わらない、甘い色の服を着た幼げな少女のものだ。
「良かった、カラヴィンカも来たんだ」
「うん。ぼく、Dive速度と精度には自信があったんだけど、ルーナは凄く早いんだね」
「そうかな? ありがとう。わたしの場合は、アバターの構築が単純なのもあると思うよ」
ルーナのアバターは、Tシャツとショートパンツにスニーカーを履いた、外界の自分と大差ない少女の姿。知人には『ソシャゲの無課金初期アバター』と揶揄される、単純なものだ。それでさえ最初はろくに構築できなかったのだからと、未だに欲を出さず初期アバターを使い続けている。
一方でカラヴィンカのアバターは、外界の本人と同じという共通点はあるものの、複雑さが全く違う。Diverのあいだでは『構築打点』『作画カロリー』などと呼ばれる画の工数が圧倒的に多いのだ。
電脳世界のアバターは、CGを作成するとき同様に、動かす点や色数が多ければ多いほど工数が増す。工数が増せば構築に時間がかかり、下手をすると自己を再構築出来ないまま電脳空間で漂う羽目になる。そうなれば最終的に崩れた自我の破片が異影と化すため、不慣れなDiverはまず一番見慣れている現実世界の自分にシンプルな衣装を着せた『無課金アバター』状態で潜る。
カラヴィンカのアバターをざっと見たところ、ルーナのアバターに比べて構築打点が軽く三倍はありそうだ。
「ぼくは普段からあの格好だから、逆にシンプルな格好とか創造出来なかったんだよね。やろうとしたことはあったんだけど、服がのっぺりしちゃってプラスチックみたいになってさあ」
「そうだとしても、わたしはまだそんな複雑なアバター動かせないもん、凄いよ」
「えへへ、ありがと」
二人が話していると、他の扉が開いて数名の候補生が姿を現した。
殆どの候補生はホールの広さや緻密さ、複数人のログインポイントを創造維持していることへの感心を表情に乗せて辺りを見回しているだけだが、一人の男子候補生が真っ直ぐルーナたちの元へ歩み寄ってきた。
その表情はどう見ても好意的ではなくて、カラヴィンカはルーナを庇うように前に出た。




