潜行
「君たちも、見学じゃないんでしょう? ほらほら、席について」
「あ……は、はい、すみません」
話に夢中になっていて気付かなかったが、いつの間にか二十数名の候補生が部屋にいて、殆どが席に着いていた。同じく壁際で所在なげにしていた候補生たちと共に、いそいそと席を探す。
高校受験のように試験番号が配られるわけでもなければ、席が決まっているわけでもないので、ルーナとカラヴィンカは何となく真ん中の通路を挟んで左右に並ぶ位置に座った。
一般に流通しているシートも充分高価だが、此処のシートは本部のものなだけあって座り心地が違う。何時間でもこうしていたいと思えるほど、自分の体に合わせてオーダーメイドしたのではと勘違いするほど、体を適切に包み込んでくれる。
万人に丁度良いことなどあり得ないはずなのに、候補生は誰も同じ感想を抱いた様子でシートの見事な感触に感動していた。
「全員揃ったね。では……」
二人が席に着いたのを確かめると、彼らの代表らしき金髪の男性が咳払いを一つした。
「―――ようこそ、楔候補生の諸君。君たちはいずれ世界の綻びを正すため、Dive技術を以て異影の排除に務めてもらうこととなる。しかし、それも此度の試験を突破してこそである。成績の如何によっては潜行権利剥奪も有り得る。心して挑むように」
「はいっ」
候補生たちが声を揃えると、金髪の男性はにこりと微笑んで続けた。
「此処までが、マニュアルに書いてある通りの文言。此処からは僕が掻い摘まんで説明するから、わかりにくいところがあったら言ってね。といっても、君たちは殆どが既に潜行許可証持ちのようだから、其処まで難しい話ではないと思うけれど」
にこにこと人好きのする笑みを浮かべながら、手にしていたファイルを机上に置く。先ほど彼が読み上げた堅苦しい文言とは大違いな、やわらかく優しい物言いだ。
「僕は、今回君たちの教官をすることになったフレイ。こっちの筋肉がナーガで、そっちの美人がサマエルだよ」
フレイの紹介に合わせて、それぞれが小さく頭を下げる。
簡潔を通り越して紹介になっていない言い様だったが、慣れているのか諦めているのか、二人が口を挟む様子はない。
「試験は皆に異影除去を行ってもらうことになっているから、心してね。試験用の会場とはいえ、これから潜るのは実際に楔たちが仕事をする現場を再現して作った空間だから、油断すると崩壊や異影化だって有り得ると思って」
「契約書にある通り、あなた方の油断と慢心によるあらゆる事象に、我々は感知しません。教官と補佐官はあくまで空間の作成と維持、そして監査のためにいます。いざというとき助けてくれる、便利アイテムだと思わないように」
フレイに引き続き、サマエルがおっとりとした口調で候補生たちに釘を刺す。潜ったら、あとは自己責任。潜行自体が常に危険を伴う行動であり、更に最も前線で危険と立ち向かう楔たちには、なにかあれば誰かが何とかしてくれるだろうなどという甘えは許されない。
「君たちが無事Diveしたのを確認したら、僕がすぐ教官室でDiveするから、皆は扉を一つ潜った先にあるホールみたいなところで待っていてね。状態確認はナーガとサマエルがするよ」
「はい!」
候補生たちの緊張と期待を映した眼差しを一身に受けて、フレイが頷く。
「では、潜行開始」
合図と共にヘッドギアを装着し、腕を肘置きに乗せ、体を背もたれに預ける。
両開きの半円形自動ドアが閉まるようにして、左右からモニタールーフが閉じていく。モニタールーフが閉じると、潜行シートの内部と外部は完全に隔絶される。外からは状態確認用モニターで心拍数や脈拍などを視ることが出来るが、内部の人間は外に誰がいるか、或いは誰もいないかなど一切感知できない。
抑も潜行中は完全に意識を電脳世界へ移しているため、正規の手順で帰還しない限りは叩こうと揺すろうと戻ってくることは出来ないのだが。
ルーナの意識も、現実世界から切り離されて電脳の海へと沈んで行く。一瞬重力から解放される感覚がして、次いで深い水の底へ落とされる感覚。自我が情報片に分解されそうになるのを堪え、意識を人型に保つ。
情報の群が剥き出しの精神を侵そうとするのを感じながら、ルーナは自己を再構築した。




