同期
Diver管理局本部。
ウェントス貿易と社名が書かれた都内某所の高層ビルを前に、ルーナは一つ深呼吸をした。
カヴァー組織である貿易会社に勤める人たちが忙しなく行き交う一階ロビーを抜け、吹き抜けの中庭を横目に、明るい廊下を進む。
足下はダークトーンのタイル床で、壁は清潔感のあるオフホワイト。左手側に中庭を望む大きな窓があり、中庭には対岸にある社員用のカフェで軽食を買ってすぐ休憩が取れるよう、テラス席がいくつかある。窓を覗き込むようにして上を見れば、果ての果てに小さく空が見えた。
窓から離れて奥へ進むと、地下へ向かうエレベーターがある。地下と上階の一部は、貿易会社の人間は入ることが出来ないよう設定されており、ルーナはエレベーター前でパネルにパスワードを入力した。
一瞬の間を置いて、ピッと電子音が鳴り、エレベーターの扉が開く。ルーナが乗り込むと背後で扉が閉まり、ボタンを押さずとも下へと動き出した。
『地下、三階です』
機械音声の案内とほぼ同時に扉が開き、ルーナはいま再び襲い来る緊張を胸にエレベーターから降りた。背後で扉が閉まり、上へと上がっていく駆動音が響く。上階に比べて無機質さが際だった内装の廊下を進み、最終試験会場と書かれたプレートが掲げられた扉を潜った。
「わ……! 凄い……」
会場は多目的ホールのような広々とした一室に、贅沢にも潜行シートが三十基並んでいた。この専用機材は大仰なリクライニングチェアに似た形をしており、潜行中は頭から足先までがモニタールーフに覆われる。外からは椅子形のカプセルにも見える状態となるため、中の人間の状態を確認するためのARライブモニターが胸の辺りに浮かび上がるようになっている。
軽く一基数百万はする機材を、楔候補を選別するためだけにこれほど用意出来ることに驚きつつ辺りを見回すと、ルーナと似たような表情で潜行シートの群を眺めている少女がいた。彼女もまた部屋の奥へ進む勇気が出ないようで、壁の華どころか壁掛けのタペストリーにでもなりそうなほど背中をぴったりとくっつけて直立不動でいる。
「あの……あなたもデバッガー免許を取りに来たんですか?」
ルーナが声をかけると、壁に張り付いていた少女はいまルーナの存在に気付いた様子でビクリと肩を跳ねさせ、そろりと振り向いた。
少女はピンク色とクリーム色に染めた髪をツインテールにし、逆毛を立ててふわっとした感触に仕上げている。顔の左右に頭部とほぼ同じ大きさの髪束が揺れており、服装もそんな髪型に似合う淡いピンクや薄紫や水色等を絶妙なバランスで組み合わせた、女児服風のデザインのものを纏っている。肩に斜めがけにしたバッグはユニコーンの形をしており、見ればネイルアートにもハートや星のモチーフが鏤められている。
「うん、そうだよ。Diverとして仕事をしてると、異影に煩わされることが多いからさ。ならいっそ、自分で駆除出来るようになったらいいんじゃないかなって思って」
「気持ちはわかります。わたしも似たような理由で免許を取りに来たので」
「へえ。見たところ学生さんっぽいけど、いくつ?」
「十八です。まだ専門学生で……」
ルーナの答えに、少女は「若くていいなー」とのんびりとした声をあげた。
てっきり同じくらいだと思っていたルーナが目を丸くしているのを見、少女がくすくす笑う。
「ぼくは二十三だよ」
「えっ!?」
本格的に驚いたルーナを満足そうに見つめ、そういえばと言いながらルーナの正面に立つ。
「ぼくはカラヴィンカ。よろしく」
差し出された右手と少女――カラヴィンカの顔を交互に見て、ルーナは自分の右手を差し出してそっと握った。
「わたしはルーナといいます。よろしくお願いします」
「よろしく。ていうか敬語使わなくていいよ? 一緒に免許取れたとしたら同期じゃん?」
「え、でも……」
遠慮しかけたルーナの手を、カラヴィンカが僅かに力を込めて握り直す。
「もう、せっかくのご縁だから仲良くしたいって言ってんの。ほら、遠慮しない」
「うん、わ、わかった。じゃあ、よろしくね、カラヴィンカ」
勢いと圧力に負けてルーナが改めて敬語を外すと、カラヴィンカは満足げな笑みになって何度も頷いた。と其処へ、奥側の扉が開き、三人の男性が入ってきた。
一人は、お伽噺の王子様を絵本から抜き出してきたような見目麗しい金髪の男性。もう一人は、褐色肌と服を着ていてもわかるほど鍛え上げられた筋肉が眩しい大柄の男性。もう一人は、女性と見紛うほど嫋やかでしなやかな長身細身の男性。
三者三様の男性が突然現れ、ルーナはぽかんとして見つめてしまった。




