新世界の入口
「では、風月さんのためにも改めてCODE:eの世界観を説明しましょう」
「はい、お願いします」
伏し目がちなまま淡く微笑み、静はシステムの序文を読み上げる。
――――楔たちよ、世界を再構築せよ。
感情。意識。記憶。
それらを構築する要素を『魂』と呼ぶならば。
我等はそれをネットワーク上に転移させる術を得た。
Dive技術は瞬く間に世界中へと広がり、MMORPGやVRチャットユーザーを中心としてもう一つの世界を構築するまでに至った。人々は現実の疲れを癒すため。或いは、理想の姿となるため。また或いは、仮想現実世界で第二の人生を歩むため。電脳世界に魂を浸し続けた。
その行いが、緩やかに身を滅ぼしつつあることも知らずに――――
電脳世界に意識を転移させる技術『Dive』が確立され、人々は挙って電脳上に新たな世界を構築した。大手ゲーム会社を筆頭に、個人でも小さな街や村程度なら簡単に作ることが出来るこの新技術は、人々を現実世界から遠ざける結果となった。
家庭用ゲーム機が発売されたときにも、個人用端末が広く一般的になり始めたときにも言われた「人を堕落させる技術だ」「こんなものは馬鹿のすることだ」といった風評も流れたが、過去嘗てそのように言われていてなおそれらの技術が消えていないのと同様、Dive技術もまた、偏見をものともせずに普及していった。
しかし、これまでの技術と違いDive技術は意識を完全に電脳世界へ浸すため、時間を忘れて没頭してしまう人が続出。社会生活が崩れ始めたことで、政府はDiveに制限を設けた。これに反発した若者たちが違法電脳市街を作成するなどの抵抗を見せるが、後手に回りがちな日本政府にあるまじき速度で取り締まり、規制し、各国と協力して罰則を強化していく。
その反応速度と厳罰の有り様から、ある噂が流れ始める。
「――――電脳世界には、一般に知られたら拙いものでもあるのではないか……と」
電脳世界には現在、許可を得て作成されたMMORPGやサバイバルゲームなどの他、アバターチャットルームやVR配信サイトなどが存在する。そして、公認のものがあれば、非公認のものもあるのが世の常。電脳スラムと呼ばれる非合法都市が電脳世界の深部にひっそりと息づいている。
「電脳スラムは上級からのルールですので、いまは軽く触れるだけにしましょうか」
「そうだね。簡単にいうと、闇市みたいなところだよ。政府の目を盗んで異影データや感染バグを売ったり、電脳ドラッグを売買してる人たちの巣窟って感じかな」
「つまり、現実のスラムと変わらない、普通は近寄らない場所ってことです」
「なるほど……」
一通りの世界観説明を終え、部屋に備え付けの冷蔵庫から取り出したお茶で喉を潤す。一つ息を吐くと、静は一枚のサマリーを風月に手渡した。手のひらサイズほどのメモには、ハンドアウトが記されている。
サマリーには『あなたは無事、筆記試験と精神鑑定、意識調査を突破し、三ヶ月間実技を学び、今回晴れて最終試験を受ける権利を獲得した。カラヴィンカと共に最終試験を突破し、楔の資格を獲得せよ』とある。
「Diverとは、楔を含む電脳潜行を専門とする職業の総称です。といってもプレイヤーに関係あるのは直接ノイズと戦う楔と、後方支援を行う隠くらいのものですが」
「サプリを買うと政府調査員の儺とかも作れるんだけど、今回は使わないからね」
家庭用ゲームでいうところの追加コンテンツもあると知り、今更ながらにTRPGの底知れない世界の深さに戦くが、それよりも楽しみが勝っている自分に気付いた風月は興奮を抑えながら話を聞いた。
「今回の舞台は二一三二年の東京にある架空都市に設立されたDiver訓練施設です。そして、風月さんは第一〇三期生の楔候補として最終訓練を行うため、本部を訪れています。他の皆さんは教官だったり補佐官だったりと、それぞれ役割があります」
「俺らのキャラは既に何度かシナリオ通過してて経験点が溜まってるからさ、あくまで今回は補助役ってことになってんだ」
「私も風月のキャラメイクと同時進行でキャラクターを作っていたから、同じ候補生よ」
「そうなんだ。羽月が一緒なら心強いよ」
うれしそうな風月の言葉に、羽月が表情を綻ばせる。相棒の名前だけが違うサマリーが羽月にも渡っていることから、カラヴィンカとは羽月のキャラクター名だろうかと風月は思った。




