第3話 ケイトだった頃
静まり返った部屋の中に、敬斗の言葉だけが響く。
「私は、この日本とは別の世界で、冒険者として生活をしていた記憶があります」
敬斗の口をついて出てきた言葉は、この場の人々の予想を超えていた。
「異世界転生⋯⋯いや、逆転性?」
さくらが呟く。
敬斗はさくらのつぶやきに頷くと、前世の自分について語り始めた。
◇
「報酬の精算を頼む」
ケイトはそう言うと魔物の素材をカウンターへと置いていく。
その素材の量と質に受付嬢は絶句した。
「終わったら呼んでくれ」
受付嬢の反応を無視して併設している酒場へ向かった。
視界の端から、うんざりするほど見慣れた兎人族の少年が駆けてくる。
「兄貴!弟子にしてくれよ」
その言葉にケイトはため息をつき、呆れたように返す。
「俺は弟子は取らない。何度言えば分かるんだ」
「兄貴じゃないとダメなんだよ」
「無理だ。他をあたれ」
ケイトは突き放すように言うと椅子にドカリと腰掛ける。
「おい!ぴょんキチ。お前じゃ冒険者は無理だ」
「「「はははっ!」」」
酒を飲んでいた男の言葉に周囲に笑いが広がる。
少年は悔しそうに一瞬俯いた。
それでも拳を握りしめ、言い返す。
「お、俺にも目標があるんだ!」
ケイトは黙ってその様子を見ていた。
(気に入らん)
兎人族の少年はケイトに向き直る。
「荷物運びでも何でもやるよ」
食い下がる少年。
ケイトはため息をつく。
「お前も見ていただろう」
そう言い終わるとケイトの隣に黒い空間が出来た。
その空間に右腕を突っ込む。
中から槍を取り出すと一回転させ、床に打ちつける。
ドン!
その音に少年を馬鹿にしていた連中の表情が変わる。
笑い声が止んだのを確認すると、ケイトは槍を空間にしまった。
「アイテムボックスだ。荷物運びは必要ない」
アイテムボックスの魔法を見せられて少年は一瞬怯む。
「それでも……何かあるはずだ!」
少年は諦める気はないらしい。
「どうしてそこまで俺に――」
「ケイト様、精算が終わりました」
受付嬢の声に少年との会話を中断し立ち上がる。
――今思えば、あのとき理由を聞いていたら未来は変わったのか……
「依頼達成報酬と素材売却代金。合わせて金貨28枚となります」
「「おぉぉ……」」
受付嬢の報告に耳を傾けていた連中の感嘆のため息があがる。
「一回の収入で俺のパーティの年収以上だと?」
「王都で平民なら家族四人が一年暮らせる金額だぜ?」
「やっぱS級になると収入も段違いだな」
「おいおい、お前ら忘れてないか?ソロの収入だぞ?」
「そうだ、忘れてた。一人の収入であれだ、すげー」
野次馬の声を無視してギルドを出る。
振り返るが少年はついてこなかった。
◇
「はい、スープ」
コト。
テーブルに皿が置かれる。
定宿の朝食。
ケイトが無言でテーブルにつくと女将がいつものように用意してくれる。
「最近、バッツ見ないね」
女将の問いに首をひねるケイト。
「バッツ?」
その反応に大きくため息をつくと腰に手をあて、説教気味にケイトに告げた。
「あんたを追いかけ回してる兎人の男の子だよ!」
その言葉にケイトは納得する。
「ああ」
(言われて気づいたが、ここ数日見ていない)
そのケイトの様子に呆れたような表情で女将が尋ねた。
「あんたねぇ。なんとかしてやれないのかい?」
「口出ししないつもりでいたんだが、あたしゃ不憫でねぇ」
エプロンを目に当て、大げさに泣くような仕草をする女将。
「俺は他人と組んだことは無いんだ。他をあたった方がいい」
女将はケイトの言葉に少し驚いた表情をする。
「あんた、もしかしてなにも聞いてないのかい?」
「ん?何の話だ」
ケイトの返しに目を見開く女将。
「……信じられない」
次の瞬間、ケイトを睨むと向かいの席に座った。
「いいかい。あの子はあんたに会うためだけにイーストヴァーンから来たんだよ」
「イーストヴァーン……ここから大陸の反対側、東端にあるあの町か?」
ケイトは記憶をたどり町の位置を確認する。
「そうだよ、そのイーストヴァーン」
「どうして、そんな遠くから俺に会いに来たんだ?」
ケイトの質問に、女将は呆れたように両手を広げ、肩を竦める。
「あたしが知るわけないじゃないか。疑問に思うなら直接聞きな」
「あんたの弟子になる話は、この町じゃ知らない者は居ないくらい有名だよ」
女将は机に身を乗り出し、ケイトに顔を近づける。
「あの子はどんな仕事も嫌がらず一生懸命やるんだ」
「だからあの子を応援している人は多いよ」
少し芝居がかった調子で、町の人やバッツの真似をしながら話す女将。
「『弟子になれたかい?』これが、この町であの子への挨拶さ」
「『いや、まだだ。だけど諦めない』の返しとセットだけどね」
女将はケイトを見て苦笑する。
ケイトは少し考え、口を開いた。
「次に会ったらちゃんと話をする」
その話を聞いた女将はウンウンと頷く。
「私を含めたこの町の多くの人たちはあんたと、バッツに期待しているよ」
「S級冒険者はみんなの憧れじゃないとね」
そう言うと、女将は席を立ち、ケイトの肩をポン!と叩くと奥へ引っ込んでいった。
◇
「目立つ依頼はなしか…」
ギルドの掲示板に目を通すケイト。
目につく依頼は一つ。
ファイアーバードの切羽の納品。
首元にある羽で魔道具の材料だ。
掲示板を見つめるケイトが気になったのか受付嬢が声をかける。
「その依頼、気になりますか?」
ケイトは受付嬢へ顔を向けた。
「ああ。無制限買い取りは珍しいと思ってな」
「なんでも、新しい魔道具に必要らしく、制限なしの買い取り依頼です」
「なるほどな、それでか…」
「買い取り無制限ですからね。受注制限なしです」
受付嬢はそう告げるとカウンターの方へ歩いていった。
「たまにはダンジョンで素材集めでもやるか」
ケイトはそう呟くと、今日は肩慣らしと決め、ダンジョンへ向かう。
◇
ダンジョン前はいつも以上に盛況だった。
ごった返す人混みの中をかき分けながら入口を目指す。
――そんな時だった。
すれ違った冒険者の会話が耳に入る。
「危なかったな」
「いや、あのガキがいてくれて助かったよ」
気になる会話ではあるが、そのまま素通りしようとした時――
「あのぴょんキチ、雇って良かっただろ。俺のおかげだ」
「役立たずのクソガキだが、盾ぐらいには使えるからな」
笑いながら話す冒険者に振り返る。
「おい!」
冒険者の肩をつかみ振り向かせる。
「なにすんだよ!」
大声を上げながら振り返った冒険者はケイトの顔を見て怯えた。
「な、な、なにか用ですか」
「さっきの話を聞かせろ」
冒険者を睨みつけ、肩に指が食い込むほど握りしめる。
「いたたた、話します。話しますって」
肩を掴むケイトの手をつかみ、なんとか引き剥がそうとする冒険者。
「いいから話せ。このまま肩を潰してもいいんだぞ」
「お願いします。話しますから、肩が折れる…」
涙ながらに懇願する冒険者の肩から手を外し、剣を抜く。
「嘘の話をするならこの場で首を跳ねる」
「後で嘘とわかっても地の底まで追いかけてでも殺す」
「その覚悟で答えろ!!」
ケイトは大声で怒鳴りつけた。
その剣幕に冒険者はへたり込み、何事かと人々が集まってくる。
「だ、旦那の周りを飛び回っていた、うざい小僧の事ですぜ」
「旦那が気にするような話で――」
冒険者の会話を遮るように、ケイトは剣を振り抜いた。
「ぎゃあーーー!」
冒険者の右腕が落ちる。
「覚悟を決めろ!お前が対峙しているのはそんな相手だ!」
ケイトはそう言うと痛さで転げ回る冒険者を蹴り飛ばす。
取り囲んでいた連中も目の前で起こっていることに戸惑い始める。
「お、おい。たしかケイトさんてS級で一番穏便な人と言われてなかったか」
「俺もそう聞いていたが…ここまで怒っているんだ、コイツらがなにかやったんだろ」
「いや、でも腕まではやりすぎじゃ…」
周りを囲んでいた野次馬も腕を切り落とすほど怒るケイトから距離を取る。
剣を向けるケイトに怯えながら腕を切られた冒険者の仲間が懇願する。
「わかりました、わかりました。ちゃんと言います。お願いだから、お願いだから」
そう言いながら土下座をする冒険者。
「殺さないで…」
ケイトはそんな冒険者を虫けらでも見るような目で睨む。
「言え」
震えながら話し始める冒険者。
「兎のガキをポーターで雇ったんです」
「最初は断ったんですが何でもやるとすがるんで…」
ケイトの顔色を見ながら話す冒険者。
続きを促すように、ケイトは顎をしゃくる。
「ファイアーバードを狩りに来たんですが人が多くて…」
「それでいつもより少し奥に行ったら魔物の群れがいて」
その先をなかなか言わない冒険者。
ケイトは剣を横に構えた。
「言います!言います!」
冒険者は、その動きに慌て出す。
「ガキを囮にして逃げました!」
そう言うと身を伏せる。
「うさぎのガキってバッツか?」
「冒険者ギルドにいるってんならバッツだろ」
「バッツを囮に?マジか?」
「みんなに伝えてくる」
冒険者の告白に外野も騒ぎ始めた。
「どこだ?」
ケイトは剣を突きつけたまま尋ねる。
「は、八階奥の広場で…」
ケイトは記憶をたどる。
「あそこか…」
そう言うと剣を収め、切り落とした腕を掴んだ。
痛みで転げ回る冒険者を踏みつけると腕を切断面に合わせる。
「ハイヒール」
そう呟くと光が溢れた。
冒険者の腕は光で包まれ、その光はだんだんと収まっていく。
「う、う、腕が戻った」
「今から行ってくる。嘘ならそんなもんじゃ済まないぞ」
ケイトはそう言うと走り去る。
その背後では、野次馬に取り囲まれ、逃げ道を塞がれた冒険者たちが震えていた




