第4話 破片を集めて
「どっちだ?」
ケイトはダンジョンポータルの前で悩んでいた。
「八階奥か…。よりによって一番面倒な場所を選ぶとは」
「五階、十階、どっちを選んでも同じくらいかかりそうだな」
「悩むくらいなら強行突破だ」
十階ポータルへ飛び、ダンジョンを戻るように移動した。
進路を塞ぐ魔物だけを倒し、そのまま走り去る。
「間に合えよ」
焦る自分に言い聞かせ、走り続ける。
「あの奥だ」
角を曲がった途端、魔物が群がっている場所が見えた。
有無を言わせず駆け寄り、目の前の魔物を次々と切り倒す。
「あに…き」
小さく声が聞こえる。
ケイトはバッツがここにいると確信したが、目の前の魔物を倒すことを優先した。
(見えた)
血まみれのバッツが見える。
「アイスジャベリン」
氷の槍が魔物をまとめて貫く。
「エアーカッター」
「ストーンバレット」
剣で薙ぎ、魔法で払う。
ケイトはバッツに当たらないよう、自分の最速の技で次々に魔物を屠っていく。
「あに……き……ごめ……」
「いい!今は喋るな!」
(急げ、なんとしても助けろ)
最後の一体を倒し振り返る。
そこには体のあちこちを食われボロボロのバッツがいた。
「ハイヒール」
光がバッツを包み輝く。
光が消え、先ほどと見た目がほぼ変わらないバッツがいた。
「ハイヒール」
光がバッツを包むが、バッツは光らない。
「ハイヒール」
「ハイヒール」
「ハイヒール」
ケイトは頭では理解していたが認めたくはなかった。
「ハイ―――」
「あ、にき」
バッツの声が聞こえた。
「おかげで……楽に……なったよ」
「助けに……きて、くれて……あり……」
「もういい、喋るな!」
ケイトは跪き、頭を下げる。
「ハイヒールでは、失った部位までは戻せない」
「俺の力では……すまない」
その言葉にバッツは笑う。
「あにき……が、あやま……ゴホゴホ」
口から血を吹き出すバッツ。
「もうしゃべ―――」
バッツは腰のバッグをむしり取るとケイトに渡した。
「たの……」
そのままバッツは動かなくなった。
「バッツーーーー!」
ダンジョン中に響き渡るようなケイトの叫びがこだまする。
◇
ダンジョンを出ると多くの町の人々が集まっていた。
ケイトは見渡す。
女将、パン屋、屋台のおやじ、大工の棟梁、老婆に子供…
ケイトも知っている顔ぶれもいるし、見たことがない人物もいる。
「バッツは?」
女将が一歩前に出て、ケイトに心配そうに尋ねる。
ケイトはゆっくり首を振る。
「「そんな……」」
幾人かの声が聞こえた。
「連れて帰ってきたが見せられる状態じゃない。俺が預かる」
ケイトの言葉に誰も反論しなかった。
「あんたが助けに行っている間に聞いたよ」
「奴ら、バッツが逃げないように足を切ったらしい」
「そのまま放置して逃げたと素直に語ったらしいよ」
「嘘をついたら、あんたに殺されるってね」
女将はそう言って、わずかに苦笑した。
「バッツが最後に、これを俺に、と……」
バッツがケイトに最後に渡した小さなバッグを女将に見せた。
「それ、バッツ兄ちゃんが大切にしてたバッグだ」
子供は、そう言うとバッグを指差した。
「なんか言っていたかい?」
女将が子供に尋ねる。
「『俺の一番大切なものがここに詰まってる』て」
「そうか」
女将は振り返るとケイトに言った。
「大事なものは、ちゃんとあんたに渡せたようだね」
◇
ケイトは一人部屋でバッツのバッグの中身を見ていた。
中には少額のお金と紐で束ねた紙の束。
それに空の魔石が入っていた。
ケイトは紐をほどいて紙を見る。
多分、何度も読み返したのだろう。紙切れはボロボロだった。
中を開くと読みづらい子供の字で書かれた手紙だった。
――バッツ兄ちゃんへ
俺達を救ってくれるケイトさん連れてきてください。
みんなで待ってるからね。
ケイトさんが来るまでみんなで頑張る。
バッツ兄ちゃんも頑張れ!
いくつか読んでみた。
字が崩れて読めない手紙も多く、全部読めたわけじゃない。
それでもケイトの名前とバッツの名前が、交互に出ているのは分かる。
「俺じゃなければいけなかったのか…」
理由はわからない、それでも手紙の内容からケイトはそう判断した。
――――
「兄貴じゃないとダメなんだよ」
「お、俺にも目標があるんだ!」
「荷物運びでも何でもやるよ」
「それでも……何かあるはずだ!」
あの日のバッツの言葉が頭に響く。
「どうしてそこまで俺に――」
「ケイト様、精算が終わりました」
――――
「あのとき理由を聞いていたら未来は変わったのか……」
◇
「あんたの事だ、心配はしてないが、その…気をつけて」
女将が照れくさそうにケイトに別れを告げる。
「バッツを頼んだぞ」
「バッツの願いを叶えてやってくれ」
多くの町の人が門の前にいた。
ケイトがイーストヴァーンへ向かうと知り、町の人々が見送りに集まったのだ。
(俺が名前すら知らなかったバッツは、町の人にこれだけ慕われていたのか)
一人ひとりの顔を記憶に刻み込むようにケイトは見つめた。
頷くと、ケイトは振り返り町を後にする。
「また来いよー!」
その声に、ケイトは振り返らず片手を上げる。
◇
焚き火の灯りで手紙を読む。
ここ最近のケイトの日課だった。
野営地にはケイト以外に数名の旅人がいた。
背後から人の気配がする。
殺気を感じなかったケイトはそのまま無視した。
「あのー、もしかして『魔石使い』のケイトさんでは?」
後ろから声がする。
「あんたは?」
ケイトは振り返らず尋ねた。
「私は大陸を移動しながら商売をしているカイルと言います」
「商人が俺になんの用だ」
ケイトは手紙を読む姿勢を崩さない。
「実は兎人族の少年としばらく旅をしたことがありまして……」
その会話にケイトは少し興味を持った。
「いいだろう。話を聞こう」
カイルはケイトの右向かいに腰掛けた。
「どうして俺がわかった」
ケイトの質問にカイルはケイトの剣を指さす。
「魔石の埋め込まれている、その剣ですぐにわかりましたよ」
ケイトは手紙をしまうと剣を見た。
「魔石の部分は普段は見えない」
「そんなに知られているとは聞いていないが?」
商人は頭を掻きながら答える。
「いや、実は兎人族の少年、バッツという名前なんですが」
その名前にケイトが一瞬眉間にシワを寄せた。
「毎日、毎日、暇さえあればあなたの話をするもので」
「その話に出てくる人物とそっくりな人が現れて、思わず観察してしまいました」
「バッツはなんと言っていた」
「『俺達を救ってくれる人』だと」
二人の間にしばし沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのはケイト。
「あんたはバッツをどこまで知っている」
商人は少し上を向くと記憶をたどる。
「そうですね、一緒にいたのは一ヶ月ほどですか」
「初めて会ったのは、今日みたいに野営の最中でした」
「いきなり声をかけられ、土下座で頼まれました」
「どうしても西のバーンアウトまで行きたい」
「お金がないからなんでもやるので連れて行ってもらえないかと」
商人は懐かしそうに笑った。
「驚きましたよ。あの年齢で大陸を横断しようとしていたことにも、土下座で頼んできたことにも」
ケイトは必死なバッツの顔が浮かんだ。
「情にほだされて雇ってみたんですが、予想以上に働く子でしてね」
「別れの時に、家の店に来ないかと誘ったんですよ」
「俺にはどうしてもやらなければいけない事がある、とね」
「振られてしまいました。はははは」
そう言うと笑い出した。
表情を戻すと、ケイトの方を向き、少し身を乗り出す。
「それであなたに声をかけたのは、お聞きしたかったんです」
カイルはそう言うと、ひと呼吸おいた。
「バッツはあなたに会えました?」
カイルの問いに、ケイトはゆっくり頷く。
「それはよかった」
嬉しそうにカイルは何度も頷いた。
そして、またたく星を見上げ――
「今、バッツはどうしているんでしょうねぇ」
◇
ケイトの目の前には街があった。
城壁に囲まれた街。
ただ、その城壁は近づくとあちこちに綻びがあった。
街に入りバッツの痕跡を探す。
――バッツは孤児院出身だと言っていました。
カイルの言葉をたよりに孤児院を探すが、それらしき建物は見つからない。
しかたなく冒険者ギルドに寄る。
ギルドカードを提示すると、職員の目が見開かれた。
「S級なんて初めて見ました!」
その声に、ギルド中の視線がケイトへ集まる。
職員に孤児院の場所を聞くが歯切れが悪い。
「あるんだろう?」
少し脅し気味に尋ねたことで職員が慌てて場所を教えてくれた。
「たしか、この辺のはずだが…」
朽ちそうなほどの民家がいくつかあるだけ。
孤児院らしき建物すら無い。
その時、ボロボロの服を着た小さい女の子が塀の後ろから覗いているのに気づいた。
ケイトはその子のところへ行く。
「おじちゃんだれ?」
(俺はまだ二十五なんだが……)
子供の素朴な疑問はケイトに少なくないダメージを与えた。
「バッツを知っているか?」
その問いに子供は目を輝かせる。
「バッツ兄ちゃん帰ってきたの?どこ?」
ケイトは首を振る。
「いや、いない。俺だけだ」
それを聞いた子供は残念そうに下を向いた。
そして、ハッとした表情でケイトを見る。
「もしかして、ケイトさん?」
ケイトは頷く。
女の子は朽ちそうな家に向かって走り出す。
「ケイトさんきたよー!」
その声に反応するかのように子供たちがぞろぞろ出てくる。
「ケイトさん?」
「バッツ兄ちゃんは?」
バッツとケイトの名前を口々にしながら。
その子たちはケイトの前まで来ると、不思議そうな顔でケイトを見上げた。
「おじさん、バッツ兄ちゃんは?」
ケイトは答えた。
「バッツは仕事で来れない。代わりに俺が来た」
その言葉に残念そうにする子供たち。
「あの」
女の子の声がした。
声の方を見るとバッツと同じくらいの女の子がいた。
「私たちお金が…」
うつむき加減で恐る恐るケイトに告げる。
その雰囲気が伝わったのか、小さい子たちまで不安そうな顔になった。
「大丈夫だ。バッツからもうもらっている」
腰につけたバッツのバッグを軽く叩きながら、ケイトは答えた。
その言葉に、女の子の表情が明るくなった。
それを察知した子供たちも笑顔に戻った。
子供たちに案内された孤児院は、もはや孤児院とは呼べない有様だった。
ただの朽ちそうな民家に子供たちだけで生活をしている、そんな様子だった。
「大人は?」
その質問に女の子は首を振る。
「食事や生活はどうしている」
「ギルドの仕事で…」
たしかに冒険者ギルドの仕事を孤児院の子供がやることはある。
ただ、それはあくまで手伝い程度の収入だった。
生き残るための仕事ではない。
(腐ってやがる)
ケイトは目をつぶる。
吸えるだけの空気を吸うと、ゆっくり吐き出した。
目を開け、子供たちを見渡す。
――バッツ。お前の意志は受け取った。
俺が変えてやる。
そこから見ていろ!




