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異世界BAR 月に吠える  作者: しゅーる君


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7/61

常連

イザベラ・シュロートの依頼は、

アラン・マクベウスの情報提供だった。

本来、客の情報を売り渡すことなど、

酒場(バー)の経営者としてはあるまじき行為である。

だが、こちらとしてもチロルの件は、

それを飲むに十分すぎる弱みとなった。


まぁ、俺の事を考えての行動ゆえに、

彼女を責めることなど考えてはいない。

それにあのおっぱ●に言葉で責められたいと思っていたのは俺の方だ。

チロルは俺から止められたことで、

多少落ち込んでいる様子だったが、

「俺の事を守ってくれようとしてありがとう」

と声を掛けたら、プイと後ろを向いて

「あの女の人が襲われないように主(マスター)を見張ってたの・・・」

と剣先は常に俺の喉元に突き立てられていた事実を知る。


まぁ、後ろ姿ではあるが、

耳まで真っ赤に染まったツンデレ姿を見れただけでも良しとしよう。

チロルはウチの従業員であるが、

ステータス上の職業(クラス)は暗殺者(アサシン)だ。

狼人族でも稀少種族の白狼族と呼ばれる一族の系譜であり、

見た目は普通の人間〈ヒューマン〉と変わりがないが、

魔力隠蔽(シークレット)などの諜報活動に適した固定能力(スキル)を有する者が多い。

青み掛った銀髪が特徴なのだが、

この国にはチロル以外の白狼族は珍しい。

おそらく彼女ただ一人の可能性が高い。


イザベラ・シュロートには見抜かれていたようだが・・・


アラン・マクベウスの情報収集といっても、

酒場(バー)を営業できないのでは、

この店でじっとしていても情報は得られない。

出不精の俺としては、足で情報を集めるってのは専門外。

それにどこから当たりをつければよいのか見当もつかないのだが、

動かざるを得ないのであれば、効率的に動きたい。

同じ冒険者チームである風の護り手のメンバーに話を聞いてみたいところだが、

彼らの行方は冒険者ギルドが手配済だろう。

いまにして思えば、クラリッサの態度には違和感があった。

アランの旦那はあの時点で行方が分からなくなっていた可能性が高い。


問題はそれが自ら意図したものなのか、

第三者による拉致であるのかという事だ。


どちらの可能性も考えられる。

イザベラ・シュロートの話によると、

「AN」で始まる名前の失踪者は判明している限り146名。

直近の失踪者はギルダー商会三女のアンネリーネ。

彼女の事件以来、新たな被害者は確認されていないが、

一連の事件の最終ターゲットが彼女という事は未確定だ。


いまのところ、アランの旦那が姿を消す要因は、

一連の失踪事件に関連している事くらいにしか思い浮かばない。

それにアランは「ALAN」であり、

文字的に似てはいるが同一性はない。

逮捕命令が出てはいるが、この世界では「推定無罪」なんて考えは存在しない。

むしろ疑わしきは罰せよなんて考えがまかり通る世界だ。

つまりアランの旦那が逮捕されれば、

待っているのは可能性が極めて高い死である。


ライムバッハ公爵と行政府の連名による逮捕命令。

事件の早期終息を図るには被害者の確保と、

首謀者の特定が必要だ。

お上がどの程度情報を得ているのかは分からないが、

アランの旦那が首謀者である確固たる証拠は

握っていないように思える。


アランの旦那は、護衛のクエストの失敗以降荒れていた。

仕事柄、そういった人が本気で悔やんでいるのか、

ポーズでやっているのかくらい見抜けない訳がない。

だから俺はアランの旦那が事件の首謀者側の人間だとは思っていない。

冒険者ギルドにしても同じ考えだろう。

風の護り手は、この街で数少ないAランクのトップランカー。

貴重な人材であり人財なのだ。

ライムバッハ公爵の手より早くアランの旦那を探し出したいはずだ。

不確かな理由で逮捕命令など不条理極まりないが、

お上の意向に逆らえないのは冒険者ギルドも同じ事だ。

だから、関係性の薄い俺の所までやってくるというのは、

チロルの件を不問にすることを鑑みても納得できる。


「主(マスター)、お使いに行ってきた・・・」


目の前に調査に行ってきたチロルが現れる。

行先は公都リンデンバームにある食糧卸売店である。

146名もの人が行方不明が誘拐なのであれば、

その被害者はどこにいるのだろうか。


場所は分からないが、

生きている以上、被害者には食事が必要だ。

それだけの食糧を確保する必要があれば、

いずれかの販売店から食糧を調達しなければならない。

5日置きに開催される個人店舗のマルシェでは、

とても調達できる量じゃない。

いずれかの商会か物流業者に動きがあるはずと目星をつけたのだが、

チロルの報告はそれが空振りだという事実を告げる。


まぁ、「生きていれば」という可能性から探っただけで、

「生きていない」という可能性は否定できない。

あくまでも可能性なのだが・・・


「うーん、ますます分からないな」


酒場(バー)の天井を見上げても、

良案はひとつも浮かんでこない。

ここは基本的なところから始めていくしかないか。

まずは、この失踪事件事件で誰が一番得をするかという事だ。

娘を攫われたギルダー商会の商会長は、確かヴォルフガング・ギルダーだったか。

彼は被害者の家族ではあるが、娘を亡き者にしようとする動機があったのかもしれない。

だが、その為に145名の他人を巻き込む必要性が感じられない。

もっと簡単な方法はあったはずだ。

アレンの旦那やクラリッサ達風の護り手のメンバーにも、

これといったメリットは無いように思える。

この事件の難しいところは最大のメリットを得た者が絞り切れないところにある。

「AN」から始まる人物の中にターゲットがいる。

たったこれだけの情報をもとに、

「AN」から始まる人々を手あたり次第的に拉致しているのであれば、

いぶり出したウサギの穴から本命が出てきたところで犯行が止んだとすれば納得がいく。

 

アンネリーネが最終ターゲットだったとすれば、

徹底的な現場検証を行う必要がある。

まぁ、ここまでは誰でも考えつく事だ。

それを何故冒険者ギルドの幹部が、

一介のバーテンダーである僕に情報提供を求めたのか。

俺とチロルの固定能力(スキル)を知った上なら、

現場でそれを使えと言っているようなものだ。


「チロル、少し出かけるぞ」

「・・・むぅ」


無表情ながらもどこか嬉しそうなチロル。

まぁ、日中この世界で俺と出かけるという事は滅多にない事だ。

普段感じる事の無い刺激となっているのだろう。

飲食店(バール)の店長であるキッカの出勤時刻は朝8時だが、

チロルが不在の時、早出勤務をお願いすることがある。

キッカとチロルが不在でも、

飲食店(バール)の店番は常連のばあさん達が引き受けてくれる。

この店にはそのような常連が複数人存在しており、

半日程度ならなにも問題がない。

それに、店番はチロルより長いベテラン揃いだ。

常連たちに愛されそうやって続いてきた、

それが飲食店(バール)月に吠えるなのだ。


「レイちゃん、チロルちゃん。心配しないで行っておいで」

「レイちゃんって・・・俺はもう大人ですよ。店の事はよろしくたのみますよカルラさん」

「大丈夫大丈夫。いつものことさね」

「8時からキッカがくるけど、その前になにかあったらエッポじいさんに頼んでくれ」


カルラ婆さんはそんな頼りなる常連のひとりだ。

エッポ爺さんとは、引退した鍛冶師のドワーフであり、

いつもの席で日がな一日コーヒーを飲んでいる。

コーヒーを飲む動作以外で動く事はまれであり、

俺はこの爺さんの事を「ハシビロコウ」と呼んでいる。

耳が遠くなってはいるが、いざという時は並みの冒険者が、

束になっても敵わないくらいの腕っぷしは未(いま)だ健在だ。


「ひっひっひ。エッポじいさんに頼むまでもないさね。あたしゃコレがあるからね」


小さな液体が入った小瓶を見せる。


「なんだい、それは?」

「一滴コーヒーに入れるだけであの世にポックリいける毒薬さ。横暴な客が来たら、もれなく一服盛ってやるから安心おし。エケケケケっっ!」

「・・・・」


失踪事件が解決する前に、

新たな事件が勃発する気がしてきた・・・


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