獣
冒険者ギルドサブマスター。
確かこの街のギルドマスターとサブマスターは、
かつて名を馳せた元冒険者だと聞いたことがある。
目の前に現れたお●ぱい美人が元冒険者とは、
人は見かけによらない典型的なケースである。
「風の護り手の皆さまには、大変ご贔屓にしていただいております」
空いたグラスにもう1杯のワインを注ぐ。
白いナプキンでボトルをふき取るが、
迂闊にもラベルを上にして注いでいる事に気がついた。
「あら、変わった銘柄ね。それに見慣れない文字・・・」
地球産のワインは、なるべく客にラベルなどを見せないようにしていた。
このような疑問を持たせないようにするためだ。
こちらの世界でも葡萄酒の醸造は古い歴史があるらしい。
赤や白やロゼ。それに発砲葡萄酒など、地球のそれと大差はない。
だが、こちらの葡萄酒は渋味と澱が多く、
これらが少ない程高級酒と評価されている。
ゆえに醸造技術が高い地球産のワインは、
量販店のワインであっても格別な評価を受ける場合が多い。
このチリ産赤ワインは低価格で高品質。
俺のお気に入りの晩酌用ワインなのだ。
「私の故郷の葡萄酒でございます・・・」
さっとボトルを目の前に出してみる。
ボトルに描かれた金色の●ルパカに免じ、
どこの文字なのかという疑問は忘れて欲しい。
「ところで風の護り手の皆さまですが、なにかございましたでしょうか?」
「えっ、ええ。そうね。高ランクの冒険者には、ギルド本部から【強制指令】の受諾義務があることはご存知かしら」
「確かBランク以上の冒険者に義務付けられているってことは聞いたことがあります」
Bランク以上の冒険者に登録されると、
【強制指令】なる依頼があるとアランの旦那から聞いたことがある。
ギルド本部からの魔法通信による呼び出し命令。
もちろん他の依頼を受けていたり、
この街を離れていてすぐさまギルド本部へ出頭できない場合もあるが、
魔法通信の返信は6時間以内と定めらけており、
それを超えるとペナルティが課せられるのだとか。
「12時間。この街で最高ランクの彼らがいままでこれだけの時間音信不通になるなんてなかっのよねぇ・・・」
「・・・・」
風の護り手のクラリッサが飲食店で食材調達に来たのは、
そのくらいの時間帯だったか。
いや、間違いなくそれより早い時間帯だ。
風の護り手は、失敗した護衛依頼について何か調べようとしていたようだが、
クラリッサの立居振舞は、どこか違和感を感じるものがあった。
一連の失踪事件や風の護り手との関係には、
興味はあるがこちらは全く関与していない。
だが、迂闊に不明確な情報を与えれば、
風の護り手の立場を危うくする事もあり得る。
「・・・今朝ほど団員の方が、飲食店の方に買い物にいらして頂きましたよ。ですが風の護り手さんが現在どこで何をやっていらっしゃるのかは存じ上げません」
言葉を選び、差しさわりの無い事実だけを口にする。
「それだけかしら?」
「私はこのとおり場末の酒場のバーテンダーですよ。この程度のことしか分かりかねます」
イザベラ・シュロートはほんの少し口角を動かすと、
グラスを大きくスワリングさせる。
ルビーに輝くワインとともに、
彼女の双丘も緩やかに揺れる。
まったくもってけしからん。
それに、さっきから気になる事が・・・
「行方不明者のリストはお役に立ったかしら?」
「・・・・」
ーーー何故それを知っているのか。
理由は分からないがひとつ確実な事は、
チロルに頼んだ「お使い」。
つまり情報収集なのだが、
冒険者ギルドに探りを入れた訳で。
チロルには「魔力隠蔽」という固定能力がある。
これは気配を隠す「隠密」の最上位能力であり、
索敵魔法系の能力を完全に封じるだけではなく、
視覚情報からも完全に遮蔽することが出来る。
俺がこの能力を持ち合わせていたら、
女湯や女性更衣室から一歩も動けなくなっている・・・もとい、
碌な使い方をしない事は想像に難くない。
使い方次第では恐ろしい能力なのだ。
さきほどから、このおっぱ●星人。
立て続けに魔素を発している。
何らかの固定能力を発動しているのだろう。
俺の記憶を探るとか、時間操作系の能力だろうか。
・・・という事は、俺が頭の中で、
このパッツンパッツンした服の下が、
いったいどうなっているのかを妄想し、
あんなことやこんなことを・・・もとい、
俺から言葉の裏に隠された奥底の情報を読み取っている可能性がある。
「あら、心配しないで。うちに遊びに来た子犬ちゃんにもそう伝えてくださって結構ですわ」
ーーーその時だ。
イザベラ・シュロートのしなやかな黒髪が、
突風を受けて乱れるように空に舞う。
ガシっ。
「・・・おいチロル。そんな事俺は命じていないぞ」
突然の様に現れたのは休憩時間中のチロルだった。
カウンター越しに俺の背後から伸ばされた左手。
放たれた刺突剣はイザベラ・シュロートの右耳をかろうじて避けている。
剣先を逸らせたのは、俺が手にしているマドラーだ。
見た目は六角形の金属の細い棒でしかないが、
これが意外に硬くて便利なのである。
「主の敵は殺す・・・」
「おい、寝言は寝てからいえ。申し訳ございませんシュロート様。どうやらこの子は寝ぼけているようです。子供のしたことですので、どうかご容赦ください」
「・・・・」
俺がイザベラ・シュロートを守った事で、
チロルも頭に上った血がすっと冷めていくのか。
剣を収めて奥の厨房に去っていく。
「うふふっ、私も質問の仕方が意地悪だったわ。それに子犬じゃなくて、とっても怖い狼さんだったのね」
いまにもそのぱっつんぱっつんと弾けんばかりのけしからん物体に、
とびかかろうとしていた点でいえば、俺の方が獣に近い。
「うちの従業員の不始末は私の責任です。罰はこの私目に・・・」
できれば肉体的な痛みには弱いので、
言葉で精神的に責めてくれないだろうか。
こんな美人に責められるなんてめったにある事じゃない。
いや、ぜひともそうして欲しい。
「あなた達が持ち出したのは廃棄されたフリーペーパー。一切の罪には問われません。それに見事なスキルでしたが、お嬢さんがギルドに来た時、まだギルドは営業時間内です。立入禁止エリアに侵入していないのであれば何の問題もありません」
「そう、ですか・・・」
「今夜私がここに来たのは、あなたに協力をお願いしたくてよ」
「・・・まぁ、私に出来る事であれば」
「風の護り手リーダー、アラン・マクベウス。彼の居所を探しているの」
「アランの旦那ですか?」
「ライムバッハ公爵と行政府より一連の失踪事件の容疑者として、アラン・マクベウスの逮捕命令が発せられたわ・・・」
他人の不幸は蜜の味。
興味本位でしかなかった一連の失踪事件。
この対岸の火事は、俺が思った以上のスピードで、
「月に吠える」の周りにもくすぶり始めてきた。




