記憶
「それじゃ、やりますか」
クロウ・エンフォートが眠っているベット脇には、
俺とナータンだけがいる。
ギルマス達には集中できないと理由をつけて出て行ってもらう。
まぁ、急いで厨房でペペロンチーノを作る羽目になったが、
俺の能力をすべて晒すよりはマシだろう。
そういう点ではナータンにも同じことが言えるのだが、
能力使用中に、クロウ・エンフォートがまた暴れだす可能性は否定できない。
その時の保険として、ナータンが同席してくれるのはありがたい。
ナータンには、能力の事は鑑定スキルの上位互換とだけしか説明していなないが、
詳細を語ったところで「自分不器用ですので」と理解できるとは思わない。
少なくてもギルマスやイザベラさんに目撃されるよりは安心だ。
クロウ・エンフォートの手を握る。
俺の能力は、直接触れることで鑑定阻害系魔法などに対抗できる。
アリサが精神魔法とか禁呪だとか物騒なこと言ってたけれど、
今までの経験則でいえば、なんとかなりそうな気がする。
魔素をクロウ・エンフォートの手を通じて流し込む。
全身を駆け巡る魔素は、一滴一滴ゆっくりと俺に戻ってくる。
ボトルからデキャンターに移し替える様に。
魔素はクロウ・エンフォートの記憶の澱を包み込む。
俺はその澱を一粒ずつ掬い上げていく。
ーーーデキャンタージュ。
「・・・まいったな」
予想外に多くの情報がクロウ・エンフォートの記憶の澱から得る事が出来た。
その一言を発しても尚、新たな情報が頭の中に湧き上がってくる。
クロウ・エンフォートが、公都リンデンバームに持ち帰ろうとした情報の数々。
その内容にも驚いたが、それの使命感には同じくらい驚かされた。
「・・・マスター?」
「ナータン、皆を呼んできてくれ」
これはクロウ・エンフォートが見た物語だ。
フォルクバルツ王国に隣接するポジェク王国。
ライムバッハ公爵領の西隣にある小国である。
国境にはカフカ山脈が連なっており、
公都に隣接しているものの、陸路での交流は無い。
ポジェク王国とは海路が主な回廊となる。
クロウ・エンフォートが命じられたのは、
ポジェク王国の情報収集。
両国に国交はあるが、陸路での交易が無い事から、
近くて遠い国という間柄である。
ゆえにリアルタイムの情報が伝わりにくいのだ。
公都を混乱に導いたギルダー商会事件。
その首謀者とみられる魔族リリスの行方は一行につかめない。
クロウ・エンフォートはポジェク王国で、
魔族リリスの情報を収集する事を命じられていた。
ポジェク王国の国土は、フォルクバルツ王国の1/5に満たない。
しかしながら、ライムバッハ公爵領に隣接しているが、
それ以外は海に囲まれており、
海洋国家として莫大な富を生み出しており、
国土面積が小さい割に人口はフォルツバルク王国の半分程度を誇る。
クロウ・エンフォートは、
商人としてポジェク王国を内偵していたが、
その異変は、内陸部の城壁都市ポマレで起こった。
日が暮れてから城壁都市ポマレに着いたクロウ・エンフォート。
たいていの城壁都市の門は、日暮れととみな閉ざされる。
今夜は野宿かと諦めかけたころ、最初の異変に気が付いた。
それは門が解放されたままであり、門番の衛兵すら見当たらない。
何よりも街に明かりが全く無かっのだ。
なにか異変が起こっていることは間違いないと確信したが、
解放されている門を見ると、つい中の様子を窺いたくなるのは、
使命感ではなく好奇心が勝ってしまった。
隠密であれば、異変を感じた夜間の城壁都市内部に、
迂闊に侵入するべきではなかったのかもしれない。
街に人影は無い。
日が落ちて3~4時間といったところだ。
時刻は午後10時前後だろう。
街が眠りにつくには少々早い時間帯だ。
街の中心部には、女神教会や領主館などがある広場があるはず。
慎重に中心部に向かっているようだ。
中心部までもう少しのところで、
鼻に違和感を感じるようになる。
サビた釘を舐めたようなこの感覚は・・・血か。
一歩足を踏み出すたびに、その違和感は増していく。
「・・・・・!!!」
言葉が出ないその光景は、
この世の地獄そのものだった。
月明かりに照らされた広場には、
夥しい人々の骸が山となっている。
何千、いや何万もの人だった肉片の山だった。
その山の上で、人影が動いていた。
生存者かと目を凝らしてみる。
月明かりに照らされて目に入ったのは、
人らしき肉片を喰らっている人型の何か。
何かとは。
人の形をしてはいるが、
大きさは人間の倍ほどの大きさがある。
その人型の何かは、月を見上げながら、
ひたすらに肉片を貪り続けていた。
闇夜でも紅に光る血が滴り落ちている。
「・・・ひっ」
それは声になっていなかったかもしれない。
心の叫びが口から漏れ出したといってもいい。
クロウ・エンフォートはプロの諜報員。
これまでも幾つもの修羅場を目の当たりにしてきている。
それでもこの惨状に鋼の精神力が持ちこたえることは出来なかった。
ぐるりと不自然に曲げられた人型の何かの顔。
真っ赤に光る瞳はクロウ・エンフォートの存在を突き刺した。
瞬間的に転移の魔道具を手にしようとした刹那、
彼は重力から解放された。
人型の何かは、新たな玩具を見つけた子供のように、
クロウ・エンフォートの足を掴み、
空に向けて投げつけた。
そして彼のカラダが落下するまでの間、
四肢のすべては無くなっていた。
正確には喰われていた。
クロウ・エンフォートの足を咥えながら、
人型の何かは笑っていた。
それがクロウ・エンフォート最後の記憶。




