叫び
クロウ・エンフォート本人である事は間違いないらしい。
ギルマスとイザベラさんが個室を借りたいとの事で、
ナータンの部屋を貸そうとしたら、
「自分不器用ですので!!」
と全力で拒絶された。
そんなに見られたくない部屋なのだろうか。
ナータンの部屋の様子は見たことがなかったのだが、
汚部屋疑惑が急上昇してしまった。
いつか抜き打ちチェックをせねば・・・
仕方なく、空き部屋となっている2階の1室を提供する。
ベットフレームとマットレス。
それと簡素な椅子とデスクがあるだけの予備部屋だったが、
ギルマスは構わないとクロウ・エンフォートの手を取り、
颯爽と階段を昇って行った。
まぁ、ギルマスはちょい悪風だが、
同性の俺から見てもハードボイルドで恰好が良い。
常日頃、アリサからハーフボイルドと呼ばれている俺にかけているものって何なのだろう。
俺もちょい悪風にヒゲでも生やしてみようか。
いやまて、それじゃ本当に悪い親父に見えてしまうのでは・・・
少なくてもチロルとリーネから嫌悪の眼差しを送られる。
むむぅ。
それはそれで・・・ありだな。
新たな自分を発見してしまうじゃないか。
なんて、状況を考えずに、
バカな事を考えているその時だった。
「ぎゃー-------っっっっ!!!」
建物全体に響き合う叫び声。
まるで断末魔のような激しいものだ。
酒場の店舗は防音魔法が施されている。
深夜まで酒を飲む客は、騒がしい事が多い。
2階以上で寝泊まりしている人には、
酒場の喧騒は迷惑以外何者でもないだろう。
だが、叫び声の震源は2階の個室だ。
建物全体に防御結界は張られているのだが、
防音魔法は酒場の店舗だけ。
そして、防音魔法は酒場から音は漏れないが、
外部の音は酒場に入る優れもの。
飲食店の店内でも、何事かと客が騒ぎ始めてしまう。
そして叫び声は断続的に続いている。
俺とナータンが慌てて部屋に飛び込むと、
そこにはベットでクロウ・エンフォートを押さえつけるギルマスと、
床に倒れこむイザベラさんの姿があった。
「・・・ギルマス、まさかそんな性癖が」
「おい、殺される前にさっさと手伝え!!」
イザベラさんは殴られたのか、
口から出血している様子だが命に別状はなさそうだ。
ギルマスに加勢するナータン。
絶叫とともに暴れ続けるクロウ・エンフォート。
声にならないその叫びは、
地獄の責め苦にあっているかの如くだ。
「睡眠魔法!」
俺の背後から、アリサが魔法を唱える。
それでもなおクロウ・エンフォートは抵抗を見せたが、
その力は徐々に弱まり、次第に動きを止めていった。
そして凄まじい叫びが嘘のように静かで深い眠りにつく。
「助かったよ、アリサ」
酒場では何度も酩酊し暴れる客に対応してきた俺だが、
今回ばかりは呆気にとられて何もできなかった。
なんかアリサが男前に見える。
「ふん、おいトラオ。この男に使った魔法を説明しろ」
「・・・貴様に答える必要はない」
「自己制御、私の固有能力よ」
イザベラさんが立ち上がりながらそう答える。
ギルマスが苦虫をか嚙み潰した如く渋い表情で舌打ちしている。
なんか、いい気味だ。
「公都ギルドの諜報活動に関わるものは、必ず私の能力の制御下で行動しているの。もちろん能力が発揮されるのは、自己に危険が及んだ場合のみ。拷問を受けた場合や鑑定スキル系の能力を受けた場合でも、記憶そのものが無くなっていれば生き残る可能性が高まるのよ」
「情報も守られるって事ですよね」
「・・・ええ、その通りよ」
ちらりアリサを見ると、
不満げであり、なんとなく納得がいっていない様子だ。
「精神操作系の魔法は禁呪よね。固有能力だからって許される訳ない・・・」
「魔女アリサ。すべてはトラウゴット・フェラーの責任の下で命じている事だ。彼女が責められる謂れはない」
「こらトラオ。魔女はやめてよね」
・・・アリサのトラオも同じくらい失礼だ。
「まぁ、私は王国の審議官じゃないし、それをとやかく言うつもりはないの。ただ、この男の状態で記憶を解凍しようって事が問題なのよ。人格が破壊される程のダメージを負っていから。こんな状態で記憶を呼び戻せば、ショック症状で最悪死んじゃうところだったわ」
「それって心的外傷後ストレス障害のことか?」
「「・・・PTSD? 」」
「それに近いダメージね。いったいどんな地獄を見てきたのかしら・・・」
・・・このところの俺も人間関係が地獄絵図化している。
「まぁ、本人も深い眠りについてるようだし、いよいよあなたの出番じゃなくって?」
アリサが上目遣いで俺を見つめてくる。
確かに、眠っている今なら、
記憶の澱を探るにはまたとない機会ではある。
ギルマスの前で能力を晒すのは非常にまずいのだが・・・
「ねぇ、レイ。その前にひとついいかしら」
「なんだアリサ。今日はもう飲食店の仕事はキッカに任せてくれていいんだが」
「あら、ありがとう。それじゃ、私にもそのペペロンチーノとやらを頂けるかしら?お昼ごはんまだなのよね♪」
・・・貴様もか。




