記憶
ギルド暗部。
それはギルドマスター直轄組織である。
構成員は元冒険者と言われており、
諜報活動を主体としている様子であるが、
暗部そのものが秘匿とされている為、実態はよくわからない。
元A級ランクの冒険者であったナータンも、
男の顔は見たことがある程度の認識であり、
暗部所属だと確信しているわけではかったのだが、
そこは餅は餅屋といったところ。
ナータンがそう思うのであれば、そうなのだろう。
男は腹が満たされると睡魔に襲われたらしく、
そのまま深い眠りについてしまう。
夜が明けるのを待って、
俺は冒険者ギルドに足を運ぶことになった。
「この男に見覚えはありませんかね」
タブレット端末に映る男の寝顔の画像を見せる。
ついうっかりこの間撮影に成功したサブマスターの、
デルタゾーンを呼び出すところだった事は秘密にしておこう。
「・・・貴様、この男をどこで知った」
ギルドマスター、トラウゴット・フェラーが、
般若のような顔色で俺を睨みつける。
だから来るのは嫌だったのに・・・
「昨晩の閉店間際に酒場にやってきたんですよ。何日もメシを食っていない様子でしたので、水とパスタを提供しました」
「・・・何?」
「パスタですよ、アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ。アーリオっていうのはニンニクの事でオーリオっていうのが・・・」
「今はパスタより男の話をしてもらいたいものだが」
このおっかないギルマスに会いたくないので、
ナータンに報告を頼みたかったのだが、
タブレットに記憶した画像をギルマスに見せるという行動。
不器用もののナータンに任せる事ができなかったので諦めた。
「ごほん、失礼。この人をご存じで?」
「ギルド専属の職員よ」
そう答ええたのはサブマスター、イザベラ・シュロートだ。
相変わらず立派な双丘が激しく自己主張しているが、
公都は冬真っ只中。あれだけ短かったスカートにかわり、
厚手のボトムズがあの美しい御足を隠している。
けしからん。
まったくもってけしからん。
「所持品も持っていない様子でしたので、ウチの店で休んでもらってますが、自分の名前も覚えていない状態です。ナータンがギルドで見かけたことがあるって事でしたので確認に来ました。職員であれば、ギルドで保護していていただけれぱ幸いですが」
「早急に手配するわ。ご迷惑をおかけした様ね」
こうしてギルド職員と確認された男の名は、
クロウ・エンフォート。
ギルド職員といっても、ギルドマスター直轄の暗部に所属しているもの・・・
とはさすがに説明はなかったけれど、
ギルド本部で男を迎えに馬車を出してくれることになった。
馬車にはイザベラさんと二人きり・・・なら大歓迎なのだが、
ギルマスも馬車に乗り込んで来たときは、
この世の終わりかと思ってしまう。
あんな狭い空間で面と向かってというのは、
なんともまぁ息苦しい時間だった。
「・・・それで、もうお調べにはなっているのかしら?」
あやうく呼吸を忘れかけた瞬間、
イザベラ・シュロートから人工呼吸・・・ならぬ助け舟が出された。
ぷはっと息を大きく吸い込んでみると、
質問の内容がとてつもなくエグい事に気が付いた。
それは俺の能力についてどういうものか、
ギルマスの前で白状しろと言っているに等しい。
どうせならエロい質問の方がありがたい。
「なんといいますか、非常に難しい質問ですね・・・」
言葉を濁すと、ギルマスからギロリ睨まれる。
ヘビに睨まれたカエルの気持ちがよくわかる。
「言い訳になりますけど、公都の城門が閉じるのは日の入の時刻。あの男が酒場にやってきたのは閉店間際の深夜0時近く。何日も食べていない旅人が、その6時間以上公都で何をしていたのかって疑問に思うのは当然です」
「・・・確かに記憶の混乱があったとしても、腹が減っていれば飲食店を探すはず。酒場に現れるのは違和感がある」
「こちらとしては無銭飲食の可能性もありますから、少しだけ調べましたよ。ほんの少しだけ・・・その結果。得られたのは所持金が全くないって事と、どうも記憶に蓋をされているといいますか・・・」
言葉を選びながらの説明というのは難しい。
ナータンなら今回の顛末だけじゃなく、
俺が常日頃人様のプライベートを片っ端から盗み見している事から、
戦闘力の高い女性たちの情報をすべて記憶している事まで
あらいざらい白状してしまう事だろう。
「貴様はすでに察していると思うが、クロウ・エンフォートはギルド本部の諜報員だ」
「・・・いいんですか、一介のバーテンダーにそんな事教えちゃって」
「諜報員には身に危険が生じると記憶を封じる様に契約魔法が施されている」
「それで俺もわからなかったという事ですか。情報を探られない為なら理解できます」
「そして記憶の封印ととみに、ギルド本部への帰還を最優先に行動するように命じられる」
「・・・でもなんでそれじゃウチの店に来ちゃったんですか?」
馬車は貴族外にほど近い、
酒場月に吠えるに到着する。
時刻は昼に近い時間であり、飲食店はそれなりに賑わいを見せている。
店の外にあるテラス席の端で止まったようにコーヒーカップを握っているのはエッポ爺さんだ。
クロウ・エンフォートは酒場でナータンと待機してもらっている。
カランっ。
真昼の酒場にドアベルの乾いた音が響く。
カウンター席に、クロウ・エンフォートがどこか遠くを見つめるようにして座っている。
「・・・クロウ」
その姿を見てギルドマスターにも思うところがある様子だ。
「おい・・・」
「なんでしょう、ギルドマスター」
「私にもアーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノとらやをひとつ」
・・・その前にやる事あるだろう。




