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異世界BAR 月に吠える  作者: しゅーる君


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マスターの屈辱

「今夜は随分客が入ったな・・・」


酒場(バー)月に吠えるは居酒屋とは違い、

それなりの価格で酒を提供している。

まぁ、明朗会計ではあるのだけれど、

特に蒸留酒などはそれなりの価格となる為、

支払能力がある顧客となると、

自(おの)ずと裕福層が多くなってしまう。


ビールの様に単価の安い酒も準備されているが、

居酒屋のように食べながら飲むという店ではない。

むしろ、夕食後または飲んだ後に、

ゆっくり酒を飲みたいというニーズに対応している。


特に貴族などは、夕食では食前酒を嗜(たしな)む程度で、

酒を飲む為に食事をするという事は少ないらしい。

食事は食事。酒は酒と役割が分れている様だ。


今夜は貴族の寄合でもあったらしく、

早い時間からウチの店は大いに賑わった。

貴族同士の酒の席では、割り勘という文化は存在しない。

同席する貴族の家格が上席の者が総支払となる。


ただし、すべての貴族が裕福であるかと言えばそうではない。

所有する領地の収入や、副業でおこなっている事業の内容によって、

懐具合には大きな格差が生じている。


面倒なのは、やってきたグループの家格が最上位はどの一族なのかを、

常に把握しておかなければいけないって事だ。

支払能力に難ありの者が最上位の家格の場合、

ツケが回収不能、または長期未収入金となる可能性があるのだ。


今回のグループもまた、そんな支払に不安のある貴族が最上位貴族であった為、

見栄えの良いデキャンタに、地球産の格安輸入ワインを注ぎ入れる。

格安といっても、こっちの世界のワインより段違いに旨いのだ。

貴族のブライドを守りながら、ウチの経営も守れるという訳である。


「そうですね、アントニー子爵とご友人以外にも、クレメンテ商会のご令息ご一行と、商業ギルトの方々もいらっしゃいましたからね」

「アントニー子爵、いつも大勢連れ立って来てくれるのはいいんだが、懐具合を考えればいつも面倒くさい。それに商業ギルドの連中ときたら、ご同業だといっては毎度タダみたいな値段にしろって言うんだぜ。新手の特殊詐欺みたいなもんだ」

「自分、不器用でわかりませんが、ギルドの繋がりならしょうがないですね」

「でもあいつら鍛冶屋のグループでウチの飲食グループとは関係ないんだけどな」


まぁ、居酒屋の宴会と違って、ウチの店で仲間を連れ立ってくる場合、

酒を飲みながら延々と議論・・・というか、しゃべり続けている客が多い。

この酒場(バー)は、爺ちゃんが文壇酒場(バー)として開店したものだ。

若い頃、爺ちゃんは文筆家を志していた事があったらしく、

この異世界でそんな夢を叶えたかったのかもしれない。


だから、仲間を連れだってやってくる客が、

酒を飲みながら議論を白熱させているのであれば、

懐(ふところ)に優しい価格で酒と時間を提供していこうと思っている。

もちろん、静かに酒を楽しみたい人も多いので、

そのような場合、釘を刺すこともあるけどね。


カランっ。


時刻は間もなく12時となる閉店間際。

ドアベルが乾いた音を響かせた。


「・・・まだやってますか」


薄汚れたグレーのローブに身を包んだ男だった。


「ええ、まだやってますよ。よしろければカウンターにどうぞ」


見た感じ、貴族ではないようだが、

細身の身体からは、冒険者という訳でもなさそうだ。

商人だとしても身なりからして行商人といったところか。

能力(スキル)を使えば素性ははっきりするが、

能力を使う前の品定めというのは俺の悪い癖である。


カウンターに座ると、男はフードから顔を出す。

かなり頬はこけており顔色も悪そうだ。

ナータンがコップ一杯の水を差しだすと、

その男は一気に飲み干した。


「・・・すまない、もう一杯水を。それとなにか腹に溜まるものを。もう何日も碌にメシを食っていないんだ」

「生憎ウチは酒場(バー)ですから、腹に溜まるものといってもご期待に沿えるかどうか。パスタでいいならご提供可能ですが」

「ああ、パスタならありがたい・・・が、できればトマトソース系のパスタ以外をお願いしたいのだが」

「おまかせでよろしいのなら」

「・・・感謝する」


この身なりで何日も飯を食っていないとすれば、

支払も期待できないかのしれないが、

見て見ぬふりをするのも心苦しい。

こんな客には爺ちゃんは快く飯を食わせてたっけ。

あの時はなんでそんな事をするのかと不思議に思っていたけど、

店を任せられた今ならわかるような気がする。


「さて、始めますか」


厨房の設備はそれなりに整っている。

酒場(バー)と飲食店(バール)の兼用であり、

従業員の賄(まかな)いもここで調理するのだ。

飲食店(バール)の仕込にはまだ早かった為、

すぐ提供できるサンドウィッチやドーナツなどは無い。

切り札の冷凍パスタの在庫は全てトマトソース仕立だった。

何日も食べていない人には、お粥などがいいのかもしれないが、

水をあれだけ飲んでも吐き出さなかったところをみると、

刺激の少ないパスタなら大丈夫だろう。

だが、肉や魚介を使用したパスタより、

シンプルにパスタを楽しめる方が好ましい。


まずは大鍋に湯を沸かす。

パスタを茹でるには塩が必要だが、

これは岩塩に限る。

精製された塩はただしょっぱいだけだ。

旨味がまったく感じられない。

よくテレビなどでプロが塩分濃度●%なんていってるけど、

爺ちゃんからは「味噌汁と同じ塩加減」と教えられた。

こっちの方がわかりやすい。

パスタはショートではなくスパゲッティにしよう。

ウチの乾麺はバリラのNO.5と決まっている。

まぁ、これは個人的な好みだろう。

茹で時間9分と記載されているが、

8分で鍋から上げる。

これには理由があるが後ほど説明する。

面が茹で上がるまで、フライパンにオリーブオイルを大さじ1程度。

そこにペティナイフでスライスしたニンニクを半欠片ほど。

それと刻んだ鷹の爪を少量いれて加熱する。

加熱は少しの時間でいい。

ニンニクはすぐに焦げるので、香りと旨味は余熱で移した方がいい。

ここに細かく刻んだイリアンパセリを入れる。

まぁ、似たような香草であればなんでもいい。

さて、8分茹でたパスタをフライパンに入れると、

ゆで汁を少々加え加熱する。

よくフライパンを煽(あお)る料理人を見るが、

あれはフライパンの温度が下がるので、

複数のフライパンを調理する時は有効だが、

1つだけの場合はただのパフォーマンスとなる。

つまり茹で時間の残り1分はフライパンの中でという事だ。

加えたゆで汁の水分が少なくなる頃、

パスタにねっとりソース状に絡んでくれば、

アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノの完成だ。


「おまたせしました。月に吠える特製パスタです」

「これはありがたい!」


男は皿にかぶりつく様にパスタを胃の腑に流し込む。

ナータンには客の体が驚かないようにと、

ポタージュを出すよう指示しておいたのだが、

こちらはレトルトでチンしたものだ。

もっと食べられるのかもしれないが、

さすがにカラダの事が心配となる。

あとは暖かい飲み物で我慢してもらうようにしよう。


「・・・マスター、少しよろしいでしょうか」

「どうしたナータン」

「自分、不器用ですのですぐに気が付きませんでしたが」

「俺はナータンが不器用だとすぐに気が付く事が出来たぞ」

「・・・あの客の事ですが、思い出しました。ギルドの暗部のものに似ているような気がします」


ーーーギルドの暗部!?


「・・・ところでギルドの暗部って何?」

「そこからですか、マスターも意外に不器用ですね」


ナータンから不器用と言われる屈辱的な夜は、

こうして始まるのだった。










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