いあんばかんす④
昼食を終えると、
娘達にもさすがに疲れが見え始めた。
サンシェードでは、ルナが夢の中だ。
熱中症にならないように結界を張っており、
テント内部の気温は適温に保たれている。
魔力は使うが、娘たちを思えばこの程度は微々たるものだ。
「・・・しかし器用だな。生き方は不器用なのに」
アリサがおかしなことを言い始める。
「おい、熱中症の末期症状が出ているのか。それとも飲み過ぎて記憶を失っている真っ最中なのか?」
「失礼な。私はレイの事を褒めて・・・いや馬鹿にしているわ」
「そんなに砂浜に埋められたいのか」
指さす砂浜には、並べられた生首が3つ。
海に沈めるとライフガードたちが騒ぎだすので、
娘たちに邪な視線を放ちながら近寄る野獣どもは、
砂浜のスイカ割りに見立て埋めている。
「サンシェードに結界はりながら温度を適温に保っているでしょ。そんな魔法、普通は出来ないから」
「そうなのか。やってみたら出来ただけだ」
「はぁ・・・」
アリサが大きなため息をつく。
まぁ、彼女が言わんとしている事はよくわかっている。
俺は魔力がひとより多いようだが、
それを魔法として発動する事には難がある。
例えば、ダンダリオンを氷漬けにした魔法。
あれは、普段からロックアイスをグラスに入れる時のイメージがあるから、
氷を作るって事に抵抗は無い。
簡単に溶けない氷をイメージしているから、
氷というよりドライアイスに近いのかもしれない。
氷はひとりでに飛んでいく事は無い。
だから、氷弾や氷槍など、
攻撃系魔法は使えない。
頭の中ではイメージはしているのだが、
「飛ぶはずがない」という先入観に勝てない。
って爺ちゃんからは耳にタコが出来るくらい指摘されている。
とはいっても、出来ないものは出来ない。
そういう諦めの早さが天性のものだと自覚している。
それに、弾系や槍系の魔法は、
相手を傷つけるための魔法だ。
もちろん相手がその気ならやるしかないが、
マドラーならその匙加減は俺次第。
そこが特に気に入っている。
「まぁ、クーラーっていうイメージしやすい文明の利器があるからな。イメージしやすいんだよ」
「そんなに簡単に言うけど、魔法は詠唱式だけでどれだけの叡知と努力が詰め込まれてると・・・ああもう。レイに話しても馬の耳に念仏だわ!」
異世界で研鑽の限りを尽くして、
魔法を極めてきたアリサにとって、
才能だけで適当に魔法を使用する俺の存在は、
出鱈目過ぎて面白くないのかもしれない。
さっき空けたビール缶があっというまに飲み干されていく。
「・・・そういえば、あんた転移魔法使えたわよね!?」
アリサが思い出したかのように問い詰める。
転移魔法と言っても、
俺が使えるのは「帰還」と呼ばれる、
出掛けた先から「月に吠える」の店まで戻れる魔法だけだ。
しかも、出かけた先に戻る事は出来ない。
出掛けた先から戻って来るだけの一方通行。
しかも、同行者は一緒に戻れない。
過去に一度だけ、チロルと一緒に帰還する事は出来たが、
とある事情により、よほどの緊急事態ではないかぎり、
その使用を禁止する禁呪となった。
「大切なのは「転移が出来るのか」って事よ。転移魔法が使える術士なんて、国家に使える宮廷魔術師か、それ同等レベルの熟練者。稀に固定能力をもって生まれる人もいるけど、大抵親はサラブレット。それだけ稀少価値の高い能力なの」
「そんなものなのかね。俺は使えたから使っているだけさ。しかも使えるのが店に帰る限定だし、俺は基本的に引きこもりみたいなもんだからな。宝の持ち腐れだ」
「いいこと、攻城戦で突然転移してきた魔法使いが、城の内部から攻撃魔法を使用してきたらどうする」
「そんなの危険極まりないだろう」
「だから城壁都市は、堅牢な魔法結界を施しているの」
「それは知ってる。俺もローランドから帰還魔法は使えなかったし。っていうか、さっきからアリサ。転移魔法の講釈なら家に帰ってからやってくれないか。今は娘たちの水着・・・もとい、喜ぶ顔を心に焼き付けておきたいんだ」
「・・・エロ親父」
しまった。
つい心の声が漏れ出てしまった。
「まぁ、そんなことより。この後どうするつもりだ」
「・・・どうするって」
2時間かけてやって来た道を、また2時間かけて帰るつもりだ。
どうせ遊び疲れたた娘たちは、車に乗れば睡魔に襲われるだろう。
腹がすいたのならば、途中のサービスエリアかファミレスなんかで、
夕飯を食べればそれでいいかなと思っていた。
「それじゃレイも疲れるでしょ」
「まぁ、疲れないと言ったら嘘になるけど、娘たちのこと話考えれば、交通安全は守りたいし、車は借り物だし・・・」
「だから、車ごとレイの家まで転移しちゃえばいいんじゃない。そうすれば移動時間が短縮できるだけじゃなくて、ガソリン代も浮いちゃうし。浮いた時間とお金で、庭でBBQなんてどう?みんなで花火なんかしちゃえば、チロルもリーネもミーナもルナも、レイと過ごした夏休みを一生の思い出として記憶に残るんだろうなぁ」
「それって、お前がBBQして飲みたいだけじゃないのか?」
「それも少しはある♪」
そう笑ってみせるアリサだが、
確かに彼女の言う事には一理ある。
帰還魔法は使えるのだ。
それが異世界では店限定だが、
こちらの世界じゃ爺ちゃん家。
帰還する対象のイメージに違和感はない。
だが、帰還する対象が多すぎる。
複数名での転移はチロルと試みた一度きり。
しかも大成功とはいかなかった。
「それじゃ試してみるか。ここから駐車場の車まで、私と転移してみなよ」
「俺の転移魔法は爺ちゃんの家限定だって」
「それもどうも怪しいわ。詠唱術式を組んでいないイメージ魔法なんでしょ?理屈とすればイメージした先に転移可能だと思うんだけど・・・」
「・・・失敗しても文句言うなよ」
「カラダがバラバラになるって事は無いのよね」
「さすがにそれは無い。魔法を発動する時、一番守りたいものは自分と同行者の身の安全だもの」
「それじゃ、一度やってみてよ」
渋々ながら、アリサの手を握ると、
頭の中に、駐車場にある車をイメージする。
魔法はイメージの維持。
爺ちゃんに何度も言われた言葉だ。
体内に蓄積された魔素を魔力に変換し、
俺とアリサのカラダを車の元へと転移するイメージを保ちながら、
帰還魔法を発動する。
イメージだ。
イメージ。
発動の瞬間まで、俺はそれを繰り返し口にする。
すると、一瞬にして、
俺とアリサは車の中に転移できた。
「やったなじゃない!」
「ああ、どこか具合の悪いところないか。何か無くなっているとか・・・」
「この通りなんともないわ」
「水着もちゃんと来てるか?」
「・・・私の水着に興味ないって態度だったのに、やっぱり私の事もそういう目で見てたのね♪」
「いや、バ●ぁに興味は無いんで・・・」
締め切った車内の温度はすさまじく、
早々に車を降りて、パラソルのあるビーチに戻ると、
チロルたちが辺りを見渡して俺とアリサを探している様だった。
「主、どこ行ってたの?それに酷い怪我・・・」
アリサにボコボコにされたという訳にはいかない。
「ちょっと魔法の練習をしてたんだ。みんなよく聞いてくれ。帰りの時間を短縮する為に、車ごと皆と帰還魔法で家まで戻ることにした」
「ええっ、マスターさんそんな魔法使えたのぉ!」
リーネが驚きの声を上げるが、
ミーナとルナは何の事なのか、
理解する事が出来なく戸惑っていた。
「この規模で使用するのは初めてでぶっつけ本番だけど、カラダに危害は加えないよう、慎重に魔法を発動させるから」
という説明を、
目を輝かせて聞いている娘たちだが、
チロルだけがうかない顔をしている。
「チロル。そんなに心配するな。アリサと実験したらうまくいったから」
「・・・けど」
「早く家に付いたら、BBQと花火やろうぜ。肉とソーセージ、そして畑の野菜をたっぷり焼いてやる」
「・・・はんばーぐも?」
「BBQでハンバーグかぁ。そうだ、キノコとかタマネギ入れてホイル焼きにしてやろう。デミソース仕立てでどうだ?」
笑顔にこそならなかったが、
目を大きく輝かせているところを察するに、
BBQには興味があるようだ。
「よし、全員乗り込んだな。しばらくの間黙っててくれ。この魔法には集中力が必要なんだ」
全員が力強く頷いてくれる。
力の込められた視線に、
期待の大きさが伝わって来る。
よし、これなら十分行けそうだ。
集中。
集中だ。
まずは娘たちのカラダを守ることが一番だ。
チロルのようやく成長し始めた戦闘力。
リーネのもう少しで次の階段を上ろうとする戦闘力。
ミーナのその年にしてはけしからん大きさの戦闘力。
アリサの実年齢がもっと若ければ楽しめた戦闘力。
ルナの・・・よし次だ。
借り物の車も無事に転移させなくてはいけない。
それにしても、ワンボックスはいいな。
こうして皆一緒に出かける事が出来る。
これならウチにも一台・・・おっと、
いかんいかん。
集中だ。
全集中。
煩悩よさらば。
こんにちは集中。
目標は皆で帰る爺ちゃんの家。
「帰還魔法!」
しゅーーーっ。
夕暮れ時だった海辺に比べ、
山々に囲まれた爺ちゃん家は、
すっかり闇に支配されている時間だ。
夕焼雲が広がる水平線が消え、
目の前には暗闇に浮かび上がる曲がり屋の古い家。
手にはちゃんとハンドルもある。
車内内部の気配も人数分の生態反応がある。
よし、転移は大成功だ。
小さくガッツポーズをしていると、
最初に声をあげたのはミーナだった。
「きっ、きゃーーーーーーーーーーっっっ!!!」
「どうしたミーナ!?」
「いや、見ないでぇぇぇぇ!」
後部座席を見ると、
手で戦闘力を隠すミーナがいる。
よく見ると戦闘力だけではない。
右手で戦闘力。
左手はもっと大切な所を隠している。
「きっ、きゃーーーーーーーーーー!!!」
続いて声をあげたのはリーネだ。
リーネもまた服は一切身に付けていない。
「おい、この変態野郎。私たちの服は何処に置いて来たんだゴラァぁぁぁ!!」
アリサが鬼、いや般若の顔で俺を睨んでいる。
さすがのアリサも恥ずかしいのか、
大切な所は手で隠している。
アリサにも羞恥心があると初めて知ることが出来た。
「・・・やっぱりこうなった」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化した車内で、
期間魔法の最初の被害者であるチロルだけは、
ひとり冷めた目でこの状況を眺めていた。
その頃、俺達がいたビーチの駐車場に、
数名分の若い女性用の下着を含む多くの衣類が散乱していると、
地元警察署に通報され「落とし物」として保管されているらしい。
慰安旅行を兼ねたバカンス。
『いあんばかんす』
これが冬休みでおこった夏のひと時。
以後、帰還魔法は禁呪となっている。




